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(仮タイトル)天墜が還る日  作者: 久遠 ゆのか
第一章 黄の国ティワン
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[トウエンの町-1] 黒髪の迷い人

 初めて小説をwebにupします。レクミラです。

どうぞよろしくお願いします( . _ . )゛ペコリ

 

 遠くから、微かに呼ぶ声が聞こえる。


 最初はまるで波の音に紛れる囁きのようで、誰かが何かを言っているのはわかるのに、その内容までははっきりしない。だが、次第に声ははっきりと形を成し、意識の闇の中に染み込んできた。


「……み……おい……聞こえるか?」


 呼びかける声が少しずつ近づいてくる。


「君! 生きてるか?」


 声の主は焦っているようだった。


「おい! しっかりしろ! おい!」


 しかし、まぶたは重く、身体は鉛のように動かない。


 なぜだろう、無性に眠たい。    

この意識の底は真っ白で、何の穢れもない。  

満月の下、波が引いては寄せて星を浄化するような、讃美歌を子守唄に聴きながら、光の揺り籠に包まれているような、そんな優しい感覚。


(あぁ、このまま何にも囚われず眠っていたい……。)


 ……さらに意識の底へ沈もうとした、その時。


「お父さん、ちょっと交代して。」


 ──バチィン!!


 何やら弾ける音と共に、激しい痛みが右頬を襲った。  

どうやら何者かに強烈な平手打ちをかまされたらしい。


「生優しい対応じゃダメよ! この人、何度と声かけたところで全く反応ないじゃないの。これくらいはしなくっちゃ!」

「う…わ…。オマエ、それはちょっとやりすぎじゃないのか?」

「そんなことないわよ! それにこれで起きれば問題ないでしょ! ほら、起きなさーい!」


 ──バチィン!!


「それにもうすぐ日暮れなのよ? これから魔物が活発になる時間帯なのに、こんなところへ放っておくわけにもいかないでしょ?」


 ──バチィン!!


「しかしだな……。」

「ほらほら! あなたもさっさと起きなさいってば!」


 ──バチィン!! バチィン!! バチィン!!


 左右交互に振り抜かれる手のひらが、容赦なく俺の頬を打ち続ける。  何度目かもわからない。右、左、右、左……。  もはや痛みよりも、生存本能が危機を訴え始めた。


 連続ビンタで御臨終とかシャレにならないぞ。  よし、起きよう! 起きるんだ、俺!


「ううっ……。」


 眠りの淵から浮上するほどに、両頬の痛みが増す。  これ、相当に腫れちゃってるんじゃない?


「あ、起きたわよ!」


 薄目を開けると、俺の意識が戻ったのを確認したらしき女は立ち上がり、呼ばれた父親が入れ替わりで駆け寄った。


「君! 気を失ってたようだけど大丈夫か?」


 目の前にしゃがみ込んで心配している男は、ちょっと裕福そうな商人といった感じに見える。


「あ、はい。大丈夫です。」


 そう答えると、男は安心したように息をついて質問を続けた。


「怪我はなさそうだが、どこか痛むところはないか?」

「はい、特段痛むところはありません。なぜか両頬がヒリヒリしてますけど……。」

「両頬? あぁ……それは……」

「んんっ……ゴホンゴホン!」


 男がバツ悪そうに頬の痛みについて説明しようとしたが、後ろにいる女が咳払いをしながら父親の足を軽く蹴り突いた。


「ま、まぁ、大事がなくて良かった。私の名はミャクリ。この近くにあるトウエンの町の商人で、小さな商会を営んでいる。」


 やはり見立て通り商人だったらしい。  しかも商会主というだけあって、商人ながらも身振り手振りに品位を感じる。


「もしトウエンに立ち寄るなら、私たちの馬車で一緒に連れて行ってあげよう。」

「ありがとうございます。」

「帰路のついでだから気にしないでいい。ところで君の名前はなんていうんだい?」

「はい、俺の名前は──……あれ?」


 おかしい。名前が出てこない。  自分の名前なのになぜ出てこないのか。


「君がいた国や町、家族のことはわかるかい?」

「……いいえ、どれも思い出せません。」


 知ってて当然のことがわからない。  

”わからない理由”すらわからなくて、突如不安が襲ってきた。


 動揺を隠せない俺の様子を横目に、二人は何か真剣な表情で相談している。


「お父さん、もしかしたら……と思ったけど、でも彼は噂に聞く黒い指輪をしてないわね。」

「そうだな、断定するには早いようだ。とりあえず……」


 噂の指輪? なんのことだろう?  

だが彼らの会話に出てくる指輪や黒い髪が何を指してるのか、今の俺には知る由もない。  

 それどころか、自分に関する、所謂“個人情報“に当たるものが何も思い出せないのだ。


 一体俺の身に何があったのだろうか。


———


 考え事をしていると、ミャクリが両の手の平を合わせ、パチンと音を立てた。


「よし! ここにいても仕方がないし、そろそろ日も沈む。君はどこを目指してたのかもわからないだろう? 急ぎの用がなければ、君を我が家に招待しようと思うんだがどうかね?」

「ありがたいお話ですが、でも……。」

「遠慮は無用、これも縁だよ。それとも君は私が困ってる人を放置するような薄情な人間に見えるのかい?」

「いえいえ! そんなことはないです!」


「それにね、私はこれでも目利きのできる人間と自負してるんだ。君は身なりもきちんとしてるし、危険な人物ではないと判断しているよ。」

「……では、お世話になってもいいですか?」


 そう口にした瞬間、張りつめていたものが少しだけ緩むのを感じた。


「実のところ、何をすべきかもわからなくて……正直、心細かったんです。」 「もちろんだとも。」


 こうして、俺はミャクリのお世話になることが決まった。


−−−−−


  俺が意識を失って倒れていた場所から、馬車で揺られること30分。大都市とは言えないが、そこそこの規模の商業都市・トウエンが見えてきた。


 街全体は石壁で囲まれ、東西南北の門にはそれぞれ門番が立っている。町への出入りには身分の確認が必須らしい。


 手荷物を確認したが、俺は身分証を持っていなかった。本来なら、こんな状態では町に入ることすら叶わない。しかしミャクリが保証人兼保護者として申し出てくれたため、無事に通過することができた。彼に拾われ、招待を受けたのは本当に幸運だった。


 さすが商業都市だけあって、町の中は活気に満ちている。


 噴水の縁に腰をかけ、リュートを鳴らす吟遊詩人。その旋律に耳を傾ける民衆。そのすぐ傍では、可愛らしい女の子が花売りをしている。


 人々の表情は明るく、交流も盛んだ。この土地の領主は、きっと優秀な人物に違いない。


 メインストリートを抜け、さらに10分ほど進むと、白い柵でできたアーチ状の門が見えてきた。その先にはレンガを敷き詰めた一本の道が伸び、左右には色とりどりの花が咲き誇っている。


 そして、正面には白を基調とした屋敷。シンプルながらも貴族の邸宅のような趣きがあり、成り上がり者が建てるような派手さとは無縁だった。


「おかえりなさいませ。」


 エントランスには五名の召使いが並び、主人の帰宅を迎えていた。

執事と思われる人物が前に出て、ミャクリの荷物を受け取る。


「そちらの方は?」

「あぁ、私の客人だ。この青年を客室に案内してやってくれ。」

「かしこまりました。」


 指示を終えると、ミャクリは俺の方へ向き直り、安心させるように言った。


「色々と不安もあって疲れただろう。食事は部屋に運ばせるから、今夜はゆっくり休みなさい。」

「ありがとうございます。」

「状況整理は、明日ゆっくり話そう。」

「わかりました。」


 そう言葉を交わしてミャクリは去り、入れ替わり執事が声をかけてくる。


「それでは、部屋までご案内いたします。」


 俺はセバスの案内に促され、客室へと移動した。


-−−−−−


 執事のセバスが退室したあと、俺はベッドに飛び込んだ。

 天蓋付きのベッドに高級な調度品、室内に漂う質の良い香り。

白檀? それとも沈香だろうか? 最高級とまではいかないが、庶民が手にできるような代物ではない。


 手荷物には身分証も硬貨もなかったが、着ている服はフード部分に魔物製のファーが縫い付けられ、防炎・防水・防塵加工が施されているようだ。ミャクリの言う通り、俺はそれなりに裕福な身分だったのかもしれない。


 いや、もし高貴な生まれなら、あんな場所で切り傷一つなく倒れているはずがない。


 一体なぜ、あんな所に? そもそも、俺はどこから来たんだ……?

 1人悶々と考え込んでいると、ノックの音がした。


 コンコン。


(執事が戻ってきたのか?)


「はい。」


 コンコン。


「開いてますよ、どうぞ。」


 コンコンコンコンコン!


(……なぜ入ってこない?)


  声が届いていないのか、ノックが続くばかり。

 仕方なく立ち上がり、扉の前へ移動する。

 そうしてドアノブに手をかけた瞬間──。


 バンッッッッ!!! ドゴッ!!!


  開いた扉が顔面を直撃し、俺はそのまま後方に吹っ飛んだ。


「痛ってぇぇぇ!!!」


 何が起きたのかと扉を見ると、そこには先ほどの女──ミャクリの娘が、トレーを両手に持って覗き込んでいた。


「あら! ごめんなさい! ノックはしたんだけど開けてもらえないし、手が塞がってたから……。」


 そう言いながら、彼女は膝を90度まで上げていた右足を床に下ろした。


(おいおい……まさか扉を蹴り飛ばしたのか!?)


「鼻が潰れるかと思ったぞ!!」


 俺の顔面に、どれだけ試練を与える気なのか。

 粗暴で恐ろしい女だ……。


「ほんとごめんなさいね。召使いたちは厨房で忙しそうだったし、挨拶も兼ねて食事を持ってきたの。部屋に入ってもいいかしら?」

「あぁ……わざわざ持ってきてくれてありがとう。そこに置いてもらってもいいか?」

「わかったわ!」


 部屋の中央にあるテーブルへと誘導する。


 どんな相手であれ、食事を運んでくれる奴に悪い奴はいない。

 俺の脳内ランキングでは、【粗暴で恐ろしい女】から【ヤンチャなお嬢さん】にランクアップした。


 彼女はトレーを卓上に置き、そのまま椅子に座り込んだ。

俺も向かいの席へ腰を下ろす。

 トレーの上には、一人前の肉料理とパン、そしてティーセット。

カップが二つ用意されているあたり、どうやらこのまま話し込むつもりらしい。


「少しは落ち着いた?」

「おかげさまで、一息つけたよ。」

「それは良かったわ! さっきは私まで会話に入ると、あなたが混乱するかと思って遠慮したの。でも自己紹介もまだだったし、こうしてお邪魔させてもらったわけ。」

「そうか、気遣いに感謝するよ。」


 簡単な言葉を交わしながらも、彼女は手慣れた様子で食事を配膳し、最後にお茶を注いでそれぞれの前に置いた。


(ほぉ、ちゃんと女らしい一面もあるんだな…。)


「私の名前はアーシャ。この国では平民に名字はないわ。もうご存知の通り商人ミャクリの一人娘ね!自己紹介もそうだけど、何か聞きたいことがあれば簡単に教えてあげようと思ったの。あなた自身の事や今後の身の振り方などは、明日お父さんが相談に乗ると思うから、それ以外で聞きたいことはある?」


「ん〜そうだなぁ。このトウエンがある国と周辺国について聞きたいかな。」

「わかったわ。あっ!食べながらでいいからね!」


 そう言うとアーシャは口をつけたカップをテーブルに戻し、1枚の紙を広げた。



1話毎の話の区切りがハンパな場所になると、適切なタイトルを付けるのが難しかったり、短文・長文とバラつきが出ると思いますが、まずは書き溜めることを優先し、いずれ整理していくつもりです。

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