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【二章完】追放少女にざまあさせてはいけない!  作者: 訳者ヒロト
二章

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十話

 クリスの前途を阻む困難は多い。


 悪魔に絡まれ、邪神にも気に入られてしまった。それもたった数日の間でだ。この先が思いやられる。


 障害にぶつかればクリスは嘆き、悲しみ、あるいは憤ることになる。


 それは本来至極当然な人間の感情の反応で、冒険者として成長するために必要な痛みでもある。


 しかしクリスはその度に魔王として覚醒するかもという危険を冒すことになるのだ。


 魔王覚醒のトリガーになるのは強い負の感情の発露。僕の知る限りでもクリスはすでに二度その境界線に足を踏み入れ、ぎりぎりのところで覚醒を免れている。


 昨夜クリスはいかにも邪悪なクラスを与えられた。今は精神は安定しているが、ずっとこのままでいられるとも思えない。邪神が邪神であるのにはそれなりの理由がある。


 クリスに最も必要なのは能力でも才能でもない。感情をコントロールする技術だ。


 何があっても平静を保ち、決して怒りや悲しみに身を任せてはいけない。


「邪悪なクラスは扱いが難しく、精神にどんな影響を及ぼすか分からない。復讐者としての修練を始める前にこれを教えておこうと思う」


 家を出発する前に僕とクリスは事務所のソファに座って向かい合っていた。


「はい!」


 クリスは背筋をピンと伸ばしている。


「感情をコントロールし、負の感情に飲み込まれないこと。これが一番大切だ。僕は邪神に魅入られて狂人になった冒険者を知っている、それも一人じゃない。クリスにはそうなってほしくはない」


「感情をコントロール…… そんなの考えたこともありませんでした」


「うん。でも難しいことじゃない。誰だって無意識でやっていることだ」


 クリスでなくとも、荒事の世界で生きる冒険者にとって感情の制御は重要な技能だ。怒りに任せて戦えば勝てるものも勝てない。まあ中にはテンションと勢いに任せて戦うタイプの人間もいるが、彼らは狂人だ。


「それじゃあ教えるから。実践してみよう」


「はい!」


「嫌なことや悲しいことがあったら、まず深呼吸するんだ。三秒かけて息を吸い、三秒かけて息を吐く。感情のまま行動してはいけない」


 クリスは目を瞑って鼻から息を吸い込んだ。胸が膨らんでいき、きっちり三秒後にしぼみ始める。


「そう。そしたら何をすべきか思い出すんだ。そして粛々とそれを実行する」


「何をすべきか……」


「大事なのは普段から『何をすべきか』を考えておくこと。緊迫した状況と激しい感情の中で頭を使っても正しい行動はとれない」


 クリスは眉を寄せて難しそうな顔を作った。


「何をすべきか、分かりません」


「……そうだねえ。例を出して考えてみよう。最近あった一番不快な出来事は何かな?」


「……ミンスクに試験を邪魔されたことです」


 ああ、それは良い例だ。クリスはあのとき怒りを鎮めることに成功したのだ。今後似たような状況に再度遭遇したときもぜひそうしてもらいたい。


「じゃあそのときのことを思い出してみて。あのスキンヘッドの下品な顔を」


「……ムカムカしてきました」


 クリスの目がわずかに暗い光を宿す。大丈夫かな?


「ミンスクはクリスの獲物を横から奪い、無能と罵ってくる。血管がはち切れそうな怒りがこみ上げてきた。さあ、クリスはどうする?」


「ええと…… 復讐神の信徒らしく復讐する、でしょうか?」


 おいおい。さっそく邪神に影響を受け始めてないだろうか。


「ちがうでしょ。まずは深呼吸だ」


「そうでした。三秒吸って三秒吐きます」


「そうだね。そしてそのあとは?」


「何をすべきか考えます。この状況なら…… ミンスクを殺して獲物を取り返すべき、でしょうか?」


 可愛らしく首をかしげるクリス。なんて純粋で透き通った少女だろうか。僕はすごく心配です。


「クリス? ちがうよね? 復讐神のことは一度忘れよう。――するべきは一角猪の討伐だ。ミンスクは後回しでいい」


「そうでした。一角猪の討伐です……」


 神と神職(クラス)は人間に影響を与える。これは間違いない。そしてクリスはとても素直で純粋であり、きっと影響を受けやすいタイプだ。


 復讐者というクラスがどのような試練を課すのか、まだ分からない。それはクリスが傷付くことを強要するものであったり、あるいはクリスが誰かを傷付けることを強要するものかもしれない。


 そういった場面において感情をコントロールできるかどうかが、過剰な表現なしに世界の命運を分けることとなる。


「じゃあ次の例だ。そうだな…… 突然謎の敵が現れて、僕が刺されました。血がダラダラ流れて一刻の猶予もありません。さあどうする?」


 クリスは僕を見つめた。


「師匠が負けるなんて、あるはずありません。考えたくもないです」


「ん? ……いや、信頼は嬉しいんだけど、これは仮定の話だから。もしも僕が負けちゃったらって場合」


「もし師匠が刺されたら…… まず深呼吸します」


「うん」


「そして――私も一緒に死にます」


 なんで? なんでそうなる?


 僕たちは比翼の鳥じゃないんだ。どちらかが死んだらもう一方も死ぬわけじゃない。


「だめだよ。クリスはなんとか逃げ出して助けを呼ぶんだ」


「でも、師匠を刺すような敵から私が逃げられるとは思えません。それに師匠が死んだらどうしたら生きていけばいいのか……」


 クリスは顔を伏せた。


 うーん。僕は腕を組んで唸る。どうにもうまくいかない。ただの思考実験なのに。クリスはたいぶ僕に依存してしまっているようだ。


「クリス。僕はいつか死ぬよ。先に死ぬのは僕だ。僕のほうが年上だし、弟子に先立たれる師匠にはなりたくない。ずっと一緒にはいられないんだ」


「そんなこと言わないでください……」


 桃色の瞳がうるうる揺れる。クリスは目をぎゅっと閉じて溢れた涙を拭った。


「なんだか悲しくなってきました……」


「泣かないで」


 また泣いちゃった…… 


 毎日泣いて、毎日慰めてるような気がするな……


 クリスは鼻をすすってしゃくりあげるような嗚咽を漏らす。


「泣いてばかりでごめんなさい……」


「いいんだ。でも悲しんでばかりなのも良くないなあ」


 悲しみも負の感情だ。怒りほど爆発的なものではないが、じわじわと心を蝕んでいくその性質を思えば軽く見ることはできない。


 悲しみすぎず気持ちを抑えられるようになって欲しいが……


「悲しくなったら、楽しいことを考えよう。楽しかったことを思い出してみて、これからの希望に満ちた未来を思い描くんだ」


「楽しかった思い出ですか……」


 クリスは赤い目をこする。


「猪鍋パーティー、楽しかったな……」


「……そう」


 君、途中からずっと泣いてたけどね。何も覚えてないみたいだけど。


「他にはないの?」


「あんまりないです」


 ……なんて可哀想な子なんだ。クリスの魔王覚醒を防ぐため、楽しい思い出を作らなくては。


「今後は修行の合間に旅行とか、お芝居を見たりとか、コンサートに行ったりしよう。一流の冒険者は教養も身に着けないとね。鍋パーティーも何回だってしようじゃないか」


「え!? ほんとですか!?」


「うん。これからは楽しいことばかりだから。笑って生きていこう」


「はい!」


 クリスは涙をぽろぽろ流しながらもどうにか笑顔を作った。


「このご恩、命を捧げてでもお返しします!」


「……話聞いてた?」


 クリス、重いよ。


 先が思いやられる。僕は悲嘆を悟られないようにため息を飲み込んだ。

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