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【二章完】追放少女にざまあさせてはいけない!  作者: 訳者ヒロト
一章

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十一話

 試験当日になった。


 僕とビビは完璧な準備を整えている。試験で使う区域の一角猪以外の魔物を鏖殺し、血を撒いて魔物避けとした。さらに小さくて痩せている一角猪の個体を群れから攫い、縛り付けてある。試験開始直後に放出する予定だ。もちろん毒も飲ませていて、クリスでも楽に倒せるだろう。


 僕は眠い目を擦りながら事務所にいる。クリスを待っているのだ。ビビはすでに現地に乗り込んでいる。


 晴々とした気持ちだった。あのあともクリスは鍛錬を続け、結果一時間三十分というタイムで討伐することに成功した。今日の条件であれば、一時間以内に倒すことは夢じゃない。一匹も倒せなかった初日はどうなることかと思ったが、なんとかなった。


 一匹でも倒せれば、僕はクリスを褒めそやして合格を告げることができる。彼女も自分の成長幅を思えば納得してくれるだろう。


 一匹も倒せなければどうなることか。クリスの根の詰めようをみれば、絶望して自暴自棄な行動に出てもおかしくない。昨夜から彼女は「絶対一匹は倒す。できれば二匹倒す。もっとできれば三匹倒す。もっともっとできれば四匹倒す。もっともっともっと――」と小声でぼそぼそ呟き続けている。監視していた僕は頭がおかしくなりそうだった。


 コンコン。


 玄関がノックされた。


「お、おはようございます。クリス・アーモンドです」


 彼女の声はわずかに震えて、緊張が伝わってくる。


「どうぞ。入ってきて」


 ゆっくり扉が開かれる。怯えた小動物を思わせるクリスの顔。表情は強張って動きはぎこちない。僕が小粋なジョークで緊張をほぐしてやらねば。


「――試験内容は覚えているかな?」


「え? ……はい。もちろんです。『一時間以内に何体の一角猪を倒すことができるか』」


 僕は机の上に肘をついて手を組み、鷹揚に頷いた。気分はギャングのボスだ。


「それは――嘘だ」


「え……」


「君には――ニルフ・ワイバーンを倒してもらう。一人でね」


 クリスの顔が凍り付いた。


 ニルフ・ワイバーンは亜竜の一種で、中堅冒険者がパーティーでなんとか倒すような魔物である。クリスが百人集まっても倒せっこない。"いやいやシドニーさん、無茶ぶりやめてくださいよ"、"ははは、ニルフ・ワイバーンに比べたら一角猪なんてかわいいものだろう?"。そんなやりとりが続くことを想像し――。


 クリスは唇をきゅっと引き締めて目に力を込めた。


「分かりました。シドニーさんが言うのであれば、――ニルフ・ワイバーンを倒してきます」


 いや無理だから。


 僕はジョークを失敗したことを悟った。素直で真面目過ぎる彼女には僕のハイセンスな冗談は通じなかったようだ……。


「……やっぱり嘘。ニルフ・ワイバーンはまだちょっと早いかも。……今日は一角猪くらいにしておこうか」


 クリスは胸を撫でおろした。


「そうですか。よかったあ。ニルフ・ワイバーンと戦えなんて、お前なんか弟子に取らないから死んでこいということなのかと思いました」


 ……彼女の僕に対するイメージはいったいどんななのだろうか? 


 ランク7冒険者は確かに畏怖の対象ではあるが、僕は冷血漢ではない。むしろエディ・シドニーは冗談が通じてまともに人と会話することができる、数少ない高ランク冒険者と認知されているはず。


「……僕はそんなこと言わないよ」


「そうですよね。シドニーさんができると判断したなら、私が死ぬ気でやったらできるってことですよね」


 そんなことはない。僕は弟子に"死ぬ気でやる"ことを強要したりはしない。そんなギリギリをせめるのは危ないだろう。


 クリスはらんらんと輝く瞳で僕を見つめている。神か天使でもみるような視線だ。僕が言うことはすべて正しく、一分の間違いもないと確信しているような。


 こわい。この子、僕がやれと言ったらなんでもやりそうだな。


 僕は懐からナイフを一つ取り出した。刃渡り十五センチくらいで、獲物の皮を剝ぐのにつかうようなもの。


「ほら。これ」


 クリスに手渡す。彼女はいっさい表情を崩すことなく受け取った。


「それは魔法のナイフでね。隠された才能を開花させるんだ。発動条件は――飲みこむこと。ほら、飲みこんでみて」


 そんな魔法のナイフは存在しない。飲みこむことで効果が発動するなんてどちらかというと呪具の類だ。そもそも飲みこめる大きさではない。


 こんなありえない話に騙されるのはよぼよぼの老人か、夢見がちな子どもだけ。"いやいやシドニーさん、私がそんなの信じると思ってますか? 馬鹿にしないでくださいよ"、"ははは、ごめんごめん、ちょっとからかってみただけだよ"。そんなやりとりが続くことを想像し――。


「え!? 隠れた才能を!? そんなすごいものが……」


 クリスはまじまじとナイフを見つめる。両手で握りこんで口の前まで運び――。


「いただきますッ!」


 躊躇いなく喉に突き立てようとする。


「まった! ストップ!」


 刃の半分が口の中に納まったところでクリスは静止した。きょとんとした目で固まっている。


 あぶねえ……。


 ナイフを食べようとするって頭おかしいんじゃないのか。隠された才能という言葉に飛びついてしまったのだろうか。この子、頭悪いのかな。この先が不安になってきた……。


 いや、だめだ。僕は頭を振って弱気な考えを捨てる。クリスに分かりにくい冗談を言った僕が悪いのだ。


 彼女は真面目で素直で優しく、すこしネガティブになりやすい普通の女の子。少々素直すぎるという欠点はあるが、そこは僕たちが支えていかなければ。彼女が魔王になるのを許すわけにはいかない。


「……やっぱりそのナイフはやめておこう。まだ君には早い」


「分かりました」


 クリスは少ししょぼりとしてナイフを返してくる。


「隠された才能……。まだ私には早いですよね」


「……そうだね」


 クリスと何も考えずだらだら話すのはやめておこう。なんだか悪いことがおきそうだ。今は試験直前の大事な時。


「さて、じゃあ移動しようか。準備はできているかな?」


「はいっ!」


 クリスは元気よく頷いた。


「死ぬ気でやります!」


 "死ぬ気"はやめてね。たかが一角猪だから。


 僕は若干の不安を拭いきることができないまま、クリスと共に事務所を出発した。

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