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06. 胸の内の炎

 エクスが絶命させたはずの大柄な魔物が、異常な魔力の発露とともに、死体を大きく膨れ上がらせる。

 そのまま、大部屋中を巻き込む爆発。閃光、砂塵が巻き上がる。生き残れる者はいないかのような、途方もない威力だ。

 生き残れる者はいない、というのは並の探索者の場合であり、もちろん騎士たちは一人も欠けていない。しかし大爆発は、目くらましとしては活きた。

 エクスの背後、地面から現れた死霊が、鋭い刃を持って突撃する。エクスはまだ反応しない。

 それを、カムリが打ち払った。

 そのままエクスの背中を庇うように立つ。さらに、二人の身体がほのかに銀色の光を帯びる。部屋のどこかにいるプラチナの星法が保護しているのだ。


「敵の戦力は想定以上だな。これが街に行ったら犠牲者が出ていた。……飛ばし過ぎるなよ、エクス」

「………」

「エクス?」


 カムリは、背後の友の様子をうかがった。

 これほど長時間、激しい戦闘をしたにも関わらず、息切れの一つもしていない。が、兜からわずかに覗く目つきは、誰よりも険しかった。

 これはおそらく、さきほどから出てくる死霊兵に思うところがあるのだと、カムリは察した。


「エクス。エクス!」

「!! ……あ、ああ。何?」

「冷静に、冷徹にいけよ。これだけの戦力をこれまで教会に隠していたんだ、この『魔術師』は只者じゃない」

「わかった」


 爆発の起こした煙が晴れていく。プラチナ、ツェグ、共に無事だ。

 しかし状況は芳しくない。騎士たちは、新たに出現した魔物たちに周囲を取り囲まれていた。『魔術師』は死霊術を使うという情報通り、不死属の割合が多い。

 油断(よゆう)があったのは緒戦だけ。先ほどから、星騎士ですら眉を動かすほどに過酷な戦闘を強いられており、プラチナなどはやや疲弊している。戦闘は任せるといったツェグも、剣をとり、自身に向かってくる敵には対処している。

 カムリは冷静であることに努め、現状と、これからの動きについて思考する。

 この迷宮に潜む敵戦力は、予想を大きく上回り、今となっては大星官から直接指令が下るのも頷ける。まさに脅威だ。

 だが、やはりこの人員なら恐るるに足りない。

 死霊の軍勢も無限ではない。プラチナの様子が心配だが、まだ撤退を選ぶほどではないだろう。仲間との連携を意識しつつ、このまま粘り強く攻略を続けるべきだ。

 そうカムリは考えた。


「エクス、このまま全員で抗戦を――」

「ここはエクスに任せる。残りの人員で先へ進む」


 男の声がかかる。

 発言したのはツェグ。彼は身構えている二人の横を、空気のように通り過ぎていった。

 カムリは耳を疑った。軍勢に囲まれているという状況だが、思わず彼に駆け寄り、肩を掴んでしまった。


「何を!! ……何を言っているんだ。あんた、エクスのことを知らないわけはないだろう」


 声は途中から抑えたものになる。

 エクスという青年は、今相手にしているような死霊兵のたぐいに対して、激情を抱えている。

 怒りだ。

 それは彼の過去に起因するもので、養護院の仲間たちは事情を知っている。

 怒りは剣をにぶらせることもある。エクスと死霊兵では相性が悪い。いや、良すぎる。誰かがついている必要があると、カムリは考える。


「迷宮の戦力のすべてがここに集中している。足止めをしている間に本隊が目的を果たすのが効率的だ。『魔術師』を討伐すれば、それが操る兵もすべて停止する」


 ツェグは、もっともらしいことを言った。いつものカムリであれば、この言葉に従っただろう。

 たしかにエクスには、その役割を十分にこなせる力がある。個の能力が大きい星騎士の使い方としては、妥当ですらある。

 しかし、胸にこびりついた一抹の不安。

 カムリは、エクスは、まだ星騎士に任命されてから日が浅い。経験不足からくる失態はあり得る。エクスの場合、敵が不死属ならなおさらだ。

 それを補うためにこそ、仲間がいるはずだった。使い捨てるためではない。


「しかし、ツェグ、それは……」

「先に行ってくれ」


 プラチナが彼らのもとに着き、全員がそろうと、エクスはそう言った。


「ツェグの言うことは正しい。僕の力は、やつらを滅するのに適している。残るなら僕だろう」

「エクス? ……大丈夫なの?」

「大丈夫。というか、ヤバくなったら逃げちゃうかも」

「――あはは。薄情者」


 プラチナはエクスの空いた手をぎゅっと握り、彼と目を合わせた。

 そして、手を離す。エクスを見つめたまま、ツェグのほうへと離れていった。小さく動いた唇は、「気を付けて」と言っていた。

 エクスは、カムリに小さく声をかけた。


「カムリ、君ならわかるだろ。一人のほうがずっとやりやすい。周りに誰もいないほうが、すぐに片が付く」

「剣を使うのか」

「状況次第では」

「是非そうしてくれ。出し渋らなくていいだろ、ここまでのことなら」


 エクスは頷いた。カムリが離れていくと、ある方角へと向き直り、剣を構えた。

 剣には炎が灯っている。まるで松明のようだ。


「はぁっ!!」


 エクスが炎の剣を振るうと、死霊兵の一部が炎に吹き飛ばされ、そこに道ができた。次の階層へと向かう通路へ、まっすぐに続いている。

 エクスを除く三名の行くべき道だ。彼はそれを見送ろうと、仲間たちを見つめる。

 しかしカムリだけは、彼の元へと再度駆け寄ってきた。


「――エクス。すぐに戻る。またな」

「ああ。また」


 二人は手の甲を打ち付け合った。籠手が音を鳴らし、小さな衝撃は互いの身体に、互いの存在となって響く。


「行けえっ!」


 その声を背に、カムリは走り出した。


 ▽


 エクスとカムリは、養護院の仲間たちの中でも、唯一無二の親友同士だ。


 彼らは幼い子供の時分に出会った。

 カムリは生まれた家と親を知らないが、エクスがそれらを失ったのは、10歳になった頃のことだった。

 エクスのいた村は、どこからかやってきた死霊の兵隊たちに焼き払われた。ペリエの教会騎士たちが村にたどり着いたとき、生き残っていた村人はただひとりだった。少年は、村人たちの遺体と、炎に巻かれて灰になっていく死霊兵たちを、呆然と見つめていた。

 現場に立ち会っていたツェグ・ラングレンは、その少年を、自身の出資する養護院へと迎え入れた。


 養護院には、エクスと年の近い男子がひとりいた。カムリだ。

 ツェグは二人が友人になることを望み、様子を見守った。しかし、心に傷を負った少年が周囲と打ち解けるまでには、時間と、きっかけが必要だった。

 ある日の晩。カムリは、隣のベッドで眠っているエクスが、酷くうなされていることに気が付いた。寝ているところを起こすべきかどうか迷ったが、尋常ではない苦しみようだったので、悪夢を見ているのかと思い、彼はエクスに声をかけた。

 そして、身体に触れた。


(あつ)ッ!?」


 エクスの身体は、恐ろしいほどの高熱を発していた。それは病に侵された者の発熱、などというものではない。火にかけた鉄鍋ほどの温度であり、カムリは指に火傷をしかけた。

 やがて、エクスの寝ているベッドから、焼け焦げるような臭いがし始めた。放っておけばここに火がつくことを、カムリは察した。

 カムリは、同部屋の子どもたちを起こし、大人を呼びに行かせた。

 そしてエクスの元へ戻り、しばし思考したあと。厚いブランケットを使いながら彼を抱え、非常に乱暴にだが、窓から外へと連れ出した。

 燃え移るものがない広場まで彼を引きずったあと、木桶で水をぶっかけるかどうか迷い、

 そうはせず、触れれば火傷を負う彼の肌に触れ、声をかけ続けた。


「おい。なあ。大丈夫か。起きろよ、もう安心だ。アチッ! おーい」


 騒ぎを聞きつけたツェグや大人たち、眠れなくなった年長の子どもが集まる頃には。

 エクスとカムリのふたりは、ただそこに座って話をしていただけだった。

 ツェグは大人たちに目配せをし、子どもたちを解散させ、二人の少年のそばに腰掛けた。


「僕が君をヤケドさせたんだろ。それに、養護院を燃やしそうになったんだ。……また(・・)、やったんだ」

「おー、熱かったぜ。まあでも鍛えてるからさ、これくらい……な?」

「な? って……」


 二人は、やってきたツェグに顔を向けた。


「なあツェグ。エクスのこれってなんなんだ? エクスもわかんないんだってさ」

「それはエクスの才能(とくべつ)だ。強い炎の星導力が体に流れている。子どもじゃ制御できないくらいのな」

「ふ、ふーん?」

「………」

「俺の仲間に、アチラスという男がいるだろう。星法士の。神前試合で炎の術を使っていた……」

「ああ、あの激強のおっちゃん」

「あれの100倍ぐらいすごい」

「マジ!?」


 そんなやりとりを聞いて、エクスはさらに落ち込む様子を見せた。


「制御できないってことは、またこんなことが起きる……起こす、ってことだよね。僕は、みんなと一緒にいちゃいけないんだ」

「ええ? じゃあ練習したらいいさ。一緒にいちゃいけない、なんてことがあるかよ」


 エクスはカムリを見た。明るく、嬉しそうな顔をしていたので、驚いた。


「なあ、エクス。おまえ、騎士になろう」

「は?」

「星天教会の騎士だよ。仲間が欲しかったんだ、俺一人じゃツェグに追いつけないしさぁ」

「騎士? で、でも」

「だって、星導力が強いって、何かを守るために使える才能(とくべつ)だろ? ……違う?」


 カムリは、ツェグにも話を向けていた。


「そうだな。星導力に身体が慣れてきて、もう少し落ち着いたら、訓練学校に通おう。お前たちはすごい騎士になる」

「おっ、ツェグお世辞うまいね」

「世辞じゃない。……どこでそんな言葉覚えてきた?」

「ほらぁ。エクス、明日から特訓しようぜ、特訓。危ないからツェグにも見てもらって」

「人使いが荒い……。それなら、朝は早く起きなさい」

「わかった!」


 カムリをじっと見ていたエクスは、再び口を開いた。起こしてもらって、手を少し火傷させたことを知って、そこからずっとあった疑問。


「君は……僕の事、嫌わないの?」


 エクスはその強すぎる異能力から、生まれ育った村では疎まれてきた。友達はいなかった。両親からの愛情も足りなかった。自分に向けられる冷遇が、人間の世界において当然のことであるのは、子どもながらに、大きくなるにつれて理解できた。

 だから少年にとって、横にいる生き物の態度は、初めてのもので、よくわからないものだった。


「? なんで? もう友達だし。しかも騎士仲間だし」


 そしてカムリにとっても、エクスの卑屈な質問は、よくわからないものだった。(ついでに勝手に彼の将来を決めていた。)

 自分の体質について落ち込むことはわかる。が、嫌わないのか、という質問はわからない。

 友達が苦しんでいるのなら助けるし、そこで何か痛い目に遭っても友達に咎はない。今いる自分の居場所、養護院の仲間たちに強い愛着を持つ少年には、それが当然のことだった。


「友達?」


 それきり、エクスはこの夜、何もしゃべらなくなった。

 ツェグは、少年が心を開きつつあること、いつか二人に絆が生まれることを想い、微笑んだ。



 数年後。ふたりは青年となり、騎士候補として剣や星法の腕を高め合っていた。

 訓練場にて。摸擬剣を振り抜いた姿勢でしばし固まる二人。

 やがて、先に倒れ伏したのは、エクスのほうだった。


「また逆転された! なんでだ! カムリにだけは負けないように鍛えてるのに……!」


 地面に転がりながら、みっともなくわめく。

 これは最近の彼を悩ませていることであり、真剣な疑問だった。

 もともと、二人の実力や訓練学校での成績では、エクスに軍配が上がる。そして彼らはそこまでは考えていないが、事実として、騎士として秘めている潜在能力はエクスのほうが高い。

 エクスはカムリより強くあろうと努め続けた。だからここにきて、負けが込んでいることが悔しく、自分に改善の余地を見つけようともがいていた。


「フッフッフッ……」


 遅れて地面に寝転がってきたカムリが、卑しい笑い声を漏らした。おかしなことに、勝利を手にしたカムリのほうが、姿はボロボロであった。終始エクスが優勢だったことの証拠だ。


「実はな……、お前の動きのクセをひとつ見つけたんだ。そうなったら、いつまでも負け続ける俺じゃあない」

「クセ? ……どんなのだよ」

「最後の一撃が決まってるんだよ。相手を十分に追い詰めたら、必ず一番得意な斬り方……相手の右脇を狙う横薙ぎで、勝負を決めにくる。それを知っていれば、紙一重でかわせる」

「……ふーん」

「フッフッフッ。騎士エクス、打ち破ったり」


 その次の日から、癖を修正したエクスに、カムリは再び勝てなくなったのだった。



 それからさらに数年。

 ペリエ市星天教会の騎士として実績を積んできた彼らは、星騎士の候補として本国に召喚されることとなった。

 銀騎士・鉄騎士から星騎士となるのに、一斉の昇格試験のようなものはない。二人が呼び出された日時と場所には、それぞれ違いがある。

 旅立ちの前、カムリとエクスは、長年の相棒だったことを噛みしめ、最後の時間を過ごした。もしどちらも星騎士になったのなら、これから先、背中を預け合うことは滅多にないからだ。


 エクスは、街の高台から人々を眺めるカムリの、穏やかな横顔を見ていた。


「なあ、エクス……」


 視線は遠くに向けたまま、彼はエクスに話しかけた。


「俺はここを守るために騎士になったんだ。星騎士になっても、本当はそこは曲げたくない。だから……」

「なるべく交代で帰って来て、ペリエを守り続けよう。……って言いたいんだろ」


 カムリはエクスに顔を向け、笑った。

 星騎士はひとところに長く留まらない。そして、複数名が共にいることは、さらにない。もしも星騎士になれば、二人はペリエを離れなくてはならない。それが任務に伴うルールだ。


「ここにはツェグも、騎士団の仲間たちもいる。街は彼らに任せるとして……でも、それでも、帰ってこよう」

「エクス」

「君がいないときは僕が。僕がいないときは、君が。だって、ここが僕たちの故郷だ」


 二人は向かい合い、互いに手を差し出した。


「ありがとう、エクス」

「ああ」


 手の甲をぶつけ合う。気持ちが通じ合っていることの証明だ。


「なあ。お互い星騎士の任を終えて、なんでもない俺たちになったら……また、なんでもない勝負をしよう」

「まだなってもいないのに、もう終わった後の話?」

「いいだろ別に。そろそろまた俺が勝つぞ。ずっと負けっぱなしじゃ隠居できない」


 エクスは、カムリの目を見た。


「わかった。約束だ」



「はぁ、はぁ」


 息切れをしている。

 若き星騎士が、魔物を相手に、息切れをしている。

 エクスは、兜の内にある、自分の額の汗に気が付いた。


 それはいつからか、消耗戦のようなものになっていた。

 『魔術師』の配下であろう死霊兵や、不死属の魔物たち、泥人形(ゴーレム)どもは、一個の性能はエクスという騎士に土をつけることすらできないものだ。しかしそれが無数の軍勢となれば、無敵の騎士に体力の消耗を強いることができる。

 エクスは歯を食いしばり、さらに剣を振るった。


 炎剣レーヴァテイン。本来の刀身から常にあふれ出ている炎が、流動する刃となり、敵を焼き斬る。不定形の剣。太陽の剣。黄昏の剣。広い攻撃範囲と多大な破壊能力を持つ、聖剣型の神器だ。

 そして、エクス・“レーヴァテイン”。

 この青年の持つ魔力(星導力)は、強力無比である。

 彼のそれは『炎』という属性のみに偏っており、ゆえに、どのような星法を行使しようとしても、炎というかたちでしか出力されない。この特化性は、人間としては特異な体質である。

 生まれ育った村に放たれた火災から生き残ったのも、幼い子どもの身で死霊たちを焼き返したのも、この体質によるものだ。

 そしてそれはそのまま、炎剣レーヴァテインの■じ手たりえる資格となっていた。

 星騎士エクス・“レーヴァテイン”は、火炎の申し子である。


「……!?」


 エクスが放った大火炎。それを、耐え凌ぐ魔物たちが、いま現れた。

 エクスは経験から、一瞥したのみで敵の耐火性を見抜くことができる。

 新たに出現したものはすべて、炎への極めて強い耐性を獲得している魔物たちだった。存在しているという知識や一部との戦闘経験はあったが、これほどの数がそろったのは見たことがない。

 消耗しているこのタイミングに、まるでこちらの陣営に、炎使いがいることを確信しているかのような布陣。

 エクスはここにきて、今の状況に、何者かの意図を感じた。


「……はっ」


 だが、これを仕掛けた者は、星騎士の背負うものを軽く見ている。

 甘く見ている。

 燃えるはずのないもの、燃やしてはならないものすら()き尽くしてしまう、この剣の真の力を。

 エクスは右手で剣を構え、左手を燃える刀身に添えた。

 エクスの黒い髪が、瞳が、赤い灼熱色に変化していく。


神器(・・)解放(・・)――」


 そのとき、エクスの鎧の内で、首飾りの青い宝石が不気味に光った。


「!? なんだ、これ」


 レーヴァテインの炎が消えていく。同時に、自身の内にある星導力も、何かに吸い出されるように失われていく感覚を覚えた。

 やがて、炎の剣は色を失い、黒く焼け焦げた棒切れのようになった。


「がっ――!?」


 エクスは、ゴーレムの巨腕に吹き飛ばされた。

 洞窟の岩壁に、背中をしたたかに打ち付け、息が止まる。態勢を立て直そうと足に力を入れている間に、周囲を魔物たちが取り囲んでいく。

 死霊たちだ。骨をむき出しにした兵士、ただれた肉を持つ鬼。それらの暗い眼光がエクスを、エクスの剣を見ている。


「……は」


 兜の隙間から、呼吸が漏れる。


「はは。ははは、ふふ、アッハハハハ……!!」


 笑い声が地下迷宮に響いた。誰のものでもない、エクス自身の声だ。

 彼は立ち上がり、すぐ横にあったこの先への通路に、立ちふさがった。


「ここは通さない。特にお前らはな。大嫌いだから」


 炎が封じられた、真っ暗で、冷たい地下の洞窟。

 しかし空気が乾いていく。まるで太陽の真下であるかのようだ。

 騎士の鎧から、蒸気のようなものが立ち上る。

 体中の汗が蒸発していく。

 エクスは端正な顔立ちに、怪物のように獰猛な笑みを浮かべた。


「不死の(ともがら)、尽く滅すべし」


 ▽


 通路を急ぐ途中、カムリは立ち止まった。

 プラチナが振り返り、顔を覗き込む。彼は、兜の下で、ひどく動揺した顔をしていた。


「……やっぱり、これは違う。おかしいんだ」

「カムリ?」

「胸騒ぎがするんだ。戻ろう」


 カムリが後ろへ振り返る。

 その肩を、誰かがつかんだ。


「神器を持つ星騎士が、あの程度でやられると?」


 ツェグはカムリを諭そうとした。

 そう、“星騎士”、それも“神器持ち”があの程度のことで敗北するはずはない。カムリ自身、あの場に残っても、敵に後れを取らない自信があった。

 ましてカムリの上を行く騎士、エクスならば。不安に思うことこそが、信頼関係への裏切りだと言えよう。

 しかし何か。カムリの中で、何かの違和感が、胃の中にこびりついて剥がれない。

 今の選択は、重大な誤りなのではないか。


「ならば、様子を見てこよう」

「! ツェグ……」


 ツェグはカムリを追い越し、そのまま来た道へと歩き出した。


「お、俺も行く」

「プラチナを一人にするのか?」

「それなら、わたしも行けば……」

「必要ない。ついてくるな」


 ツェグは走り出し、あっという間に足音すら聞こえなくなった。

 カムリは兜を外し、プラチナと目を合わせた。

 お互いに、いい表情だとは、とても言えない顔をしていた。



 それからしばらくして。

 プラチナが小部屋に設けた安全圏で、二人が身体を休めていると、ツェグが戻ってきた。

 許可したものしか通さない結界の星法。それを通過し、彼は二人に顔を向ける。

 無表情だった。

 何を考えているのか、わからなかった。彼を父だと敬愛する二人にとって、こんなことは初めてだった。


「ツェグ……?」

「エクスは?」


 ツェグの視線は、どこか遠くに向けられているかのようだった。二人と目が合わない。


「無事だ。当然だろう」


 二人はその言葉に、ため息をついた。少しの安心を得たのだ。


「先を急ぐぞ」

「あ、うん。待って……」


 すぐに身をひるがえすツェグの背中を見て、二人は迷宮攻略を続行する準備を、急いで整える。

 その中で、またカムリとプラチナの目が合った。

 安心した。

 とは、やはり言い切れない顔をしていた。どちらにとっても。


「……本当に、大丈夫なのかな」


 プラチナの声はか細いものだ。

 カムリは、それに答える自分の声が、震えたものになりそうな予感がして、無理やり明るい表情と、堂々とした声をつくった。


「エクスがあんな骨どもにやられるはずないさ。あのエクスだぞ?」

「そう、だよね」

「ああ。……だから、早く迎えに行こう。全部、終わらせてから」


 二人は、任務への決意を新たにした。最初のような穏やかなゆとりは、もうない。


 四人から一人が減り。

 三人は、迷宮の奥へと沈んでいく。


 ▽


 灯りのない暗闇の中、エクスは死んだ。


 大部屋の片隅、岩壁に、死体となった彼が背中を預けている。まるで小休止とばかりに、眠っているかのような姿で。

 おそらく本人すら、己がどのようにして絶命したのか、わかっていない。

 間違いがないのは、彼という超人を、確実に殺害するための何かが、入念に準備されていたということ。彼がそれによって追い詰められたということ。『星騎士の死』というものは、異常事態に他ならない。

 鎧の隙間から覗く皮膚には、まるで病や毒に侵されているかのような、黒い(まだら)が浮かんでいる。

 そして胴鎧には、鋭いものに、背後から刺し貫かれた痕が残っていた。


 わずかに残っていた死霊の兵たちが、エクスの遺体へとにじりよってくる。

 いや。彼らの目は死体(おなかま)には向けられない。その横に突き立っている、一振りの剣を見ていた。

 死霊たちの腐った、あるいは白骨化した手が、剣に伸びていく。同時に残りの戦力たちは、次の目標物(・・・・・)がある通路へと殺到していく。

 その瞬間。

 鎧の内側で、青い宝石が砕け散った。


 剣に死霊が触れた途端、そこから苛烈な炎が燃え上がった。

 焔はほとばしり、津波のように湧きあがり押し寄せ、通路の向こうへ行こうとする死霊たちと、その他の魔物たちをことごとく葬った。

 そうして、今いるすべての敵を()き尽くした。

 大空間から、動くものの立てる音がなくなる。代わりに、火が空気を弾く音だけが残る。

 しかし、新たに敵が現れる可能性がある限り、この炎は消えない。剣から現れた灼熱は、熱量をそのままに“壁”を形成し、障害となって通路をふさいだ。耐火性に特化したものでなければ、ここを通過することはできない。


 新たな兵が、()へ続くほうの通路からやってきた。

 炎は、消えない。



 何者かによってレーヴァテインに仕組まれた『炎封じ』が、エクスの死後に切れたのは、何故か。

 役割を果たしたため、その効力を終えたのか。

 そもそも封じられるような代物ではなかったのか。


 あるいは、不当な縛りなど打ち破るほどに、最期に残した友たちへの想いは、燃え盛っていたか。




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