04. 地下迷宮へ
「銀騎士ツェグ・ラングレン。
星騎士エクス・“レーヴァテイン”。
星騎士カムリ・“ミスティルテイン”。
あー、星法士プラチナ。あなたたちに、任務を与えます」
狭い導力車の中、プラチナは渋い顔で渋い声を出した。モノマネである。
「何。何何何」
真正面、至近距離から幼馴染の奇行を目の当たりにし、エクスは困惑した。その横にいるカムリは無表情。無視だった。
プラチナは表情と姿勢を崩し、座席に背中を預ける。窓から外の、流れていく景色に目をやりながら、対面に座る星騎士たちに話題を振った。
「いやぁほら。ふたりとも、いいなぁと思って」
「何が?」
「エクス・レーヴァテイン。カムリ・ミスティルテイン。立派な名前……家名? もらっちゃって。わたしだけ星法士プラチナ。おわり」
「……プラチナ」
「………」
「ひとりだけ名前短いのメッチャおもしろくて、大星官の前で笑いそうになった」
カムリとエクスは会話の中で幼馴染を心配したが、すぐに心配をやめた。
「まぁ僕らが頂いたのは、家名ってわけじゃないんだけどね」
「頂いた? つけられたのは、だろ。記号みたいなものだ」
「ふうん。かっこいいけどな」
星騎士には星騎士の事情があるようだ。プラチナは二人の顔色を眺め、詳しく聞いてみるかどうかを考え、そうしないことにした。
話題の行先をややコントロールする。
「ともかく。なーんか二人が大きくなりすぎて、ちょっと寂しいかも。ほら、私たち、親無し名前なし仲間で、その……。姉弟みたいなものだったから」
これはプラチナの本心だ。お互いに家の名は、実の親ごと失った。しかしだからこそ、血のつながりに囚われないこの仲間たちのことをこそ、家族だと思っていた。
そしてそれは、彼らにとっても同じことだ。
「そうだな。俺たちは兄妹だった」
「これからも兄妹だよ。何があっても、それは変わらない」
「カムリ、エクス……」
三人は微笑み合った。各々、自分こそが年長者の立ち位置であり、他の二人は手がかかる弟妹という認識であった。
微妙なすれ違いに気づかないまま、彼らは互いの親愛を感じ、ウフフ……、アハハ……、と一分ほどやった。
「それにしても、この導力車っていうのはすごいね。馬もいないのに、勝手に車輪が動くなんて。僕これ欲しい。歩き旅したくない」
「わかるぅ」
「勝手に動くんじゃなくて、星導力で動かしてるのよ。しかも大量に必要みたい。一人旅なら使わない方がいいんじゃない」
新しい話題。前の話題の雰囲気を引きずっているカムリが、エクスに合いの手を入れた。しかしプラチナは賛同しない。
プラチナは、カムリとエクスの背後に視線を送る。
「それにさ……。あれ、あんたたちにできるの」
男二人が後ろを向き、客車前方の小窓から外を覗くと、そこには“運転士席”がある。
馬車でいう御者台にあたるそこでは、座席に腰掛けたツェグがいる。彼は常に丸い輪を握って行先を操り、さらに時折、操作機にたくさんついた取っ手や、足踏みペダルまで操作していた。
手順が複雑すぎて、とても動かせる自信がない。カムリはそう思った。
「無理です」
「そうかな? 練習すればできそうだけど」
「……あ。ねえ、いいこと思いついた」
プラチナが明るい声を出す。二人は体勢を戻し、少女に向き直った。
嬉しそうな顔だ。
「二人とも旅の足が欲しいんでしょ。なら、いつかさ、三人で旅に出ない? 導力車を使って、運転はみんなで交代しながら。ペリエを出てうんと遠くまで……ううん。世界中を全部まわるんだ。……どう?」
話していく中で、熱く語りすぎだと感じたのか、プラチナは頬を赤らめ、上目遣いになっていった。
「途中からずいぶん壮大になったな」
「ちょっと盛りあがっちった」
「その話、いいね、プラチナ」
エクスから返ってきた言葉に、プラチナは顔をほころばせた。
対照的に、“星騎士”であるカムリはわずかに眉をひそめる。カムリとエクス。二名の星騎士が旅路を長く共にすることは、その任務の性質上許されていない。
「エクス」
「僕かカムリのどちらかが、星騎士でなくなればいいだけだろ? 十分実現可能な夢だと思うな」
「それはそうだが。……まあ、構わないか。賛成。賛成します」
「プラチナ。すぐには叶わないけれど、待っていてくれる?」
プラチナは、二人の顔を順に見た。やがて、幼馴染だけに見せる、一番の笑顔になる。
「楽しみにしてる。何年経っても、待ってるからね!」
▽
導力車が止まる。地下迷宮の攻略に挑む騎士たちは、この日、ある民家にたどり着いた。
ただの民家とは言えない。ツェグが先頭に立ち、意味不明な言葉を口にすると、そこで初めてこの建物の存在を認識できるようになった。隠ぺいの星法、あるいは魔術がかかっていたのだ。
町や村からは遠く、魔物の姿すら周辺にある。家を建てるには適していない立地で、ペリエ市を遠く離れたことがないプラチナには、存在が不自然にも思えた。
しかしその怪しい家に、騎士たちは平気な顔で足を踏み入れていく。プラチナは彼らの背中を、慌てて追いかけたのだった。
この家屋の実態は、『役人の詰め所』だ。迷宮を監視し探索者の出入りを管理する、という仕事を与えられた役人たち。その職場。国内で発見された迷宮の多くには、これが付き物となっていた。
しかしながら現代では人員が配置されておらず、このように、もっぱら迷宮の探索者の拠点として使われている。
やがて日も完全に沈み、夜がやってきた。騎士たちは、安全圏としての条件を整えたこの家屋で一夜を過ごし、英気を養う方針だ。
夕食は、ツェグが作った温かいスープ。
またしてもツェグ、であった。迷宮の事前調査、導力車の運転、食事の用意まで。恩義あるツェグにいいところを見せたいと思っていた三人は、なんと、あらゆる仕事を彼に取られてしまっていた。
「お前たちは食べていてくれ。外を巡回してくる」
「は? いやツェグ……! それは俺が」
「わたし! わたしが!!」
そして今、ツェグは若者たちに無言を返し、外へ出ていった。
彼らは食卓のスープを囲み、眉根を寄せた顔を突き合わせる。
「居心地悪くないか?」
「わたしたちもう大人なのに、こう手取り足取りされると……あとなんか、機嫌悪くない?」
「現場ではバリバリ働いてくれよっていう、ツェグなりの激励かも。……冷めたらそれこそ悪いし、食べちゃおうか」
エクスが小さく天を仰ぎ、食事前の祈りをする。二人もそれに続き、スプーンを握った。
「ん! おいしい~。ほんっとツェグは、料理も完璧とか、何なら苦手なのよ」
「………」
「カムリ?」
「なんか、変な味がしないか」
カムリは味覚に小さな違和感を覚えたが、幼馴染の二人はきょとんとしている。
やがて、プラチナの顔が、人をからかうときのものに変わっていく。
「なに、星騎士様になっても野菜嫌いなの? あららぁ」
「はぁー? 好き嫌いなんて贅沢なこと、したことないが」
「ああ。カムリが野菜嫌いなの、養護院のみんなの常識だったよね。顔見ればわかるし」
幼馴染たちにバカにされながら、カムリはスープをかきこんでいった。
違和感は気のせいだったのかもしれない。優しさを感じる味で、身体が芯から温まった。
▽
朝。拠点を出る際、プラチナが机上に一枚の絵を置いていくのを、カムリは見た。
小さな絵で、木の枠にはめられている。
「それは? 何の絵だ」
「絵じゃない、“写真”だよ」
「写真? なんだそれ」
「見たらわかるよ、ほら」
手渡されたそれを覗き、カムリは驚いた。
絵というには、そこに描かれた景色が、まるで現実の光景をそのまま切り取ったかのように精巧だったからだ。
“写真”の中には、たくさんの子どもたち、そして養護院の大人たちと、エクス、プラチナ。そしてカムリ自身がいた。
場所は養護院の中だ。みんなが笑顔で、送別会の準備をしている。子どもたちは飾りつけをしたり、食事を運んだり、駆けまわったり。カムリはプラチナに背中を押され、追い出される寸前だ。
「送別会のとき、魔術屋さんを呼んで撮ってもらったんだ。こうやって、見える景色をきれいに写し取る精霊さまがいるんだって。もう町で評判でさ」
「そういえば、部屋の端で何かやっていたな……。というか、教会の星法士が、魔術屋のご利用なんかしていいのか」
「いいっしょ別に。邪法ってわけじゃないんだから」
カムリは写真を眺めるうちに、心に温かいものが生まれるのを感じた。自分の守るべきものを再確認したのだ。
写真を返す。プラチナは、やはり、それを机上に立て置いた。
「置いていくのか? ……大事なものじゃないのか? 俺がもらいたいくらいだ」
プラチナは笑顔をつくる。だがそれは、若干の憂いを含んでいた。
「迷宮から戻ってきたときに、また持っていくよ。それまではここに置いてく。大事なものだから。わたしたちが、ここにいた証拠だから」
カムリはプラチナの意図を察した。
少女は、万が一の、帰ってこられなかった場合のことを考えている。
「ずいぶん弱気じゃないか。強いんだろ、プラチナは」
「……なんか、ちょっと怖くて。普通の任務じゃない気がする」
たしかに異例の任務。だが、不安に思う必要はない。カムリには自信と、それ以上に仲間への信頼があった。
カムリは、勇気づけるようにプラチナの肩に触れた。
「この面子なら、大迷宮ひとつ潰しておつりがくる。……プラチナ、君には俺たちがいる。大丈夫だ」
「……うん。それに、カムリにだって、わたしがいる。そうだよね」
「おう。頼りにしてる」
プラチナは、ようやくいつもの調子を取り戻した。
カムリが扉を出る。
そこについていく前に、プラチナはひとり、家の中にあった星神の像に、祈りを捧げた。
外では騎士たちが、『魔術師』の迷宮へ進入する前の、持ち込む物の点検を行っていた。
愛用の軽鎧に身を包んだカムリは、頭部をすべて覆う兜を被った。これは星騎士となったときに与えられた特注品で、視覚と聴覚を制限しないという不可思議な星法が施されている。
見れば、エクスも同様に兜をしていた。カムリのものとは意匠が全く違っているが、機能は同じだろうと思われた。
「大星官様から賜ったものは身に着けたか」
カムリは、ツェグに声をかけられた。
「これか」と、カムリは右腕を持ち上げてみせる。軽鎧とデザインが地続きでない、新品の籠手だ。
装着者の星導力を強化する特別なもの、という話だった。しかしカムリは見た目が気に入らないと感じており、任務が終われば外すつもりだ。届けてくれたツェグの手前、今回は装備している。
エクスも同様に、大星官からの贈り物を身に着けていた。炎の属性を強化する首飾りだ。暗い青色をした宝石が、中心に嵌まっている。エクスはそれをツェグに見せたあと、鎧の内側にしまった。
「失くさないように注意しろ」
「わかってるよ」
ツェグはカムリから離れた。カムリは兜の内で、その姿を目で追う。
銀騎士に支給される鎧に身を包んでいるが、兜はしていない。剣士としての戦闘に支障があるからだろう。
ツェグ・ラングレン。『鉄の剣聖』というあだ名は、カムリが知り合った本国の騎士たちにも通じた。まるでこれが、彼に与えられた称号であるかのようだ。
ツェグは、銀騎士という等級の中では、最上位を争う腕前の剣士だと名高い。しかし長らく最下位である鉄騎士の地位にこだわり続けた時期があり、それが『鉄の剣聖』の由来だという。
本来、星騎士となるべき実力と功績を持っているが、立場による縛りを嫌い昇格を断っている……という噂だ。
ちなみに、カムリが本人にその話について聞いたところ、「星騎士たちがしている兜がなんか嫌」と言っていた。
「おまたせ~……うおっ! いかつい奴らだ!」
後からやってきたプラチナは、兜をした二人の姿を見て面白がった。
「おい、からかうなよ。これが正装なんだ。好きで被っているんじゃない」
「え、僕は気に入ってるけど……」
「お前のはまぁ、似合ってるよ。かっこいいよ」
「どっちも! どっちも似合ってるよ! 騎士って感じ」
プラチナは最初こそ揶揄う物言いだったが、二人を見る目つきからして、どうやら興奮している様子だ。カムリは、素直に誉め言葉として受け取ろうと思いなおす。
「ふっ。あのクソガキどもが、立派になったもんだぜ……」
「そういうお前も、星法士らしい恰好だ」
「準備はできているか」
三人の様子を見計らってか、ちょうど点検を終えるタイミングで、ツェグが声をかけてきた。
星天教会に所属する四名に与えられた今回の任務は、『魔術師』の討伐だ。
そのためには、『魔術師』が潜むという地下迷宮を進まなければならない。彼らの本職は迷宮の探索者ではないため、困難な道となる。
しかし、ツェグ・ラングレンという人物がいれば、その厳しさも軽減されるだろう。一介の騎士とは呼べないほど、彼は多くのことに精通していた。
拠点からしばし徒歩で移動した地点。頭上を仰げば天然の岩山がそびえたつ、その足元となる箇所に彼らはやってきた。今、目の前には、ただの岩壁が広がっている。
そこをツェグが探り、なんらかの仕掛けを作動させる。
岩壁に施された隠ぺいの魔術が解けていく。拠点にかかっているものに似ていたが、それより一段階強力なものだ。
騎士たちの前には、地下洞窟への入り口が開いていた。
「不死属のにおいがする」
エクスが低い声でつぶやく。彼はある事情から、不死属の類に対して敏感な騎士だ。
ちり。
場に漂う空気が、乾いていくような感覚。エクスの感情の動きに伴う、彼固有の星導力の発露を、カムリは感じ取った。
カムリは息をのんだが、プラチナはそこに、のんきな声を差し入れた。
「それって、くさいってこと? いわゆる腐臭?」
「……まぁ、そんな感じ」
エクスの放つプレッシャーが霧散する。
「………。敵は死霊術の使い手、だったか。死霊の相手は得意だ」
「お。どっちがいっぱいやっつけるか、勝負するかい?」
「いいとも」
「野蛮な遊びだなぁ」
三人は軽口をたたき合う。実力からくる余裕であり、しかし、砂粒ほどの恐怖と不安を紛らわすためでもあった。
大星官が、これほどの人員を差し向ける敵。ツェグの情報では、強大な死霊術の使い手であり、したがって無数の戦力を有している可能性があるという。
それが、この闇の奥にいる。
「戦闘はお前たちに任せる。いいな」
そのうち、ツェグから、三人にとっての念願の一言がかかった。
▽
ペリエ市南方、隠された地下迷宮。その浅層、大空間にて。
迷宮には、恐ろしいほどの死霊・魔物が待ち受けていた。それは量も、質もだ。一般的な迷宮の比ではない。何者かの陰謀がここで渦巻いているのは、もはや確実だ。
熟練の戦士たちが名を連ねる探索者の集団ならば、緒戦の時点で撤退する。それが賢明だからだ。
それほどに、ここは死地だった。死霊のたぐいが多いことも相まって、とてもこの世の光景とはいえない。
――その恐ろしい死の群れを、星騎士エクス・“レーヴァテイン”はひとりで焼き払っていった。陰惨な暗闇を、紅蓮に塗り替えていく。
彼が鞘から抜き放った剣は、まるで刀身が、炎そのものでできているかのようだ。
「もうあいつひとりでいいんじゃないかな」
プラチナが展開する光の防護膜の内側で、残りの三人はそれを眺めていた。
「そうだな。まだまだウォーミングアップだろうし」
「えっ。あれで」
魔物を次々と斬り燃やす様子は、普段の柔和さが嘘のように苛烈だ。
しかし動く速度はエクスの全力には程遠く、“剣”のほうにも当然、“枷”をかけたままだ。同じく剣使いの星騎士だから、そして、半生をともに高め合ってきた男だから、カムリにはそれがわかる。
とはいえ、消耗を一人に押し付けるのも上手くない。そう考えたカムリは一歩動き出す。
カムリという青年は、仲間想いで、見栄っ張りで、負けず嫌いだった。
「おおい、エクス! そろそろ交代しないか」
相手が頷いたのを見て、脱いでいた兜を、再度身に着ける。
防護の陣を出る。
星騎士カムリ・“ミスティルテイン”は、自身の名にも背負うその剣を、鞘から抜いた。
聖剣ミスティルテイン。
その白い刃は芸術品のように美しく、また、永久に欠けることがないと言われる。




