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12. 「死がふたりを分かつまで」

 眠りから目覚めた、という感覚があったわけでもなく。

 気が付くと、少女は暗い一室に横たわっていた。


「……ん~」


 ベッドの上で伸びをして、カーテンを開ける。外の様子からして、時間帯は朝と真昼の間らしかった。

 胸に手を当てると、疑似心臓の鼓動がとくとくと返ってくる。

 彼は部屋にある小さな鏡を覗く。そこには、白銀の髪と暁色の瞳を持つ、美しい少女が映っていた。


 シセルが部屋を出ると、それぞれの一日を過ごしていた養護院の子どもたちや、院長が声をかけてくる。誰も彼も安心した様子だ。

 会話の中で、眠っていた期間はひと月に及ぶほどだと教えられる。

 シセルはある骸骨を思い浮かべる。少女の肉体が停止していた期間から、あの男は貸し与えた魔力を相当に使い込んだか、戦いが長期に及んだのだろう、と推測した。

 シセルは、カムリがどこにいるのかを聞いて回った。

 実のところ、死霊術の(しゅ)である彼には、カムリのいるおおよその方角、距離はわかっている。しかし当然ながら、そこがどのような場所であるかも、そこにいる理由もわからない。

 養護院の青年アルが、仕事の合間にシセルの質問に答えた。


「兄さんなら、街の復興を手伝ってるか、教会の生き残りを指揮しているはずだよ。それより、ケガをしたとか言って、ずっと顔を隠しているんだよ。心配だ」


 礼を言い、シセルは養護院を出た。


 ペリエ市街では、街の規模にはまだ足りていないものの、人里としての活気が戻りつつあった。

 人々の間では、大星官バルドーを陰で操っていた悪の魔術師を、外から来た星騎士が打倒した……という噂が流行っていた。

 その星騎士というのは、顔を隠した矮躯の青年で、ここひと月は街の復興に尽力している、とのこと。正体は死んだはずのカムリだ、エクスだと話す者もいれば、それを否定する者もいた。

 市民たちは、シセルが声をかけるとなんでも話した。彼はそれを、この美貌のなせる技だろうと思い、気を良くした。

 シセルは、山を利用した階層構造の都市であるペリエを、上へ登っていった。

 道中は、困りごとのある市民を見つけると、魔術で助けていった。そのたびに礼や称賛を浴び、才色兼備の善良な少女を演じることに酔う。

 目的地に着くころには、愛らしい顔にニヤニヤと笑みを浮かべながら、もらった果物を勲章のように周囲に浮かべていた。


 シセルがたどり着いたそこは、街からも教会からもやや離れている。ペリエ市が広く見下ろせる丘の端だ。

 そこに、カムリはいた。

 外套で身体全体を覆い、特に顔は包帯やフードで念入りに隠している。シセルは一目見て、外見を偽る魔術が解けてしまっていることを理解した。


「おはよう、騎士サマ」


 振り返るカムリに、シセルは果物を投げた。彼はそれを掴み、まじまじと見つめたが、何かを食べようとは思えない身体なので、無言で投げ返した。


「こんなところで何してた。……ん?」


 振り向いたカムリの背後、丘のふちには、一本の剣を墓標にした、つたない墓が作られていた。

 剣の持ち主、ツェグ・ラングレンの墓である。


「その剣、ここに置いていくのか? もったいない」

『他には遺体も何もないからな。代わりに、彼の魂を置いていくんだ』

「はぁ? 何言ってるんだ、人間の魂っていうのはな……」


 シセルは魔術師としての観点から文句を言おうとしたが、カムリから重い威圧が飛んできたので、怖くなってやめた。


「そ、そうだ。他の仲間の墓はないのか。ほら、この髪と、瞳の……」


 その言葉を聞いたカムリは、ずんずんとシセルに近づいてきた。そのまま無言で見下ろしてくる。


「えっえっ何?」

『………。いま、墓に向かって安寧を祈っている。他には遺体も何もないからな』

「?」

『エクス、プラチナ。安らぎのあらんことを』

「………。えっ、あっ!? もしかしてこの身体(シセル)が墓ってこと!? バカかおまえ、ふざけんな!」

『ふざけていない。遺品はそこにある』


 目を指さされ、シセルはうぐぐと唸って頭を引いた。


「なあ、おまえはこれからどうするんだ」


 シセルはカムリの横に並び、墓と街を見下ろして言った。

 カムリが答える。


『街を立て直さないといけない。みんなを手伝うよ』

「そうか……」


 シセルはカムリに向き直り、魔術を行使した。しばし、淡い光が地面から立ちのぼる。

 それから白い手を伸ばし、彼の顔を隠していた頭巾などを取る。そこにはどくろの顔ではなく、青年の顔があった。

 カムリは、肉のついた自分の手を見下ろし、頬を触って感触を確かめた。そして、少し驚いた顔をした。


「よし、これでいいだろ。無茶しなければ二年はごまかせる。その間に偽装魔術の勉強でもしな」

「……シセル」

「さ、仕事をしよう。そうして町の連中の尊敬を集め、いずれは何でもいうことを聞く奴隷に……」


 シセルは憎まれ口(おそらくほぼ本心)を叩きながら、丘から降りていった。

 カムリもまた、人々へ奉仕するべく、その場を後にした。



 平穏を取り戻したペリエでの日々は、瞬く間に過ぎていく。


 ある夜。

 シセルは、星天教会の秘蔵庫にいた。本来であれば位の高い者しか立ち入れない部屋だが、警備の人手も足りていないこの機に乗じ、忍び込んだ。

 中の荷物を無差別に盗もう、という目的ではない。探し物はひとつだ。

 シセルは眠りから目覚めた日、カムリからことの顛末を聞いていた。そしてその中でひとつ、気にかかることがあった。


「……あった」


 シセルは一本の杖を見つけた。それは歩行を補助するためのものではなく、魔術師や星法士が術を操るのに使う、武器だ。

 シセルの肘から先ほどの長さで、軽く、振り回しやすい。封じられているが、たしかに強い魔力を秘めていた。魔導杖としては一級品だ。

 これは、魔術師バルドーが振るっていたという杖である。魔術師としては大物とはいえない彼が、大規模で精度の高い死霊術を操ることができたのは、この杖の力ではないか。そうシセルはにらんでいた。

 シセルは、小さく白い手でそれを持ち上げ、軽く振るってみる。

 さらに、魔術で姿見を作り出し、その前に立って難しい顔を始めた。


「うーん」


 鏡に映る角度や立ち姿を変え、その都度杖を構え、鏡を見る。


「いまいち」


 シセルは不満そうな顔でつぶやいた。杖のデザインが気に入らなかったからだ。

 魔導杖は彼にとって役に立つものだが、しかし、“花嫁”のこの姿に似合わなければ意味がない。シセルはこの杖を使うことをあきらめた。

 それはそれとして、杖を、とてもそれが入る大きさではないはずの荷物入れに、ぐいぐいとしまい込んでいった。



 ある日の夕暮れ時。シセルとカムリは街での仕事を終え、養護院へと戻った。

 シセルは、子どもたちに交じって食事の準備をし。

 カムリは外で、同じく仕事を終えていたアルに、剣の稽古をつけた。


「はぁっ!!」


 日が沈みかける頃。カムリの目の前で、アルは、剣の届かない位置にある岩に、傷をつけて見せた。

 カムリがツェグから学び、受け継いだ技術は、さらに次代へ。これは今、アルにとっては初めて成し遂げたことで、本人にしても驚くべき成果だった。

 カムリは、呆然としているアルに近寄った。


「アル。ずっと、剣を振っていたんだな。俺に教えられることなんてもうない。強くなったな」


 アルは、ゆっくりと時間をかけ、カムリの言葉を噛みしめていった。


「カムリ兄さんのおかげだ。……もっと、もっと早く強くなれていたら、みんなを……」


 カムリは何も言わず、背丈の並ぶアルの頭に手で触れた。

 体温のない手のひらだったが、アルはそれを、温かいと感じた。それは、夕日の熱がそう思わせたのかもしれない。


「アル。もし君が、これからも剣を握っていくのなら……頼みがあるんだ」


 アルが顔を上げる。


「騎士団宿舎のそばの丘……そこに、ツェグの剣がある。墓標にしておくにはもったいない代物だ。……君が、持つんだ」

「お、俺が?」

「アルに剣が必要になるなら、という話だ。その上で、もしも君が望むのなら……騎士になってほしい」

「騎士に……」

「教会の騎士、というわけじゃない。この街の、皆のための騎士になってほしいんだ。俺はアルになら、それを託せる」


 カムリは、アルに想いを託した。

 縛り付けるつもりはないが、何かを遺したかった。ツェグの剣と共に、自分の何かを、ここに残していく家族に。

 カムリの言葉に、アルは大きく頷く。


 そうして、あの過ぎた日のように。二人は日が暮れるまで、剣の稽古を続けた。



 またある日の夜。

 これが、最後の夜。

 人々は寝静まり、空に太陽はなく、月と星だけが世界を薄く照らしている。


 街の出入り口には、少女の姿があった。

 しばしの間ペリエ市を見上げ、そして、暗い街道へと振り向く。

 星空を眺めなから、少女――魔術師シセルは、ゆっくりと歩き出そうとした。


「どこへ行く?」


 その背中に声がかかる。

 シセルは振り返り、盗みがばれた小悪党のような、ばつの悪い顔をした。


「うっ、なぜここに……」


 新調した鎧と外套を身に着けた騎士、カムリがそこに立っていた。


「ひとつ聞きたいことがあるんだが。もしやお前は、俺の位置がわかるのか?」


 そして、シセルが聞きたいようなことを、逆に質問してきた。


「……まあな。おまえは私の使い魔だ」

「そうか。実は俺にもお前の位置がわかる。心臓の位置がな」

「ぐ、むむ……!」


 カムリは、神器ミスティルテインの封じ手である。剣との強いつながりは未だ続いており、彼にはそのおおよその距離と方角が感知できた。すなわち、シセルが現在どこにいるかは、カムリには筒抜けとなる。

 シセルはカムリの目的を察し、観念した。


「わかった、わかったよ、返せばいいんだろ。返すよ剣は。だが他のは渡さんぞ、もう私のもんだ」

「何の話だ」

「おまえの剣を取り返しに来たんじゃないのか?」

「いや……」


 カムリは、シセルのそばまでやってきて、言った。


「ここを出るんだろう。俺は、お前と行く」


 シセルは目を丸くする。


「……いいのか? 故郷なんだろ。やり残しはないのか。死霊術のことなら、魔力源さえあれば、私から離れても続くぞ」


 シセルはつい、自身の死霊術について、正直な情報をひとつ漏らしてしまった。魔術師にあるまじきことだ。

 しかしカムリは意見を変えない。


「できることはもうやった。これ以上は死人の出る幕じゃない」

「……そうか。そう、か……」


 困惑した様子だったシセルだが、カムリの言葉を理解するにつれ、おもむろに笑顔へと変わっていく。


「なるほど。やはりおまえも、このシセルという美少女を愛さずにはいられなかった……、もはや離れがたくなってしまった、というわけか」

「違うが?」

「いいだろう! 私の探求の旅、騎士として付き従え!」


 シセルは歯を見せ、いたずらを思いついた子どものように笑う。


「たしか、長い付き合いになりそうだ、と前にも言ったはず。きひひ、死ぬまで(・・・・)付き合えよ? 星騎士カムリ……だっけ?」

「……ウチカビでいい」


 シセルが口を閉じる。


「星騎士は死んだ。俺はウチカビだ。君の騎士だ。それでいい」

「いい心がけだ」


 シセルは目を細め、妖しく微笑む。暁色の瞳がウチカビを覗き込む。

 少女は蠱惑的な手つきで、騎士の頬を撫でた。すると青年の顔から、皮が、肉が、魔術による虚飾が剥がれ落ちていく。

 最後に、骨だけが残った。

 何も持っていない、みすぼらしい死人の姿だ。


「うーむ。やはりいい骨格をしているな。健康そうで印象がいい。こっちのほうがイケてるぞ」

『そりゃどうも』

「もう少し着飾ったら、最後は“花婿”にしてもいいかもなァ……」

『――なんだと?』


 ウチカビは耳を疑った。耳はない。


『貴様と(ねんご)ろになれということか? 冗談じゃない』


 声には刺々しい雰囲気が混じり、顔がなくとも、ものすごく嫌そうにしているのが明らかだ。

 そしてそれは、シセルも同じだった。


「あぁ?」

『騎士であることは受け入れるが。言っておくが、俺が愛するのは、生涯プラチナただ一人で……』

「んあああっ、何勘違いしてる、気持ち悪い。別に一緒のベッドで寝ようってんじゃない。この身体は私だけのものだ」


 シセルは細い体を自らきゅっと抱き、ウチカビを睨む。ウチカビは無性に腹が立った。


「……が。ここまできたらもう、おまえも私の作品だろう。私の魔術で動いてるんだから。なら、このシセルの飾りになってもらうこともある」


 シセルは誇らしげな顔で、むんと張った胸に手を当てた。


「こういう儚い系美少女の横に、いかつい骸骨がいたら、絵が映えると思わないか?」

『思わない』

「ああ、そう。美的センスがないらしい。兜もダサいし」

『な、何? あれは好きで被ってたんじゃない。それに、あのときは似合っていると……』

「世辞だよ、わかるだろ。もしかしてぇ、本気に受け取っていましたか、ウチカビ?」

『クソ魔術師が……』


 ふたりはしばらく、友人のように、くだらない会話をした。元は交わるはずのない立場にいた彼らだが、その間に、もうわだかまりはなかった。


『探求の旅、と言っていたが。具体的には何を? どこへ?』

「この身体を飾るものを探すんだ。髪と瞳の色はもらった。あとは、たとえば服、服飾品。真っ白なドレスに……指輪とか。それと必要ならば、武器……。どれも最高級のモノが欲しい」

『強欲なことだ』


 興奮して饒舌になるシセルは、高貴な姿に憧れる少女のようで、どうにも可愛らしかった。しかしウチカビは『魔術師』が男性であったことを思い出し、内心引いていた。


「南の国には特級神器の杖があるって噂だし、東に行けば、伝説の彫金師の一族がいるとか。さらにその向こうの大陸には、想像できないほどに美しい女ばかりの人種がいる……なんて伝承もある。ぜひ直接見てみたい」

『そんなおとぎ話で動くのか?』

「ああ。この肉体の大方ができたら、迷宮を出て世界を回りたかった。夢なんて曖昧な話じゃない。そういう計画だった」


 カムリは、誰かとの約束を思い出した。一緒に街を出て、世界中を回るという約束を。

 ウチカビは、口のない骸骨の顔で、笑った。


 やがて、気分を良くしたシセルが、いよいよ街道に向かって歩き出す。


「さあ! まずはどこへ行こう!」

『上等な剣が欲しい。この店売りの剣じゃ、長旅には心もとない』

「いや、おまえの装備はどうでもいいんだよ。出鼻をくじくんじゃない」

『戦いのたびにその心臓を引き抜いてもいいのなら、別に要らないが』

「ま、まずは剣を探しましょうか。時間はたっぷりありますしねっ」


 シセルは冷や汗を流し、媚びるような声を出した。



 魔法使いの少女シセルと、魔法の騎士は、冒険の旅に出る。

 この物語が本であったならば、最後のページはここで終わる。しかしこれまでのおはなしは、彼らにとっては最初の冒険に過ぎない。

 死の先を往くものたちは、最後のページをも越えていく。


『しかし、おかしなことだ。旅立ちというのは、普通は朝にやるものだろう』

「いいじゃないか。お互い、夜に出歩く死人らしくて」


 二人の手に灯りはない。必要のないものだからだ。

 けれど夜空には、銀色の星々が、彼らの旅路を彩るように、いっぱいに輝いている。

 冒険のはじまりだ。



 旅の途中のある日。

 道を行く中で、騎士は少女に話しかけた。


「シセル。共に行くとは言ったが……いつまで俺は、君についてないといけないんだ? そのうち昇天したくなるかもしれないんだが、その場合、聞き入れてくれるのか?」


 少女は足を止める。


「いつまで? ……ふぅん、いい質問だな。契約には明確な期間を設けるべきだ」


 その場で黙り込み、考えるそぶりを見せる。

 しばらくして、口を開いた。


「こういうのはどうだ。契約期間は――、」


 振り向いた顔はやけにいたずらっぽく、笑っている。

 ひとまず、真面目に耳を傾ける。


 しかし少女が、しゃらくさい言い回しをしたので、騎士はあきれた。




 『死霊騎士と魔術師の花嫁』……おわり



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― 新着の感想 ―
[一言] 死が二人を分つまで… 二人に死が訪れるときが来るのだろうか
[一言] 良い物語をありがとう とりあえず悲劇の発端となった魔術師には物品の管理を疎かにしないことから教え込みたいですね…
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