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10. home / 故郷、帰る家

 死霊の騎士ウチカビは。

 いや、星天教会の騎士カムリは、封じ込めていた記憶のすべてを取り戻した。



 色濃い死の記憶から戻ってきたカムリは、気が付くと、屋内に倒れていた。

 今がいつなのか、ここがどこなのか、自分が誰なのかを精いっぱいに考えながら、身体を起こす。

 確認する。首から下は白骨死体。そしてこの場所は、ツェグが/シセルが案内した休息所だ。

 上体を起こしたカムリはすぐに、同じ部屋に誰かがいることに気が付く。

 イスではなく机の上に行儀悪く座ったシセルが、退屈そうな顔で本を読んでいた。

 本は、今のカムリにとって何よりも大事で、手放してはならないもの。『シセルと魔法の騎士』だ。

 シセルは、カムリに気が付くと、本を置いてにっこりと笑った。そのまま机の上から見下ろしてくる。


「おはようウチカビ。調子はいかが?」


 カムリは立ち上がった。

 少女の、人好きのする笑顔と、こちらを気遣う物言いを前にして、

 しかし、暗く重い思念の声を発した。


『君は……いや。お前は誰だ』

「え?」

『お前は誰だ、と言ったんだ』


 カムリ=ウチカビは、少女シセルと出会って初めて、不穏な態度をとった。

 まるで人が変わったかのようで、骸骨の容姿に凄みを与えている。しかしそれに、シセルがひるむことはない。


「誰って。うーんと……。“シセル”ですよ。そうでしょう、わたしの騎士様?」


 その可愛らしい言動を見て、カムリは、にわかに怒り出した。しらじらしいと感じたからだ。


『魔術師め。そうだ、お前は、『魔術師』だ……!』


 そして、真実を指摘した。カムリが思い出した記憶と、少女のこれまでの言動から、明らかなことだ。

 シセルは。


「………。なんだ。お姫様ごっこは終わりかぁ」


 今までとはまったく違う、陰気な顔つきになった。

 そこからまた少女の顔にふさわしい笑顔を作りなおしたが、今のカムリにはそれが、陰険で軽薄なものにも見える。シセルは、カムリを称賛するように、ぺちぺちと拍手をした。


「回復おめでとー。今日までけっこう楽しかったよ、星天教会の騎士様。おまえも楽しかったろ? いやはや、まさか魔術だけでなく、演劇の才能までもが()にあったとは……」


 シセルはぺらぺらと軽口を並べ立てる。町のおしゃべりな子どもに匹敵する鬱陶しさだ。どうやら、これが本来の性質であるらしい。


「あれ、なんだよ。もっといいリアクションしてくれると思ってたけど……。ねえ、ウチカビ?」


 机の上から降りてきて、少女はいつものように、可憐に微笑んだ。

 白銀の髪が揺れ、優しく細めた目には炎の暁色がのぞく。


 カムリは少女を殴り飛ばした。


 仰向けに倒れたシセルにのしかかり、表情のないどくろの顔を怒りに歪め、二度、三度とその美しい顔を殴りつける。

 『エクスの炎を返せ。プラチナの髪を返せ。あの子が好きだった名前を返せ。貴様のやったことはすべて、すべて死者への辱めだ。』

 この言葉は音声にはならなかったが、想いは念となって伝わる。

 やがて、カムリは何度目かの拳を振り上げて、止まった。

 シセルは、鋭く、冷たい目つきでカムリを見上げていた。ただその目の奥には、腫れあがっていく頬に痛みを感じているのか、たしかな熱量があった。

 『痛みを感じるのなら。もっと、罰するべきだ。』

 薄汚れた籠手が、少女の白く細い首にかけられる。カムリは少女を持ち上げるようにしながら立ち、壁際に追い詰め、そして、その首を絞めつけていった。

 力を込めれば簡単にへし折れる。しかしそうはせず、じわじわと『魔術師』を苦しめる。少女の両腕が慌てたように持ち上がり、かりかりとカムリの籠手をひっかく。口がぱくぱくと魚のように、声もなく開閉する。

 そして、しずくがひとつ、落ちた。

 少女は、ぽろぽろと涙を流していた。

 目つきはカムリを睨みつけたままで、シセルがいま涙を流すのは、苦痛への生理的な反応に違いなかった。


 しかしそれは、カムリの身体を急速に冷やしていった。

 記憶を、よく思い返せば。

 『魔術師』は、結局のところ、何もしていない。


 ウチカビとしての記憶。

 『少女』は、出会ったとき最初に言ったように、ただ迷宮を出ることを目的として行動していた。

 死霊と化してしまった仲間たちを倒したのは、カムリ自身。そしてそれは、生存のためには、残酷だが必要なことだった。

 プラチナの髪を奪ったことだけは許しがたいが、それでプラチナを、死霊の身から解放することができた。

 カムリとしての記憶。

 魔術師だった『彼』は、何かをする前に死んだ。彼が企んでいるはずの悪事を、明らかにする前に。

 そして、その彼を殺したのは。

 そうだ。

 エクスをひとり残すよう誘導したのは。プラチナが死んだ毒を食事に仕込んだのは。自分を、その剣で刺し貫いたのは。

 ツェグ。ツェグ・ラングレンだ。

 この男のいざないで、騎士たちは地下迷宮にやってきたのだ。あの死地へと。


 カムリは、少女を苦しめる手を放した。

 シセルは膝を折り、空気を求めてひどく喘ぐ。壁に力なく背を預け、定まらない目つきで、しかしカムリを睨み上げた。


「気は、済んだか」


 ぜえぜえと荒い吐息が混じる。無垢で美しい顔は傷ついて腫れ、銀の髪はあぶら汗で肌に張り付いている。

 表情は、今にも魔術でおそろしい反撃を始めそうだ。『魔術師』にとって、この少女の肉体、とくに顔に傷がつくことは強い怒りの動機となる。

 だが、彼は、そうはしなかった。

 非道をはたらいたカムリに対し、報復をすることはなかった。カムリは、『魔術師』が、この場を穏便におさめようとしていることを、ようやく察した。

 カムリは気が付く。

 ウチカビとして、『魔術師』とずっと一緒にいたからこそ、気が付く。

 『魔術師』に、街を襲うような邪悪なたくらみは、ないのではないか。だとしたら、ツェグに殺されたのはまったくの濡れ衣。

 彼もまた、自分と同じ、被害者だということになる。


『すまない』


 カムリは謝罪した。


「ああ。二度目はないぞ。芸術品に傷をつけるんじゃない」


 シセルは不機嫌そうにそう言った。



 そんな揉め事のあと、少女と騎士は、これまでのようには話せなくなった。

 一晩を休息所で過ごしたが、その間会話はなく、迷宮脱出パーティーとはいかなかった。

 そうして翌朝。

 眠りから目覚めたシセルは、一晩中同じ場所に立っていたウチカビ=カムリを見つけ、ほんの一瞬のみ、表情を曇らせた。

 そして、場違いに明るい声をかけた。


「えー! さて! 我々は当初の目標通り、迷宮からの脱出を果たし、記憶をも取り戻したわけで。これからの新たな旅立ちの前に、まずは互いの誤解を解くところから……」


 カムリは、机にあった写真立てを手に、ふらりと歩き出した。そのまま外へと出ていく。


「……お、おい? どこへ」


 後を追うシセルは、カムリがそのまま街道に出て、どこかへ行こうとしているのを見て、慌てて荷物をまとめた。



「ひぃーっ、はぁ、はひ」


 歩き通しの一日をいくつも重ね、シセルは疲弊していた。

 『魔術師』が造ったこの肉体は、負傷を治す手段には富むものの、体力は少女らしいものでしかなかった。

 カムリは意思のない死人のように、夜中にもそのまま歩いていこうとするので、シセルが睡眠を必要とするときには、死霊術の応用で動きを止めるしかなかった。そういった生活が続き、少女は、迷宮にいたころとはまた違うストレスに悩まされていた。


「でもなんか、意外といけるな……」


 それとは別に。『魔術師』は、地下迷宮にいるときよりも肉体の調子がいいことに、疑問を感じていた。

 シセルは、カムリの背中を追いながら、ふと、空でまぶしく輝く太陽を見上げた。

 無意識に、心臓の位置に手を当てていた。



 やがて。

 少女シセルと死霊の騎士カムリは、ある街にたどり着いた。

 いくつもの家屋が密集し、一見して栄えていると思われる外観の大都市。

 名を、ペリエ市という。


「ひぃ~っ、やっと着いたか。……着いたんだよな? まだズンズン歩き出したりする?」

『何故ついてきた』

「あ? 何故って……いや、おまえ今、私の使い魔なんだが……?」


 カムリが一旦足を止めたのを見て、シセルは息をついていた。


「なんかさびれた街だな。やわらか~いベッドはあるのか? この身体だとどう感じるのか、試したいんだが」


 遠くからは発展して見えたこの街は、一歩足を踏み入れれば、まるで廃都の様相だった。

 人の姿が少ない。まったく活気がない。住民がいる気配はあるものの、昼間からこの様子では、都市として成立しているようには思えなかった。


『ここは、俺の故郷だ』

「ふ~ん、そう。あっ、じゃあさ、一番いい宿に連れてってほしいんだけど……」


 カムリは歩き出した。


「あっ、ちょっと待て! そのなりでほっつき歩く気か、兜の下ぁドクロだぞ。……知り合いに会ったらどうする。故郷なんだろ」


 カムリは足を止め、あたりに目を向けた。外套になるものがないか、などと考えるが、近くに商店などはない。


「そこに立っていろ。動くなよ」


 シセルの髪が輝き、カムリは自身に魔力が送られているのを感じた。なんらかの魔術を行使していることがわかる。


「はい、終わり。鏡でも見てこい。……ないか。ほら」


 カムリは、シセルが魔術でたちまち作り出した鏡のようなものを、覗き込んだ。たしかに自分の姿が映っている。

 兜を外す。

 そこにいたのは、薄汚れた骸骨の戦士……ではなく。

 ブラウンの髪と瞳。どくろが放つ威圧感も凄みもない、年若い青年の平凡な容姿。

 死霊の騎士ウチカビの姿は、星天教会の騎士カムリのものに戻っていた。

 だが、死とは、絶望とは、不可逆なもの。その瞳に以前の輝きはなく、まるで、骸骨の空っぽの眼窩のようだ。

 容貌を確かめたカムリは、興味を失ったように視線を切り、またふらふらと歩いていく。外した兜は、不用品のようにその場に手放され、からからと転がった。

 シセルは兜を拾い上げる。そして、とてもそれが入るはずはない小さな荷物入れに、ぎゅう、としまった。

 きょろきょろと、街を物珍しそうに見まわしながら、カムリの後ろをついていく。



 街には、市民の姿はあまりなかったが、『教会騎士』が何人もうろついていた。有事のように物々しい武装をしていて、声をかけることは憚られる雰囲気だった。

 カムリとシセルは、彼らを見かけるたび姿を隠した。二人はどちらからともなく、教会騎士に見止められることを避けた。シセルは『魔術師』であり、カムリは『死人』だからだ。どちらも星天教会にとって異端である。

 やがて、夕暮れ時になった。

 カムリの記憶では、一日の仕事を終えた人々で、街路が溢れかえるはずの時間。しかしその姿はない。父母の帰りを出迎える子どもたちも、労働者をねぎらう酒場の賑わいも、ない。

 その様子を不審に思いつつ、カムリは気配をひそめながら、街の南へと進んでいく。


 そうして、そこにたどり着いた。

 自分の帰るべき家。『ラングレン孤児院』に。

 カムリは、しばし自分を落ち着けるように佇んだあと。扉に近づき、手をかけた。


「待てっ!」


 鋭い声がかかり、カムリはぴたりと動きを止めた。

 若い男性の声だ。


「教会の騎士だな。お仲間がついこの前も来たばかりだ。ここにはもう払える金も、食い物だってろくにないぞ」


 カムリは扉から手を引き、ゆっくりと、声の主のほうへ向いた。

 そこにいたのは、少年だった。といっても、青年と呼んでいい体格をしている。十代の終わりといった年ごろに見え、生前のカムリとそう変わらないだろう。

 とげとげしい声をあげていた青年と、カムリの目が合う。

 途端に彼は、口を開けて呆けた。

 カムリは、初めて会ったように思えた青年の容姿に、見覚えを感じた。


「……カムリ、兄ちゃん。カムリ兄ちゃんなのか……?」


 青年は、大人びた低い声でつぶやいた。

 その呼び方で思い出す。彼は、養護院の子どもたちの中で、とくにカムリに懐いていた少年。任務に出る前に、剣を教えた。そのときはまだ、10歳そこらだった。


「アル、か?」

「……っ。帰って、来たんだな。帰ってっ……」


 張りつめていた糸が、ぷつんと切れるように。

 アルは、小さな子どものように涙を流した。カムリと並ぶ背丈を小さく丸め、彼の両肩を強くつかんだ。

 カムリはその心を察し、少年の肩に触れ返した。泣き止むまで、子供をあやすように、彼を小さく叩き続けた。

 シセルはその様子を、無言で見つめていた。



 養護院の子どもたちは、誰もが顔色悪く、やせ細っていた。人数も随分減っている。

 大人たちの変わりようはさらにわかりやすい。若い人手はいなくなっており、カムリもよく知る院長などは、ひどく痩せこけ、身体を壊していた。

 院長は、薄汚れたカムリを見て、何も聞かずに迎え入れた。おかえり、と言葉をかけた。

 言葉は、カムリの最も深い部分を温めたが、カムリは涙を流せなかった。もう死んでいるからだ。


 夜。シセルは、子どもたちに囲まれて、本の朗読をしていた。

 シセルの、童話の中から出てきたような容姿や、愛らしい物腰は、少年少女の心をすぐにつかんだ。演技力も好評な様子で、物語を聞く子どもたちの表情には、喜怒哀楽が戻っていた。

 シセルは本の中の主人公と同じ名前、文章から想像できる以上の美しさなので、皆夢中になっていた。シセルはそんな子どもたちを見て、時折いい気になって鼻を鳴らしている。

 そんな様子を、遠くの机から、カムリとアルは見守っていた。


「……最近は楽しいこともなくてさ。世話をしてくれる大人もいなくなって……。みんなのあんな顔を見るのは、久しぶりだよ」


 カムリは心を痛めた。

 たしかに養護院の運営とは難しいものだろう。けれど、ここまで困窮することになる未来があるなんて、思ってもみなかった。

 自分がそうだったように、子どもたちはずっと幸せに育てられて、たくましい大人として旅立っていけるものだと。そう思い描いていた。甘い幻想だ。

 こうなった原因はすぐに思いつく。

 ここは『ラングレン養護院』だ。経営に強く絡み、多大な出資をしていたのが、ツェグ・ラングレンだった。彼が突然いなくなれば、影響は出る。

 だがそれでも、ペリエ市という善き街では、こんなことにはならないはずだ。人々が手を差し伸べ合う理想の街。それが、カムリの愛した故郷だ。

 養護院の前に、この街自体が、変わってしまっている。何かが起きている。

 カムリは街の様子を訝しんだ。


「アル。俺たちがいなくなってから、どれくらい経っている?」


 アルは、そんな質問をされることに戸惑う表情を見せたものの、答えた。


「七年だよ。カムリ兄さん、エクス兄さん、プラチナ姉さん。……それに、ツェグ。みんなが、戦死した、って聞いてから」

「七年……」


 カムリが死亡してから、骸骨として目覚めるまでに、それだけの時間が経っていた。少年が青年になるには十分なもの。

 長い時間だ。だが、短くもある。たったそれだけの期間で、街はこんなにも変わってしまうものなのか。

 たしかにツェグが死んだ影響は大きいのだろうが、それだけのことで。


「……なあ。カムリ兄ちゃんが生きてた、ってことはさ。その……」


 ぞわり、と。アルの聞こうとしていることを察し、カムリは小さな恐怖にかられた。


「――いや。なんでもない。兄さん、あんたが生きていて、よかった。ここに帰ってきてくれて、よかった。俺は、それだけで……」


 アルは、子どもではない。カムリの顔つきを見て、聞くことをやめた。『プラチナは? エクスは?』といった質問を。

 カムリはアルの気遣いに、時間の流れと、人の心の温かさを感じた。

 そして、罪の意識も。

 プラチナは、エクスは、守れなかったのだ。そして、自分の命すらも。

 “カムリ”はここに、帰ってきてなどいない。こうしてアルの前にいる自分は、けがらわしい死霊で、生きていた人間の幻に過ぎないのだ。

 だが。だとしても。

 彼らのために、何かできることはないのか。

 何かを確かめたくて、ここに戻ってきた。

 そうして目の当たりにしたこの状況をなんとかしなければ、自分はきっと、死にきれない。天の星の世界へと逝くことは、とてもできない。


「アル……。どうしてペリエは、こんなに変わってしまったんだ。何故大人がいない。ここも、街の中も。それに、お前以外のみんなはどこに行ったんだ」


 大人たちだけでなく。アルと同世代の子どもたち、つまりは十代半ばを過ぎた者たちが、いない。養護院にいる働き手はもう、アルだけだ。

 アルは眉尻を下げ、視線も下げた。その目は、カムリが腰に提げた剣を見ている。その鞘には、星天教会を示す印が刻まれている。


「それは。………。ペリエの、騎士団が……」


 そのとき、まさしく、アルの恐れていたことが起きた。


 日も沈んでいくらか経ち、明日のために眠るべき時間。養護院の扉を、乱暴に開け放つ存在があった。

 子どもたちが震え、院長が息を切らしながら奥から走ってくる。

 アルが立ち上がり、闖入者をにらむ。彼の脚もまた、震えていた。


 そこに立っていたのは、星天教会の騎士だった。

 鎧からして、第一階級の“鉄騎士”。それが二人。

 アルは子どもたちを、それだけでなく院長を庇うように、前へ出た。


「こんな時間になんだ。この前来たばかりだろ」

『徴兵だ。来い』

「!! は、離せっ……!!」


 騎士たちは平坦な声で命じ、アルの腕をつかんだ。

 カムリは思わず彼らの間に入ろうとする。

 ――徴兵? 徴兵と言ったのか。騎士団が、養護院の働き手を、強制的に? そんな馬鹿げた話が。

 カムリは騎士たちに近づいた。


「何を言っている、やめろ。その手をはなせ」

『………』

「……命令が聞けないか。私は星騎士だ。星騎士カムリ・“ミスティルテイン”だ。指示に従え」


 そのとき、二人の騎士に反応があった。

 アルの手を解放し、錆びついた機械仕掛けのように、ぎちぎちぎちと、カムリのほうを向いた。


『ミスティルテイン』

『聖剣』


 カムリは、腰に提げた武器への視線を感じた。そこにミスティルテインはないが、彼らはたしかに、すぐにそこを見た。

 そして。

 指示に従うのではなく。

 槍を、剣を振りかざし、襲い掛かってきた。


「な……っ」


 カムリはすぐに応対し、攻撃をくぐり抜け、アルを助け出す。だが内心の動揺は大きいものだった。

 教会騎士が、聖剣を奪おうとしている。

 それ自体はあり得ないことではない。星天教会は“特級神器”を管理したがっている。その回収任務に就いている星騎士も存在する。

 だが、問答無用のこの反応はおかしい。人間らしいやりとりがない。星天の代行者としてふさわしくない。

 アルを奥に逃がし、カムリは、騎士たちを外へと蹴り飛ばした。

 剣を抜き、わざとらしく反抗する姿勢をとる。やはり騎士たちはカムリの態度に関心を見せない。

 カムリは息を深く吸い。

 尋常でない剣の技量で、彼らの兜だけを弾き飛ばした。人相を確かめるためだ。

 その素顔があらわになる。

 カムリは息をのんだ。


「……ウィル。エッタ。なぜ……」


 二人は、カムリの同僚だった。

 いくつかの任務を共にし、寝食や時間を分かち合った。友人といってもいい。ウィルは陽気で人の好い男、エッタは信心深く高潔な女性だ。

 その二人の顔には。

 何の感情もなかった。

 まるで、今日、鏡で見た、死人のようだった。


「何を、している。二人とも、何を」


 ウィルとエッタは、カムリに言葉で応えることはなく、それぞれの武器を持って襲い掛かってきた。

 夜闇の中、騎士たちは刃をぶつけあう。

 カムリは困惑した。自分を見て、眉の一つも動かさない二人に。


「待て、待ってくれ! 俺がわからないのかっ!」

「おーい。何してんだ、さっさとやっつけろ。……せっかく、ガキどもにモテモテだったのに」


 声がかかる。視線をやると、養護院の扉に、シセルが気だるげにもたれかかっていた。


「だが……っ」


 シセルに返答をしたわけではないが、カムリは焦った声を漏らした。

 騎士たちを制圧するのは容易だ。殺してしまうのはさらに容易だ。しかし動揺と、友の変貌ぶりから、カムリはまだ積極的に動けずにいた。

 シセルは、カムリの表情から、相手が生前の知己であることを推測した。


「何してる。そいつらはもう、お前の同僚なんかじゃない。見てわからないか」

「何を言っている!」

「どけ」


 カムリに、銀の弾丸が飛んできた。思わず飛びのいてかわす。騎士たちとの間に距離ができる。

 騎士たちは、シセルを見た。

 その、胸のあたりを見た。

 そして、カムリのことを忘れてしまったかのように、少女に襲い掛かった。


斬閃(ドゥバ)


 銀の光が閃く。

 それは、騎士たちの五体を、ばらばらに切断した。


「!!! な、あッ、貴様……ッ!!」

「よく見てみろ。これがおまえのお友達なのか?」


 カムリは、二人の死体を見た。


「まぁ、ある意味お友達か。あっごめん、怒るなよ? 失言だった、ごめん」


 二人の騎士の死体からは、血のにおいがなかった。したたる血液の量は少なく、そして、異様に黒ずんでいる。

 そして、血のにおいの代わりに、腐臭がただよう。腐るには早すぎる。

 最後に、カムリは見てしまった。

 彼らの、頭と切り離された手足が、まだうごめいているのを。


「……死霊、なのか。どういうことだ」

「この遺体、検めてもいいか」

「………」

「どうなんだ。私だって状況が分かっているわけじゃない。調べる必要がある」

「……頼む」

「ああ。お前はガキどもをごまかしてこい」


 カムリは養護院に戻り、子どもたちに、騎士たちは帰ったと伝えた。

 不安げな彼らの心に寄り添い、安心させるように言葉を尽くす。

 アルと院長に目配せをし、皆がベッドにつくのを見守った。


 カムリは、シセルの元に戻った。


「よう。……どうする?」

「何がだ」

「葬ってやるんじゃないのか。死者を、炎で」


 シセルの言葉を聞き、カムリは、頷いた。


 二人の騎士を星天に送り、弔う。煙が天に昇っていく。


「ウィル、エッタ。天上の星にて、安らぎのあらんことを」


 カムリは死者のために祈った。自分もまた死霊であることを考えると、この祈りが届くかは不安だった。それでも、心から彼らの安寧を祈った。

 涙は、やはり出なかった。

 しばらくして。火の消えた深い夜の中、シセルが話しかけてきた。


「彼らは死霊兵だった。背骨に魔術式が刻まれていたよ」

「………」


 死霊兵。死霊の兵隊という意味の単語。そして、『魔術によって操られる死霊』のことを含む。今のカムリのような。

 カムリの知る限り。そんな魔術を使う人物は、当然のことながら、ひとりだけ。


「お前がやったんじゃないのか。死霊術士」

「……はぁ? なんだって」

「他に誰がこんなことをできる。こんなことをする。ツェグに殺されたとはいえ、貴様にも何かたくらみがあったはずだろう」


 カムリは言葉をぶつけた。『魔術師』への疑念だ。信用しかけたが、彼はやはり、ペリエの支配を目論んでいるのではないのか。魔術でペリエの人々を死霊兵に変え、私的な戦力として取り込もうとしているのではないか。

 シセルは。

 不機嫌そうに、眉をひそめた。


「馬鹿を言うな。自分の出来とこいつらの出来が同じに見えるのか、おまえには」


 シセルは続けた。




「これをやったのは、バルドーっていう魔術師だ」




「………………はっ?」


 出てくるはずのない名前を聞き、カムリは間の抜けた顔をした。

 カムリの知る人間の中に、その名前はただ一人しかいない。

 大星官バルドー。ペリエの星天教会を取り仕切る立場にある、公明正大な人物だ。目上の人間、上官として敬意を覚えていた。

 その、頭に思い浮かぶ男の顔と、シセルの口から出た名前が、うまく結びつかない。


「大星官が、魔術師……? は、はは。バカな。あの人は、凄腕の星法士として名を挙げた人格者で。魔術なんて……」

「はぁ? 大星官? 星天教の?」


 シセルは顎に手を当てる。何かを考えている様子だ。

 次の言葉は、カムリに向けられたものというより、独り言だ。


「なるほどね。なかなかの策謀家のようだが、かと思えば名前も変えずに、表の世界で好き勝手している。自己顕示欲が強いのか、根っこがアホなのか……」


 大星官をこき下ろすシセルの言葉を聞き、カムリの中で、ようやく、すべての原因が、わずかに見えてくる。だがそれは、目を逸らしたくなるような内容だ。


「ありえない。教会の星法士が、それも大星官が、死霊術使いだなんて。異端中の異端だ」

「別におかしくはないだろ。おまえの言う“星法”と、“魔術”は、現象としてはまったく同じものだ。常識だろ。教会の連中が勝手な名前で呼んでるだけだ。……だから、魔術師が教会に潜り込んで成り上がるのは、不可能じゃない……」


 シセルは続けて、小ばかにするような態度をとった。


「……が。あのハゲたおっさんが人格者? 凄腕の星法士? はは。ガキの頃の私が作った、未完成の死霊術を盗んで、今もそっくりそのまま使っているバカだぞ。魔術師としては下の下さ」

「未完成……?」

「しかし、腑に落ちたな。バルドーなら、私があの地下迷宮にいることを知っていても不思議じゃない。一応は同門だしな」

「……わけがわからない。頭が、おかしくなりそうだ」


 シセルは、カムリの目を見た。

 そして養護院へと向き直る。


「朝までにもう一度話そう。おまえも、今までのことを整理してこい」



 夜の養護院。子どもたちは寝静まっている。

 カムリは、アルと院長に、しばらく滞在することを話した。

 そして、聞いた。あるときから、街の治政に星天教会が強く関わってくるようになったこと。また、死霊や魔物が街中にあらわれるようになり、それに対抗するために教会騎士団が強化されていったこと。その騎士団が、やがて市民に横暴をはたらくようになっていったこと。

 「ツェグがいれば。」

 二人はしきりにそう言っていた。


 カムリは、シセルにあてがわれた部屋を訪ねた。

 ドアを開けると、白銀の少女は、静かに、目を閉じて座っていた。

 やがて暁の瞳が、カムリを見返した。


「さて。何から話そうか。さしあたっては――、」



 まず、私という人間について。

 以前も話したが、私の目的はこの“花嫁”の完成だけだ。ライフワークなんだよ。

 その過程において、他人に迷惑をかけたことは……すこししか、ない。

 少なくとも、星天教会にケチをつけられることをした覚えはない。異端狩りを積極的にやってるわけじゃないだろ、星天教は。


 お前たちは、私のいる迷宮に侵入したな。

 あれは『七霊商会』という魔術組織の所有する、実験場のひとつだ。私はいち魔術師として、ちゃんとした手続きを踏んで迷宮を借りて、家賃も払ってた。

 必要だったのは魔力のたまる場所だから、いちいち人間を殺すための仕掛けなんぞしていない。誰かにうろつかれてもわからないし、おまえたちが入ってきたときは焦った。家に強盗が来た感覚さ。


「死霊兵の軍勢を使って、街を襲うたくらみは?」


 なんだそれは。

 だから。人目につかない魔力の溜まる場所で、研究をしていただけだって。


「迷宮で死霊兵の大群をけしかけたのは?」


 えっ、なにそれ?

 …………。

 だから、そういう侵入者への罠とかノータッチだから。知り合いの魔術師とかが遊びに来たらまずいだろ。

 そもそも入り口にかけられた隠匿魔術で、“答え”を知っているやつじゃないと入れないはずだ。教会騎士が攻め込んできたときの備えなんかするか。


「だが実際に襲われたし、強烈な罠もあった」


 ええ。わ、私じゃないって、だから。

 ……それもバルドーがやったのか? 長いことあの部屋から出てないから、全然気づかなかった……。


「………」


 い、いや。気づいていたさ。そう、迷宮にはお前たちの前に、何者かが侵入していた……かも。

 私は忙しかったので、とくに関わらなかったが。


「そうか」


 うん。

 こっちから質問。

 私が街を襲う、などと言いだしたのは誰だ。どこ情報?


「大星官……バルドーの命令で……いや。情報源は、ツェグだ。ツェグのからの報告だから、みんな裏付けもなく信じた」


 ツェグというのは、その剣の持ち主か。屍となって、おまえと戦った。

 あと私を殺して、その後も何回も何回も襲撃してくれたやつか。……ううっ。


「ああ」



 そのツェグだが。

 私の前におまえと現れたときには、既に死霊兵だった。バルドーに殺され、死体を操られていたはずだ。



「……ッ!!」


 証拠はこれだ……。

 さっきの騎士から採取した背骨。そしてこっちが、そのツェグの屍の背骨。

 同じ魔術式が仕込まれている。わかるか。

 死霊使いとして一流なら、活動停止後にも式が残るなんて馬鹿な話はないが、これをやったのは二流もいいところなヤツだからな。まんまと残っている。

 そしてこの魔術式を知っているのは、私とバルドーだけだ。似たような術はもちろんあるだろうが、記述のくせってものがある。これは、私の書いた式だ。バルドーが盗んでいったものだ。

 どうだ。ツェグという男は、仲間のおまえから見て、様子がおかしくはなかったか? 普段と違っていたりは。

 ……そうだろう。

 死んでいたからだよ。


 あの死霊術は、私にとってはできそこないだ。もうね、見るのも不愉快。

 魂を停止させ縛り付け、言動を術者が強制するため、生前の人格や能力のすべてを再現できない。できるのは身体に染み付いた動作くらいで、こなせる仕事は単純なものに限る。

 もちろん、生者との見分けはつかないがな。本人の新鮮な死体を使っているんだから。

 だが、あんなものは私の研究の副産物に過ぎない。そも、人間の肉体と魂とは……、



 少女は小難しい顔で、魔術の話をしている。

 シセルが無駄な一人語りを始めたことに気づき、カムリは聞くことを一旦やめた。

 得た情報を、自分の持っているものと結び付け、整理していく。

 シセルの言葉の一部には、わかりやすい嘘があったが、それは真実を隠すための悪意ではなく、見栄を張っているだけのようだった。

 カムリは、つじつまが合うのなら、彼を信用していいだろうと考える。

 いや、信じたかった。

 何故ならば、シセルの語ったことの中には、カムリにとって、あまりに大きな救いがある。


 ツェグは、俺たちを裏切ってなんか、いなかったんだ。


 迷宮での任務中、ツェグはずっと様子がおかしかった。

 それは、いつからだったのか。

 迷宮に入ったとき。任務が始まったとき。大星官バルドーの前に呼び出されたとき。……既に、彼は狂っていたように思える。

 では、本当のツェグと最後に話せたのは、いつだったのか。

 ……あのときだ。

 任務の前。養護院のみんなと、送別会のあった夜。騎士団宿舎へ戻る途中で……。


『もう少し話したいが、用があってな。また明日にでも、みんなとの話を聞かせてくれ』


 ツェグはそう言って、おやすみと微笑んだ。

 そして同じときに、カムリは、バルドーとも会っている。ツェグと連れ立っていた。最後の言葉のあと、ツェグは彼の部屋に向かっていった。

 あの夜だ。

 あの夜、ツェグはバルドーに、殺されたんだ。


 カムリは、拳を強く、強く握りしめた。血の通う身体だったのなら、血がにじんでいたかもしれない。

 シセルは、一人語りに満足したのか、再度カムリと目を合わせた。


「……しかし、動機がまだわからないな。おまえ、バルドーに殺される心当たりはあるの? 私は……まあ……あるけど」

「ああ。ある」


 まず、このペリエ市の惨状がそれを物語っている。権力者……この場合はペリエ市星天教会の一番上にいる、バルドー。彼が市民を押さえつけ、街は貧困にあえいでいる。当人は今頃、贅肉を肥やしていることだろう。

 騎士団を死霊に変え、私兵として扱っている。さらには若い働き手を連れ去り、兵として取り込もうとしている。軍事力にでもしようというのだろうか。今に、よその国へ攻め込むこともあり得る。

 街への攻撃をたくらむ邪悪な死霊術士、というのは、むしろ彼のことだったのだろう。

 ならば……。ツェグが。エクスが、プラチナが。生きていたのならば、絶対にこの状況を良しとしなかった。こんなことを許さなかった。バルドーの横暴を見抜き、戦ったはずだ。

 騎士たちは、バルドーにとって邪魔な存在だった。殺される理由としてはありきたりだが、正解に近いだろう。

 そして、もうひとつ。

 あの夜。バルドーはカムリの腰にあった、聖剣ミスティルテインをかすめ見ていた。

 迷宮をうろつくゴーレムも、ツェグの屍も。聖剣を狙っていた。おそらくエクスの神器レーヴァテインのこともだ。シセルが襲われたのは、聖剣を心臓の代わりにしているからだ。

 そう、バルドーは狙っていた。教会の内側で息をひそめながら、他の簒奪者たちと同じように。

 経験の浅い、任命されたばかりの星騎士に預けられた、その神器を。


 疑問の大部分は晴れた。


 カムリは、シセルをじっと見つめた。

 シセルもまた、カムリの目を見た。その瞳には、感情が宿っている。本性は空っぽのドクロでありながら、人の心が光っている。


 カムリは、涙を流した。

 シセルは驚く。血液も流れていない身体で、それが出るはずもない。生きた人の魂が起こす、不可思議な現象だった。


「ありがとう。ありがとう」


 カムリは、シセルに感謝した。何度も何度も。

 それはなぜか。


「俺は、君のおかげで、父を呪わずに済んだ……!」


 カムリは、シセルに感謝した。

 ツェグと、仲間たちと、自分にまつわる死。そして絶望。

 シセルがよみがえらせてくれたこと、教えてくれたことが、それらの意味を塗り替えた。真実にたどり着く道をくれた。

 まだ、バルドーの本性はわからない。シセルの言うことのすべてが正しいとは限らない。だが、これは希望だった。


「ありがとう。ありがとう」

「あ、ああ。そりゃよかったよ。……表情があるとやりづらいな……」


 カムリは、シセルに感謝した。

 少女は、彼を忌まわしい死霊騎士としてよみがえらせ――、


 そして、復讐の機会をくれたのだ。



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