日常になった二人
それから二人は、思っていた以上に恙無く過ごした。
同居が決まってすぐの土日には、二人で買い物に出掛けてシンの日用品を買いながら、この時代の説明をして。
シンは柔軟で頭の回転がよく、すぐにこの時代の生活に慣れた。ちなみに、妖力が回復したので、耳と尻尾も隠して人が認識できるように変化できるらしい。もちろん、見えないようにもできる。
はるかがシンの順応性に感心していると、「はるかの方があるだろう。妖狐を見て怖がらないとか、面倒を見るとか……このお人好しめ」と、睨まれた。自分で転がり込んできておいてひどい言い草だと思うが、シンが照れているのが分かるので、はるかは楽しそうに笑った。
それからは、はるかが仕事の間はシンは街を見て歩いたり(姿を隠してが多いらしい)して自由にしながらも、部屋の掃除をしてくれたりと、手伝いもしてくれた。驚きだ。何でも、恩はきちんと返すポリシーらしい。食事は、はるかの担当だ。シンがはるかの料理を気に入り、毎日喜んで食べてくれる。片付けもしてくれる。
「神様に叱られた妖狐さんとは思えないんだけど」
ある日、はるかが笑いながら言うと、シンは顔を赤くしながらそっぽを向いた。
「うるさいな。ここ、いろいろ珍しくて楽しいしな……。そ、それに、暴れたら、はるかの飯も食えないだろうし、はるかには俺の妖力が効かないしな、いろいろ、いいんだ!!」
更に赤くなりながら開き直る姿が可愛い。はるかは悶絶しながら、シンを抱きしめる。
「ま、また……!俺を、何だと、」
「だって~、どんなことを言ってもまだ5歳児にしか見えないんだもん。もふもふ癒されるし……」
そう、ハグも恒例になっていた。というか、はるかが恒例にさせた。ちなみに、家だとシンは耳と尻尾付き。これもはるかに願われてだ。
「まったく、俺様を抱き枕みたいにしおって……」
「いいじゃない。シンの妖力も上がるんでしょ?」
「それもそうだが」
最初は力一杯反抗していたシンも、それに気づいてからはあまり抵抗しなくなった。
「なんでだろうね?」
「俺も分からん。まあ、はるかもあのような中で仕事をしていれば、相当疲れるのは分かる。俺様をはぐして休まるなら、まあ、構わん」
「シン~!」
「わっ、あまり調子に乗るなよ!」
シン曰く、この時代の街の空気は重いらしい。
「人の気が淀んでいるのだな。どちらが妖怪か分からんくらいだ」との談。
「人がこの中で生活するのは疲れるであろうよ。皆、身体の中の気が黒く淀んでおる。時たまに、七色の気が綺麗に巡回している者と見かけるが、さぞ生きづらかろうな、この時代。……はるかも綺麗に巡回しているのだが、お主は図太いな」
「ちょっと!言い方!」
「褒めておるのだ。あれだけいろいろあって大したものだ」
「それは言わない約束でしょ?!いいの、幸せになるのは諦めないの!諦めたら試合終了だからね!」
「試合とは?」
「例えよ、例え!名言があるの!」
「名言か。しかしまあ、いい心がけだな。その気持ちが良いのであろうよ。はるかの近くにいるのは、心地いい」
見た目は5歳児のくせに、変な色気を出さないで欲しい。力の抜けた優しい笑顔に、はるかはドキドキしてしまう。
(可愛い、いや、美しいけれど、私はショタではない!犯罪、犯罪になるから!)
などと、訳の分からぬ言い訳がはるかの頭を巡る。
「……シンは、やっぱり帰りたいよね?こんな淀んだ時代じゃなくて、元の時代に……」
「そうだな。それも思わなくはない。妖力もかなり上がったしな」
「……そうよね」
決まった話ではないのに、はるかは気落ちしてしまう。もし、本当にシンがいなくなってしまったら、今までのように頑張れるだろうか。ずいぶんと依存しちゃってるな、と、自嘲する。
「しかしまあ、帰る方法も知らぬし、あるかどうかも分からんしな。はるかと共におるのは楽しいし、ここにいるのも悪くない。……だから、そんな顔をするな」
「そ、そんな顔って、別に……!」
「そうなのか?ふふ、そういうのをつんでれと言うのであったか?この時代の書物も面白いよな」
「ーーー!」
意地悪そうに笑う、見た目は5歳児の妖狐。悔しいけどやっぱり九尾の狐だ、賢くて、狡くて……魅力的だ。
「か、可愛い弟!弟がいなくなったら、寂しいじゃない!」
「うむ、今はそれで良い」
はるかの精一杯の強がりは、やけに余裕な妖狐様に流された。
この頃は、本当に帰る時が来るなんて、二人とも思っていなかったんだ。
……それから季節をひとつ跨いで、秋になった頃。
その人ーーーいや、神様は二人の前に現れた。
当然のように。
穏やかな微笑みを湛えて。