中二病はモノに弱い!
「引子ちゃん!」
いつも通りに座って本を読んでいると、後ろから耳を劈くような勢いで声が聞こえてきた。
「わ、私の耳元で喋るな!」
「明日テストだったの!?」
どうやら要件はテストらしい。もちろん引子は知っていた。勉強もしている。
「今さらなのか……? 明日から三日間テストだろう」
はぁ……と一つため息を吐いて、さも当然かのように言い放つ。
「引子ちゃんテストの点数良かったよね? 教えて!」
そんな美波の言葉を聞いて、引子は微笑み、まるで聖母かのような表情を美波に向ける。その表情を見た瞬間、美波もぱぁっと明るい笑顔になり手を握って祈っていた。
「断る」
その優しい微笑みの中、優しいトーンで放たれた言葉に美波は思わず固まる。もちろん祈ったままでだ。
「……ごめん、よく聞き取れなかったからもう一度言ってもらえる?」
「……断る」
「なんで!?」
声を荒げてこちらに身を乗り出してくる美波。そしてそれを少し遠くから見守っている、美波の友達である涼香。その目を見るに、既に涼香にはお願いした上で断られていたのだろう。
「なんでも何も……明日だぞ? 邪眼の持ち主であるのならまだ……普通の人間には無理だ」
「涼香にも断られてもうあとがないの! お願い!」
それでもなお引き下がろうとしない。しかしテストは明日なのだ。今までたくさん勉強してきていても、全くしていなくても時間は平等に与えられていた。その中でサボっていたのは自己責任である。
「テストは明日だ。諦めたほうがいい」
「ジュース……でどう?」
普通に交渉してもダメだと悟った美波は買収作戦に出る。そもそもこんな交渉している暇があったら一秒でも勉強に使うべきなのだ。
「あきらめな」
「それじゃあ二本!」
「何本でもダメだ」
今の引子はまさに動かざること山の如く美波の前に立ち塞がっている。並大抵のことじゃ動くまい。
「そ、それじゃあ……なんか欲しいものあげるから!」
その言葉を聞いた瞬間、引子の表情が変わった。何せ覆面は闇の組織と戦うためには必須アイテムなのだ。買わなければ、買わなければと思っていたのだがなかなか買いにいかず今に至る。これを聞いた引子の行動は早かった。
「何がわからないんだ?」
まさに動くこと雷帝の如し、とてつもない掌返しである。
「え……えっとね、数学、化学、生物、政治経済、英語、国語くらいかな!」
「全部……いいだろう、私が教える」
こうして彼女は美波の家で急遽勉強会を開くことになった。もちろん引子のようなぼっちがいきなり友達の家で勉強会なんていうハードルの高い行為に耐えられるはずもなく……しばらくはわたわたしていた。
◆
「や、やっとおわったぁー……」
テスト範囲を一通り回りはじめて早四時間、ようやく一周し終えたようだ。美波が大きなため息を吐いて机に突っ伏す。
「今の時間は……げっ! もう九時じゃん!? 引子ちゃん、どうする?」
どうする? とは何に対する問いなのだろうか、と引子は思考をめぐらし、もう一周するのか否かということだと判断した。
「もう二、三周はしてもいいと思う」
「そーじゃなくて! 今日泊まって行かない?」
「と、とまっ!? な、なんで!?」
まさかの初勉強会からそのままお泊まり会。すでにぼっちである引子にはキャパオーバーである。
「だって……今から帰るのも危なくない?」
「い、一応お母さんに帰りは遅くなるって連絡はしてるけど……」
「危ない奴に襲われちゃうかも……夜の九時に外なんて歩いてたら何が起こるか……」
険しい顔になって引子を引き留めようとする美波。しかしその根底には勉強を見てほしい! 泊まっていってほしい! という彼女の欲望があった。
「うっ……そ、それじゃあ……お願いします……」
「やった!」
このまま勉強会は夜中の1時まで続くこととなった。夕飯はすごくおいしかったらしい。
「引子ちゃん! ほんとありがとね!」
後日、美波は無事に(ぎりぎり)赤点を回避できたようで、何故か、どこかのお店で買わされた覆面を手に引子に礼を言っていた。
そして覆面を手にすごく表情を綻ばせる奇怪な女子高生が2.3日目撃されたという……