06 ䷬ ⇋ 仮説 ⇌
今ボクが体験しているこの現象を説明できそうな仮説は『パラレルワールド』(平行世界)というものだ。
今のこの状況についてボクが把握できているだけのことを手短にここで説明してみよう。
どこから語ればいいかな……。えーと、まずはここはボクが住んでいたのとは違う世界ってこと。
違う世界とは言っても異世界とかじゃなく、もっと厳密に言うと、これは違う『世界線』かな。
つまり『ボクが男である』という世界線と『ボクが女である』という世界線が同時に存在している。
どっちも今まで起きていたことがほぼ同じだけど、ボクの性別に関することだけは違っている。
不思議なことに、恋愛に関することもほとんど変わっていない。ボクが百合聖先輩と付き合っているという事実は一致している。
ただし違うのは、元の世界線では『普通の男女カップル』だけど、今の世界線では『百合百合カップル』ということになっている。
どっちでも2人はいつもラブラブで、周りの人からは『リア充爆発しろ』と言われるくらい。
百合百合カップルでもそう言われるのか? なんか意外だよね。どっちの世界線でも価値観は同じであるはずなのに。
それはさておき、記憶の中でのボクが百合聖先輩と一緒に過ごしていた今までの出来事も確認してみたが、やっぱりどっちの世界線もほとんど同じ。ただし性別の違いの影響が及ぶことだけは微妙に変わっている。なんか『書き直される』ような感じだ。
先輩が嘘をついているようには見えない。そして先輩もボクの言っていることを信じているようだ。
それと、ボクがすでに女としての生活に慣れているということはどう説明したらいい?
それは恐らく、この世界線ではボクの身体が女性だから、記憶になくたっても仕草や動きは色々体で覚えているだろう。
とりあえず、今知っていることはこれくらいだ。全部の仮説は間違っているという可能性も随分あるけど、とにかく今のところはこういうことにしておこう。何の仮説も持っていなければ、何も始まらないのだから。
もう5時になったか。今日はここまでだ。こんなにいっぱい頭を使ったから今はもう限界だよね。そろそろ家に帰ろう。
百合聖先輩は3年生で、今は最後の学期だから、実は随分忙しいようだ。それなのに、ボクと一緒にいる時間をたくさん残しておいてくれて、今日だって昼休みも放課後もずっと一緒にいてこの話をしていた。
「今日はここまでね。君は本当に大丈夫?」
ボクの様子を見て百合聖先輩はなんかまだ心配しているようだ。
「はい、こんなにボクの話を信じてここまで一緒に話相手をしてくれて、本当にありがとうございます」
「君の力になれたのなら嬉しいことよ」
「本当に助かりました」
ボク一人なら今もう挫けて駄目になっているかもしれない。
「でも結局まだわからないことが多いわよね」
「そうですね」
色々仮説ができたけれど、ただの空想に過ぎないかもしれない。これが正しいという保証なんてどこにもない。
それに次ボクはどうしたらいいかまだわからない。そう考えるとまだ漠然としてやっぱり気が滅入ってしまうよ。
「そんな顔しないで。私は付いているから。いつまでも君の味方だ」
「本当に先輩は一緒にいてくれてよかったです」
「私も君と一緒にいて楽しかったわ。それじゃまた明日。もし何かわかったら私にも伝えてね」
「はい。また明日です」
そしてボクは百合聖先輩と別れて自分の家に帰る。
だけどその途中……。
「遙奈姉……」
ある男の子がボクに話しかけてきた。
この男の子はボクより若くて、中学生くらいかな。背がボクより随分低くて、多分160センチ未満。声はまだ変声期前のようだ。顔は……確かにまだ子供っぽい顔だけどイケてるかも……。いや、そんなことはどうでもいいよ。ボクは男だからね。
とにかくこんな男の子は見覚えがない。ボクが全然知らない顔のようだ。しかし彼の態度から見ればどうやらボクのことをよく知っているみたい。
しかもボクのことを『遙奈姉』と、こんな女っぽい呼び方で呼んでいる。なんか変な感じ。
この子はいったい何者なの?
もしかしたら、彼は今起こっているパラレルワールドについて何か関係があるかもしれない。そのような気がする。