03 ䷓ ⇋ 認識 ⇌
着替えが終わって食堂に入ったら母さんはすでに座って朝ご飯を食べている。ボクの分も食卓に置いてある。
ボクがいつものように椅子に座ろうとしたら、つい自分の容姿や格好はいつもと違っているということに気づいて、一瞬戸惑ってしまった。
こんなボクを見て母さんはどう反応するか心配しかねない……。
『君は誰? 遙奈が女を家に連れてきたの? 恋人がいるのに。愛人? 最低よ。この馬鹿息子が』
とか言われたらどうしよう?
それともボクが遙奈だと主張してみたら……。
『ボクだよ。遙奈だ』
『は? 遙奈は男の子だよ。私が女の子を生んだ覚えはないわ』
いや、さすがにそこまではないよね。もしかしたら……。
『本当に遙奈なのか? よかった。実はずっと前から娘が欲しかったのよ。まさか息子が娘になってくれるとはね』
とか……? これもないだろう。なんか今は色々勝手に頭の中で想像してしまった。
でも実際はどうなるの? 妄想ばっかりしても何もわからないから、とにかく今現実に向き合わないとね。
「あの……母さん……」
ボクはもじもじと声をかけてみた。
「おい、遙奈!」
「はい!」
「どうしたの? いつまでうじうじしてるのよ? 早く座って食べなさい。遅刻したいの?」
「は? ……うん」
母さんはこんな姿のボクを見ても意外と普通に話しかけてきて、全然何も突っ込まないのか?
「あの……、母さんはボクのこと覚えてるの?」
「は? 何言ってるの? 遙奈」
「今のボクはいつもとは違うよね?」
「どこが? まさかまだ寝惚けてる?」
「いや、でもボクは……その……お、女の子になってるし」
こんな変化に気づかないなんて母さんこそまだ寝惚けているんじゃないの?
「何変なこと言ってる? あんたは女の子でしょう」
「は? いや、ボクは男だよ……だったよ?」
つい過去形にしてしまった。今はもう男じゃないからね。
「やっぱり寝惚けている?」
「いや、でも……」
「私が男の子を生んだ覚えはないわ」
「えぇ!?」
「何よ、そのリアクションは?」
なんでだ? まさか母さんの記憶も変わってしまったのか? これじゃ、まるで最初からボクが女の子だったということになっているのではないか。
「でも、ボクが女の子なのにこんな喋り方は変じゃないのか?」
ボクの喋り方ってどう見ても男っぽいよね。女の子なら言葉遣いを変えた方がいいのでは?
「あら、何今更? 自覚あるのね? ついに女の子らしい言葉遣いを使いたくなってきたのか? 母さんとしては嬉しいよ。いつもの男っぽい喋り方よりいいに決まってる」
「え?」
もしかして、母さんはボクが女の子だと認識していても、喋り方はこのままで納得しているの?
まあ、言葉遣いまで変える必要がないのは助かったけどね。
これって、いわゆる『ボクっ娘』だね?
「あんた、本当に頭大丈夫?」
「母さん、ボクは男だったよね? そうだったよね?」
ボクはまだ諦めが悪くてもう一度確認してみたい。
「は? いい加減にしてよ。どうしたの? あんなに男になりたいのか?」
そんな……。母さんは完全に男のボクの存在を否定している。まるで最初から存在していないような。
「ううん、何でもない。もう学校に行くよ」
「ちゃんと朝ご飯食べなさいよ。まだ時間はあるから」
「いや、ちょっと早く行きたいから」
こんな状況ではもう呑気で食べる気なんてない。今は早く学校に行って、友達に会って色々確認してみたい。
家ではボクと母さん2人暮らしで他の人はいない。もし母さんまでそう認識してしまったら、これってつまりこの家ではボクはすでに完全に女の子だということになっている。だから今は外に出て確認してみたい。まずは学校だ。
恐らく学校でもみんなはボクが女だと認識しているんじゃないかな? でもまだ覚えている人がいるかもしれないよね? クラスメートたちとか、恋人の百合聖先輩とか、きっとそうだよね? さもないとこれは『ボク一人だけおかしくなった』っていうことになる。
「行ってきます」
心の中はまだ不安いっぱいのままで、ボクは家から出て学校へ向かっていく。