22 ䷮ ☯ 黙秘 ✡
遙奈くんの記憶はあの怪しい占い師の仕業のせいで改竄されて、自分が男の子だったと思い込んでしまった。
こんなことになったのは私のせいだから、もし遙奈くんがこの事実を知ってしまったらどうなるか怖くなってきた。
しかも遙奈くんは本当に自分の考えたパラレルワールドという仮説を信じ込んでいるようだから、私も話に合わせようとした。
そしてあの日の夜、遙奈くんは電話をかけてきた。
「もしもし、遙奈くん? どうしたの?」
『実は夕方ボクたちが離れた後のことですけど』
家に帰る途中であの子と会ったことを私に伝えた。そして一昨日あの子が遙奈くんに告白されたことまで言った。
もちろん、そもそも一昨日の告白のことは私が尾行していたからすでに知っている。でも本来これは遙奈くんが私に黙っていたのに、いきなり伝えるなんて思わなかった。
それより、やっぱり今の遙奈くんは全然あの子のことを知らないということになっている。本当に記憶から消されたみたい。
「あの子か。私も会ったことがあるわ」
会ったけど、相性が最悪だった。恋のライバルだという関係になっているのだから当然だよね。
『どんな子だったんですか?』
「私もよく知っているわけじゃないよ。一番知っているのは遙奈くん君自身であるはずよ」
なんか不思議な感じね。遙奈くんが私からあの子のことを訊くなんて。私は答えられるわけないのに。
『でもあれはこっちの世界線のボクのことですよね? 今のボクは全然彼のことを知りません』
いやいや、遙奈くん、これは違うわ。そもそも世界線なんて存在しないし。君は誰でもない君で、ただ記憶が改竄されただけ。
でも、なんか心の中で私は喜んでしまった。遙奈くんが本当にあの子のことを忘れたということは、つまり私はもう彼の存在のことを心配する必要はなくなった。
「そうか。よかった」
『は? 何がですか?』
あ、つい口に出た。仕方ないね。私の気持ちをそのまま伝えておくか。
「いや、何でもない。まあ、正直に言うとね、あの子は私にとって恋のライバルだろう。なら君があの子のことを忘れたら私にとって都合がいい」
『あ、そうですね』
こんな悪女っぽい考えもあっさりと受け入れたみたいね。本当に今の遙奈くんにとってあの子はただ知らない人だということになっている。
「とにかく、あの子は今の君にとってただの赤の他人だろう。なら放っといていいわ」
私が酷いことを言っているとは自覚しているけど、やっぱり遙奈くんがあの子に関わるのは危険だと思う。
『え? そんな……』
「どうせあの子はあっちでの男の君のことなんて知らない。なら君の言ったパラレルワールドの問題について彼は全然無関係だろう」
それでいい。どうせこの問題にはあの子には関係ない。私はよく知っているのだからね。
「あの子より、私の方が君のことを考えているはずよ。それだけは信じてくれ」
『百合聖先輩……。わかりました』
「大好きだよ」
『ボクも先輩のことが好きです』
「ありがとう。じゃ、おやすみ」
『はい、おやすみなさい。百合聖先輩』
でもこの状況はなんとかしないとね。確かにこのままではあの占い師の思惑通り、私と遙奈くんが問題なく結ばれるというオチになるだろう。
それでもそんなことは駄目だ。許されるはずがない。そんなのは悪者っぽい。こんな卑怯な手段で恋敵を破っても意味はないわ。
何より、今の遙奈くんは私の知っていた遙奈ではない。確かにほとんど同じだけど、偽物の記憶が頭いっぱい入っている。
この状態で生き続けたら、色々問題があるはず。それにこのままで私が遙奈くんと話すとなんかすごく辛い。何も知らないフリしていくのもしんどくて心が壊れそう。
その後遙奈くんは真相を突き止めようと、色々がんばっていたようだ。私はそんな遙奈くんの姿を見たら罪悪感しか感じない。
だから放課後用事があると言って遙奈くんと一緒にいることを避けた。
そしてその日の放課後、私はあの占い師を探そうとしていた。しかしあの屋台はなぜか元の場所からなくなった。ただの屋台だから一日で場所を変えることも珍しくない。でもこのままでは困る。どうやって見つけるか全然わからない。あの時連絡方法とか訊いておいたらいいのに。
結局今日のところは諦めるしかない。明日もっとがんばり続けよう。
翌日の放課後、私も遙奈くんに用事があると言っておいて、商店街で占い師を探し続けていたが、やっぱりどう探しても全然見つけなかった。
そして夜、いきなりあの男の子は私に電話をかけてきた。私の番号をどこから知ったかわからないけど、なんか必ず私に話したいことがあるってしつこく言った。
『あなたは遙奈姉に何をしたんですか?』
「は?」
確かに私のせいで今の遙奈くんはおかしくなっている。だけど子はなんでいきなりあの私が関わるという事実を知ったの? いや、まだバレたというわけじゃないかも。それでも私を疑われているようだ。とにかくできるだけ誤魔化さないと。
「何のことよ?」
『今日、遙奈姉はうちに来ました』
「へぇ!? 嘘」
遙奈くん、なんで? あの子に関わらないでって私が言っておいたのに。また私に黙ってあの子のところに行ってしまったの?
『本当に来たんです』
「君は遙奈くんに何をしたのか?」
まさかあんなことやこんなことされた? 私がいない間にそんなことが……。
『何もしてませんよ!』
「何かやらかしたら絶対許さないからね」
『だーかーら……。何か仕出かしたのはあなたの方じゃないですか?』
「な、何のこと?」
本当にこの子に疑われている。とにかくボロがでないように私は気をつけないとね。
『いきなり遙奈姉は俺のことを忘れたみたい。これはあなたの仕業でしょう』
「は? 私が? どうやって?」
『方法はともかく、この状況でどう見てもあなたの利益になるでしょう』
この子なんかすごく鋭い。こんなに見抜けたのか。
「何のこと言ってるかゼンゼンワカラナイわ」
「じゃ、なんでいきなり遙奈姉はこうなったんですか?」
「私が知るかよ!」
どうせ証拠がないはずだから結局これはただこの子の妄想でしかない。最後まで黙っていればそれでいいだろう。
それに本当に私は何もしていないよ。あの占い師は勝手にやったのだから。しかもどうやってこんなことをするのか私がさっぱりわからないし。
『本当に知らないのですか?』
「遙奈くんがこうなってしまって、私も困っているのよ!」
『困ってるようには見えません。今の遙奈姉はあなたのことばかり考えている。どう見てもあなたが一番怪しいです』
「違うってば! 証拠でもあるのか?」
『こんな台詞はやっぱり犯人っぽいですね』
「……」
どうやら今何を言っても余計に疑われるだけのようだから、もう早く話を終わらせよう。
「勝手に人を犯人扱いするな! とにかく、私は本当に全然何も知らないからね」
そんな嘘を言い残して私は思いっきり電話を切った。
別に悪いのは私じゃないわ! あの占い師とこの子が悪いのよ! ……そのように自分に思わせようとしているけど、やっぱり心の中で私は自分が悪いということくらい自覚している。
どうしよう。これはやっぱり私のせいだよ。早く何とかしないと……。
 




