15 ䷠ ⇋ 信憑 ⇌
また一日は経って、新学期からもう4日目だ。
今のところあの日からの出来事をタイムラインで纏めておく。
〜 5日前:こっちの世界線のボクが実頼くんに告白されたが、元の世界線ではボクの記憶にない。
〜 4日前:冬休みの最後の日。ボクと百合聖先輩はデートに行ってきた。どっちの世界線も同じ。
〜 3日前 (1日目):朝目覚めたらボクはこの世界線に来た。百合聖先輩と相談してここは違う世界線だという結論が出た。
〜 2日前 (2日目):ちょっと町で散策してみたけど、特に進展無し。
〜 昨日 (3日目):以前通っていた中学校に行ってみて、その後実頼くんの家にも行って、ぎくしゃくしてしまった。
〜 今日 (4日目):これから……。
そう、これくらいかな。
今日決着つけられたらいいよね。と言っても、実は一昨日も昨日もそう思ったけど、まだあまり上手く行かなかったよね。
昨日あの日(もう5日前のことになっている)のことについて母さんから聞いて、色々わかるようになってきた。
その後昨夜百合聖先輩に会話をかけてみたが、あの時彼女は忙しかったので話し合う時間はなかった。
でも今日学校で昼休みもまた百合聖先輩と一緒に昼ご飯を食べることになったから今また話し合いができる。
「昨日私は忙しくてごめんね。今はどう? 何かわかったかしら?」
「実は昨日ボクが色々母さんから聞きました」
「何のこと?」
「実頼くんに告白されたあの日のことです」
「こんなことはお母さんにも話したのか?」
そしてボクは昨日母さんから聞いたあの日のことを百合聖先輩に教えた。だけど昨日ボクが実頼くんの家に行ってきたことはやっぱりまだ伏せておいた方がいい。
「こっちの世界線の君は全然そんなことを私に伝えてくれなかったよ」
「そうですか」
確かにこれは言いにくいことだよね。
「そもそもあの子のことについて君はあまり私に教えてくれていなかったよ」
「先輩に心配させたくないからかも」
百合聖先輩もなんかあの子のことあまり好きじゃないみたいだから。
「私が言うのは変かもしれないけど、君が今私に教えたことは本来の君なら言わないはずのことだった。つまり私は今知るべきじゃないことを知ってしまったかもしれない」
「そんなことは……まあ、確かにそうなるんですね」
それは一理ある。そもそもこっちのボクが隠すつもりのことなのに、今のボクは勝手に百合聖先輩に教えてしまった。それは余計なことをやらかすということになるかもしれない。
「だからね、君はこうやって堂々と私にあんなことを伝えると、なんか罪悪感が……。だって元々君は私に知らせたくなかったようだから」
「ならボクはこれ以上教えるべきではないということなんですか?」
「それは……そうね。君次第だよ。教えたいのなら私は聞くよ。でも教えたくなければもう何も言わなくても構わないわ」
とは言っても、ボクの知っていることはほとんどすべて教えた。でも昨日のことだけはまだ言っていないね。やっぱりまだ言わなかったのは正解かも。
「でも、ならこっちの世界線のボクはなんでそんなことを隠す必要があるのか?」
「隠す理由なら、もしかしたら……いや、何でもないわ」
百合聖先輩は何か言おうとしたが、途中で迷って口を噤んだ。でも先輩の言おうとしたことは何なのか、だいたいボクには心当たりがある。
「やっぱり、ボクは本当にあの子と付き合いたがっているとでも思っているのですか?」
「そ、それは……」
そんな反応やっぱり……。
「そ、そこまでは……。私は君を信じているよ。信じたいよ。でも……」
「やっぱりどうしても不安ですか?」
「うん、ごめん。君はあんなに私に優しくしてくれたのに。でも私の頭からそんな不安は消せないの」
恋人を信じたいけど、何としても浮気のことが不安に思っている。そういうことだよね。
「気持ちはわかっています。ボクも何もわからないから先輩の不安を消すことはできないかもしれませんが、今はっきり言えることがあります。ボクは百合聖先輩のことが大好きです。だからあの子と付き合うとは思いません」
「は? やっぱり今の君ならそうはっきり言えるのね」
「信じてくれないのですか?」
「いや、信じるわ。今の君ならね。でもあの時の君は」
そうか。今話題の中のボクはこのボクではなく、こっちの世界線のボクだった。だから今のボクが何を言っても確証にはならない。
「今のボクが言う資格はないかもしれませんが、こっちの世界線のボクは本当に先輩のことを愛していると思います。浮気なんて考えられません」
「本当? そう思うの?」
「今のボクが百合聖先輩のことが大好きですから。こっちのボクも同じ気持ちであるはず。そう信じます」
「いや、でもあれは君が男性だったからだよ。こっちの君は女性だよ。しかもあの子という幼馴染がいる。色々違うのよ」
「でも結局ボクはあの子とは付き合っていません」
ボクが百合聖先輩と付き合っているのはどっちの世界線でも同じで、あの子の存在はあんなに影響があるとは思えない。
「でも、君は彼の告白を否定していないでしょう。結局君は迷っているのよ」
「例え迷っていたとしても、これは多分先輩のことが好きではないという理由などではありません。多分、これは母さんや周りの気持ちとか考えているからでしょう」
なんか言い訳っぽいかもしれないが、ボクなら本当にそう考えるはずだと思っている。
「本当にそうかしらね……」
「確かに実際にボクも確信できません。同じボクでもこちらのボクとは別人ですから。あくまですごく似通っている双子みたいなものくらいかも」
自分なのに自分じゃない。なんか不思議な感じだね。
「そうよね」
「でも、今ここにいるのはこのボクです。自分が百合聖先輩のことが好きだということは確信しています」
「遙奈くん……」
そう通り、結局こっちのボクは考えていたのかは自分自身しかわからない。ボクだって確信できる方法はない。でも今の自分の気持ちははっきり知っているはず。
「好きです。これは今のボクの気持ちです。改めて言います」
「……」
ボクの再びの告白を聞いて、なぜか百合聖先輩は黙ったままで悲しい顔をした。嬉しくないのか? まだ不安なのか?
「それは……嬉しいけど。でもね、結局君は元の世界線に戻るつもりなのではないのか?」
「まだ方法はわからないし、今のままでも普通に生活できて困っていません。なんならそのまま……」
「君はそれでいいのか!?」
いきなり百合聖先輩は不満げな顔をして大声で叫んだ。
「でも、本当に方法がわかりませんから」
「このままでは駄目だ。嫌だよ。元の君に戻さないと……」
「元のボク? やっぱり、先輩が好きなのは今のボクではなく、元からこの世界線にいたボクだったんですね」
そうだったよね。同じボクでも色々違っているから。わかっているはずだ。
「それは……、違うよ。そういう意味じゃ……」
「ならどうしてですか?」
「私がどう説明したらいいか……」
百合聖先輩は何か戸惑っているみたい。
「やっぱり、必ず君の記憶を元に戻さないと……」
「は? 記憶」
「いや、言い方違ったね。それはつまりこっちの世界線の君に戻るってこと」
「やっぱり、結局こういう意味じゃないですか」
結局もう一人のボクの方がいいよね。それはおかしくないと思うけど。今の百合聖先輩の好きな人はボクじゃなく、『彼女』だった。
「先輩にとって今のボクは別人だから、何を言っても意味ないってことですね」
「別人だなんてそんなこと言わないで。遙奈くんは遙奈くんだよ。誰でもないわ」
「でもさっきの台詞ではまるで先輩は今のボクの存在を認めていないように聞こえました」
「違う! 今の君の存在を否定しているわけじゃないのよ」
「じゃ、どうしてですか?」
「それは……」
百合聖先輩はこれ以上何も答えられずにただ黙っている。まるで何か言い出せないことがあるような。
「とにかく、諦めないでよ。君がやろうとしていることは間違いなんかないはずよ」
「そうですか」
今の台詞で先輩はこのまま無理矢理この話題を終わらせようとしているように見える。そしてボクもこのまま話し続けたらなんかまずいって思ってしまっている。だから今はこのままでいいかもね。
「がんばってね。私も自分のできるだけのことをするから」
「じゃ、放課後……」
「ごめん、今日も駄目なんだ」
「そうですか。なら仕方なく」
やっぱり、先輩の様子はおかしい。本当に何か隠しているように見える。
実はもっと話したい。まだ訊きたい……けど色々怖くなってきた。
『誰の仕業なのかは心当たりがある。あの先輩だ。今遙奈姉の行動を見て楽しんでいるのでは?』
昨日の実頼くんの言葉がどこから響いてきた。いやいや、駄目だ。あり得ない。ボクは百合聖先輩を信じているから。
きっと百合聖先輩も何か悩んでいるはずだ。今はこれ以上何も訊かない方がいい。
今日の放課後も結局ボクは一人で何とかする。