13 ䷷ ⇋ 疑惑 ⇌
今ボクは実頼くんの家に着いた。そして彼と一緒に中に入ってきた。
「ただいま」
「お邪魔します」
「あら、遙奈ちゃん。久しぶりね」
この人は実頼くんのお母さんのようだ。今のボクは記憶にないけど、どうやら彼女はちゃんとボクのことを覚えている。本当に昔ボクがよくここに来てたようだね。
しかも『ちゃん』つけで呼ぶなんて……あっちの世界線ならもちろんなかった。こっちの世界線でもボクが男っぽい女になっているので、『ちゃん』つけで呼ぶことはほとんどないはず。だからこれは初めてだ。
不思議なことに、この家には来たことないはずなのに、なんかまるで昔から慣れていた気がした。この世界線のボクはここに来たことがあるから多分体で覚えているかも。
そしてボクは実頼くんと一緒に色々ゲームをやっていた。これも昔のこっちの世界線のボクと一緒にやったことがあるものだと聞いた。それで今のボクがやってみたらやっぱりすぐ慣れるようになった。まるで本当に遊んだことがあるみたいに。
でも実際にここに来たことがあるのも、ゲームを遊んだのも、このボク自身ではなく、こっちの世界線のボクだったはずなのに。
これもボクがすぐ女の子としての生活に慣れたというのと同じかも。
つまり違うのは記憶だけで、この体はそもそもこっちのボクのものだから体で覚えているってことかな?
「やっぱり、全部忘れたのは嘘だよね」
「いや、違う……と思うけど」
ボクがここの色々に慣れている様子を見せたせいで、実頼くんが更にボクのパラレルワールドの話を信じなくなってきた。このままではボクは嘘つきになってしまう。
「あれだよ。体で覚えている……とか?」
「そんなことがあるのかよ?」
「そのはずだと思う」
やっぱりボクでも自信がない。そもそもパラレルワールドとかがあるという仮説も証明できているわけではなく、全部ただのボクの妄想かも。それでももっと説明できる考えがない。
「体で覚えているってのは? 例えばどんなこと?」
「女の服の着方とか、お風呂とか、トイレとか……」
「顔真っ赤になってるぞ」
「う……」
自分で言って照れてきた。なんか心も乙女になっているから年頃の男の子にこんなこと話すのはやっぱり恥ずかしいよね。
「なら、俺と抱いたりキスしたりしたことも多分体で覚えているよね?」
「は? 何か言った?」
キス? 抱くこと? 実頼くんと? 男の子と? そ、そんなこと……。
「ボクはそんなことをしたのか?」
「中学生の時あんなに仲がよかったんだよ」
「嘘……」
恋人同士になっていたわけではないからこんなのあり得るのか?
「嘘かどうか試してみない?」
「試し? どういうつもり?」
「簡単だ。もう一度やってみたらもし慣れているのならそれはしたことがあるってことだね?」
「え? それってつまり!?」
「どう?」
「そ、それは……やっぱり駄目だ」
昔のこっちのボクはどうだったかわからないけど、少なくとも今のボクなら男と抱いたりキスしたりするなんかあまり考えられない。例え体と精神は女の子になったとしても、男だったという記憶が残っているからやっぱり抵抗感がある。
「やっぱり昔みたいにはなれないか……」
「本当にしたことがあるの?」
ボクが覚えていないとわかっているから、ただ嘘ついただけかもしれない。
「いつまで覚えていないフリをしている?」
「フリじゃない。本当に知らないってば」
「そんな反応だと、やっぱり本当に知っていないみたいだね」
「は?」
「もし覚えているのなら、『そんなことしたことない』とかはっきりと答えたはず」
「え? それってつまり……」
「ただ誘導質問だよ。ごめん」
なんだ。そういうことか。この子は『ボクとキスしたり抱いたりした』と言ったのはただボクの反応を試すためってことか。やっぱりそんなことはしたことがあるわけがないよね。
「信じてくれるならそれでいい」
今のボクの様子を見て彼はどうやら納得できたようだ。『知らない』を証明する方法は『知っていたらそうしないはずだ』という行動をすることだ。
「でも、今の遙奈姉が昔の遙奈姉と同じように普通に乙女みたいに恥ずかしがったり動揺したりしているのも事実だ」
「それは仕方ない。今はこの体だから。精神も女の子であるはず」
この体になってからボクはよく『男だった』ということを忘れて、どんどん環境に溶け込んで普通に自分が女の子だと意識としてきた。
「確かに遙奈姉が嘘をしているようには見えないけど、これはただ忘れてただけかもしれないじゃないか?」
「は?」
「つまり、今遙奈姉はただそう思い込むようにさせられただけ」
「そんなこと? どうやって? 誰に?」
それってつまり洗脳だと? これはパラレルワールドと同じくらいあり得ないことだと思うけど。
「どうやったかわからないけど、誰の仕業なのかは心当たりがある」
「誰だと言うの?」
それって犯人の正体をわかったってこと?
「考えられるのは一人だけだよ。あの先輩だ」
「は!? 百合聖先輩はそんなことを? ふざけてるのか?」
やっぱりただの出鱈目だな。
「なんでそう思う? 何のために?」
「もしかしたら今遙奈姉の行動を見て楽しんでいるのでは?」
「そんなわけない」
百合聖先輩はそんな人じゃない。ボクはよく知っている。例えボクの知っているのはこっちの世界線の百合聖先輩ではなく、あっちの世界線の百合聖先輩だったとしても、性格は同じでとても違うはずがない。
「そう言い切れるのか?」
「それは……」
なぜか自信がない。先輩を信じている。そのつもりだったのに。だけど実頼くんの言った通りである可能性があると、つい考えてしまう。
「遙奈姉はただ騙されているのではないのか?」
「うるさい! そんなことない!」
この子は先輩の何がわかるの? なんでそこまで言うの?
「もういい。百合聖先輩の悪口はやめろ」
「言いすぎてごめん。でも……」
「やっぱり君は何もわかっていないよね」
ボクはここに来て本当によかったのかな? 後悔してしまったかも。
なんか頭がどんどんおかしくなって、色々わからなくなってきた。
「ボクはもう帰る」
「待って。遙奈姉……」
もう話し続ける気がなくなった。こんなにぎくしゃくしてしまったから、ここにいても居心地が悪くなるだけ。だからもう帰る。
「それじゃね……」




