偏屈なパン屋とおんなのこ
昔々、というわけでもないくらいのはなし。
あるところに、たいそう偏屈なパン屋がおりました。
かれは、そのひとがいちばん食べたいパンを焼きます。それ以外のパンは焼きません。
でも、いつも失敗ばかり。結局かれはパンを売らずに、お客を追い出してしまいます。
そんなわけで、パン屋にはお客はほとんど来ませんでした。
けれども、森の動物たちは違います。かれは失敗したパンをいつも動物たちにわけてあげるので、動物たちはそのおかえしに、きのみや小麦なんていうパンの材料を森から取ってきてあげるのでした。
それでもパン屋はひとりぼっち。だって動物たちとパン屋とでは、あたりまえだけれど住む場所が違うのですから。
動物たちは楽しげにパン屋の周りを跳ねたあと、決まっていつも仲間と一緒に森に帰っていくのです。パン屋はその背中を、さみしそうに見送るだけでした。
そんなある日、ひとりの女の子が、パン屋のところにやってきました。
女の子は、パンが食べたい、と言いました。
ふわふわ美味しいまっしろな、昔食べた雪のようなパン。
ひさしぶりのお客です。パン屋はさっそく、パンを作り始めました。
ふわふわのパン。
雪のようにまっしろの、美味しいパン。
…ところが。
窯の中から焼きあがったパンを取り出して、パン屋はがっかりしました。
ふわふわとは程遠い、ざくざくした焼き上がり。
まっしろなんてお世辞にもいえない、きつねが焦げたような色。
これじゃあ売れない、あげられない。あの子が食べたいパンじゃない。
パン屋は女の子のところへ行って、パンは売らないから帰れと告げました。
でも女の子は、焼きあがったパンの香りを嗅いで言いました。
「そのパンすごく美味しそう」
とんでもない、これはぜったいに売れないと、パン屋は女の子を追い出そうとします。
けれど女の子は、パン屋の隙をついて、茶色いパンをひとくち囓ってしまいました。
パン屋はびっくりしました。だってきっと美味しくないのです。失敗したパンを食べるお客なんて、これまでひとりもいなかったのです。
しかし、女の子はにっこり微笑んで、
「さくさくしていておいしいし、こんがり焼けていておいしいわ。パン屋さん、わたし、このパン大好きになったわ!」
パン屋はびっくりしました。びっくりして、思わずパンが入った籠を女の子に押しつけて、パンを焼く窯の方に走って行ってしまいました。
それでまた、パンの生地を捏ねはじめます。そうでもしないと、泣き出してしまいそうだったからです。
パン屋は、ほんとうはずっと、ずっと待っていたのです。
おいしいと、そう言って、パンを食べてくれる人を。