ほしいものが貰えるところ
「ありがとうございました」
おじさんが、パンを買ったお客さんにお礼を言います。
おじさんはパン屋さんでした。
奥さんと一緒にやっているおじさんのお店はとても大繁盛で、毎日たくさんのお客さんがパンを求めてやってくるのです。
そして袋にパンパンに入ったパンをいつも、笑顔で持っていくのです。
しかし、おじさんはいつも笑っていません。
少し迷っていることがあったのです。
そんなおじさんが、いつものようにお仕事を終えおうちに帰った時のことでした。
ドアを開けると、不思議なことにそこは駄菓子屋さんだったのです。
駄菓子屋というと、子供のお小遣いでも買えるほど安いお菓子が並ぶお店です。
おじさんが子供の頃はよくありました。
おじさんは、なつかしさを感じてから、怖くなりました。
この場所がただの駄菓子屋さんでは無いと、肌で感じたのです。
帰りたくなりましたが、どうやって来たかわからないから帰り方がわかりません。
おじさんは辺りを調べることにしました。
「おおい、誰かいませんか」
おじさんが大きな声を出しても、誰からも返事がありません。
右や左を見ながら歩き出しました、そしてすぐに店員がいると気が付きました。
お菓子の棚に隠れた場所に、レジがあったのです。
店員は、退屈そうにしている小柄な男の子でした。
売り物であろう、飴を舐めています。
おじさんの返事は聞こえていたはずなのに、無視していたみたいです。ひどいです。
「あの、ここはどこですか?」
おじさんは優しく聞きました。
無視されたことに少し怒る気持ちはありますが、それは今大事ではありませんから。
それに、店員もまたこのお店と同じようにただの人間では無いと感じたこともあります。
「帰るんだったら、入り口から出て行けば、来た時みたいにすぐ帰れるから」
店員は冷たく答えました。
帰り方がわかったおじさんは、ほっとしました。
しかし、ほっとしたら今度はこの駄菓子屋さんの事が気になりました。
「なぜ、私はここにやって来てしまったのでしょうか?」
「何かが欲しいっていう強い気持ちがあれば、開けた時サイコロが1億万回連続でナナメに立つくらいの確率でここに繋がる」
なるほど、ここはやって来るのがとても難しい場所の様です。
おじさんは、そんな特別な場所がただ駄菓子屋であるというのは少しおかしいと思いました。
「あの、ここは、駄菓子屋なんですか?」
「見てわかんない?駄菓子屋じゃん」
「そうではなく」
おじさんの聞きたいのは、ここがただの駄菓子屋では無いだろうということでした。
「これ以上聞かずに、僕が趣味でやってるこのお店で普通に駄菓子を買って、そのまま帰って夢だったんだなぁって思うのが幸せだと思うよ」
店員がそうはぐらかそうとしても、おじさんはただ黙って目で強くうったえかけました。
“ここは何ですか?”と。
「ここでは、探しているモノを一つ貰える、代わりに同じ以上価値が有るものを一つなくす、そういう場所」
店員は、聞きたいことに答えました。
おじさんは話を続けようとします。
「探しモノって、たとえばどんなモノなんですか?」
「例えば無くしたえんぴつとか、腕時計とか、奥さんとか、時代の中で失われた伝説の“不老不死になれる薬”のレシピとか」
不老不死の薬なんて普通は嘘だと皆思いますが、おじさんは店員が全て本当の事をいっているとわかりました。
それは、ここがとても不思議な雰囲気の場所で、そういうものがあってもおかしくないと思わせるからです。
「あの、私も欲しいものがあるんですよ」
「そう」
おじさんが言っても、店員はとても興味が無さそうです。
「実は、私は子供の頃パン屋さんになるかプロスポーツ選手になるか迷っていました、夢が二つあったのです」
「ふ――ん」
「そしてパン屋さんになったのですが、プロスポーツ選手にもなりたかったです、自分の人生はこれでよかったのかずっと迷っていました」
「へぇ」
店員の相槌はとてもテキトーです。
おじさんは店員が自分の過去に興味が無いと思って、本題に入ります。
「私がスポーツ選手になれるようなものを、貰えますか?」
おじさんは、心のほとんどで“そんなものあるわけがない”と思っていました。
しかし、少しだけ期待していたのでドキドキです。
店員は、天井を見上げました。
ぼ―――っ、としばらくそうしてからめんどくさそうに言います
「パンを作る技術と交換になるけど、いいの?」
と。
おじさんは頷きました。
「じゃ、本当に良いの?これまでみたいなパンを作れなくなるよ?後悔するかもよ?」
店員はとても強く、怖い声で聞きました。
でももう、おじさんの答えは決まっています。
店員はつまらなそうに、ぱちんと指を鳴らしました。
すると、おじさんの体中に力がみなぎりました。
プロスポーツ選手になるための知識も頭の中に叩きこまれました。
「このお店を出るまでは、パン作りの技術を取り返せそうと思えば取り返せるから」
店員は言いました。
だけれども、おじさんはパンを作る必要なんてもう無いと思っていたので立ち止まらず入り口へ向かい、戸を開けました。
そして、気が付けばおじさんは自分のベッドにいました。
さっきのは夢かと思いましたが、体中に力がみなぎっていて、あれは現実だったのだと理解したのです。
時はたち、おじさんはプロスポーツ選手として大活躍をしていました。
試合ではたくさん、たくさん活躍しました。
テレビや新聞で、たくさん褒められました。
おじさんは幸せでした。
それからさらに時がたった、ある時のことです。
おじさんがやっていたパン屋さんの前で、親子が立ち尽くしています。
それをおじさんは見つけました。
「あれ、閉店になっちゃったんだ」親がそういうと
「え――!やだ!ここのパン食べたい‼」小さな子供が、悲しそうです。
「残念だけど、もう食べられないって」
親子は悲しそうでした。
おじさんは、それを見て衝撃を受けました。
それから走ってパンの焼きどころに行きました。
パンを再び作るために。
しかし、ぜんぜん美味しいパンは作れませんでした。
何万回、何億回も練習して身についた、パンを作るちからはまるで無くなっていました。
おじさんは涙を流しました。
それからおじさんは、なんども、なんども。
祈りながら、願いながら、ドアを開けました。
奥さんがその不思議さに気味悪がっても、開け続けました。
しかし、おじさんは二度と駄菓子屋さんに行く事は出来ませんでした。