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紫陽花

作者: Yuki

ここら辺りだと思うんだけどな。

全身茶色の服を着た男が首には黒いカメラをかけて、

手にはさくら館と書かれたパンフレットを持って、初めて訪れた田舎街を歩いていた。


本当は今頃、飛行機で九州の自宅へ向かっていたはだったが、例年より少し早い台風が発生した為飛行機がキャンセルになった。

関西まで行く事が出来たのだが、飛行機のあの浮遊感が何度乗っても好きになれずこっちに留まることにした。

今回の目的は鎌倉と茨城の紫陽花園で合計6カ所を巡ってきた。

中でも1番気に入ったのは「鎌倉の紫陽花

明日の夕方には台風は去ると言う予報なので、空港のベンチで久しぶりに寝るか。

昔は宿泊費を節約するためによくしていた事を思い出した。

あれは何年前だ。2年目のボーナスで買ったカメラだったから32年も経っているじゃないか。

どうりで手の動きが鈍ったように感じたわけだ。

どこかホテルを探そう。

しかし空港内に溢れる人たちを見て近くはもうどこも埋まってしまっただろうな

と思った時スマホが揺れた。

画面に映るのは今回行った鎌倉で、私と同じようにカメラを首にさげ紫陽花を楽しんでいた朝倉さんだ。

カメラを始めた頃は、写真を撮りに行っても誰と話すこともなかった。

一人で撮っている時間が好きだった。

けれどいつしか、これも歳なのであろう今は若い子にも同年代の人にも同じ趣味を持ったカメラ仲間だと挨拶するようになった。

あの頃の声おかけてきたおじさんたちに、私はなったのかとまた月日を感じたものであった。

「小森さん。一昨日、鎌倉で一緒に紫陽花撮ってた朝倉です」

「まだボケてないので覚えてますよ」

若い青年には私は危ない年齢に入るのだろう。

笑いながら答えるとどうやら、台風で飛行機が飛ばなくなったことをニュースで見て知り合いの民宿を教えるために電話をかけたと言う。

「空港から電車で4駅くらいだし、駅からも近いですよ。

明日にはこっちも台風来ますし、民宿行った方が安心ですよ」

「空港に泊まるのは無理そうだから、行ってみます。助かりました」

切ってからすぐに送られてきたメールには、さくら館と言う民宿で空港からの駅まで駅からさくら館までの地図が届いた。

写真は昔懐かしい雰囲気のある建物で、早く行ってしまおうと駅のホームへ向かった。


関西までの飛行機に乗っていなくて良かったと朝倉さんとのメール画面を見て思った。

新しく人と出会ってもその場でしゃべるだけでそれっきり。

という事が多いがこうやって、困ってないかと連絡をくれたことがとても懐かしく嬉しかった。

電車で4駅。

ホームへ降りるとその駅は人の声はせず、少し強い風が吹いているだけだった。

改札を出て地図と照らし合わせるがどこか違う。

駅名もあっているのにと駅の看板を見ると、降りるはずだったさくら坂駅ではなく小桜駅だった。

次の電車に乗ろうと改札へ戻ると、

「次は1時間後ですよ」

と駅員が窓を開けて教えてくれた。

「タクシー呼べますか」

「タクシーも時間かかりますよ。山越えなくちゃいけないんで」

「さくら館まで行きたいんですが、歩いたらどのくらいでしょうかね」

「さくらさんのところまでだったら、30分あれば歩いて着きますよ」

真っ直ぐなんで迷わないと思いますけど、とさくら館のパンフレットをくれた。

見ると簡単に見つけられそうだったので、歩いて行くことにした。


目の前に広がる田畑、その奥にそびえ立つ青々とし活気ある山。

日本人のザ夏休みと感じる景色に過ごしたこともないこの地に懐かしさを感じた。

歩いて30分と言われたがもう30分以上歩いている。

一向にさくら館と思われる建物はなく、看板もない。

そして尋ねる人もいない。

困った。

スマホは持っていてある程度の操作には自信があるが、連絡以外の機能はさっぱり使いこなせない。

もう少し歩いてみてダメだったらさくら館に電話しよう。

と歩き続けていた。


どのくらい先だろうか。

先の方に見える木が気になった。

その木は道路の脇に生え、真っ直ぐ空に一直線に向かって生えているのではなく、真っ直ぐと寄り道を何十年も繰り返したかのような。

クネクネではないが曲がった変わった形をしていた。

近づいて行ったのか、引き寄せられたのか。

わたしの人生を木にしたらこんな形になるのかな、なんて木の前に着くとそんなことが浮かんだ。

どこから撮ろうかとカメラを構えて何枚か撮っていると、若い声が聞こえてきた。


小学生低学年と高校生くらいの男の子達が楽しそうに、持っている鞄を振り回しながら向かってくる。

ようやく人がいた。

「君たち!さくら館に行きたいんだけど知ってるかい」

「さくら館はぼくんちだよ〜」

教えてあげる〜と鞄を高校生に預け走り出した。

「ここから10分ないです。どこから歩いてきたんですか?」

「小桜駅から。駅で30分って言われたんだけど道に迷ったみたいで」

この年で迷子と自分から言うのは恥ずかしい。

「小桜からは45分はかかりますよ。田舎の人距離ん感覚おかしいいですよね」

この街に住んでいるのに、

「引っ越してきたのかい?」

「ちょっと前に。歩いても歩いてもたどり着かなくて人も車もないし警察呼ぼうかとしたことあります」

「それは大変だったね」

「遅いよ〜」

さっきの男の子が戻ってきた。

角を曲がるようやくパンフレットと同じ外観のさくら館と書かれた建物が見えた。


二人と一緒に入ると同年代の女性がいた。

「予約してないのですが、一泊空いてますか?」

「小森さんですね。お待ちしておりました。朝倉さんからお電話頂きました」

「困っていたところに、こちらを紹介していただきまして」

「今回の台風は速度が速いみたいで。明日の昼過ぎには通過するみたいですよ」


朝倉さんに無事に着いたことと感謝を伝えた後、夕食までの時間

テレビのニュースを見ながら居間に居ることにした。

ニュースでは女性キャスターが早めの避難を呼びかけ、川の氾濫に備えるよう何度も繰り返している。

住んでいるところは九州の中でも都会な博多なので、川の氾濫の心配はないが聞き慣れた地名がテレビに写るとすごく不安な気持ちになった。


「おじちゃんカメラマンなの?」

走って案内をしてくれた翔が聞いた。

「そうだよ。見るかい」

写真が入っているタブレットを見せた。

もちろんタブレットに入っていないものもあるが、近年撮り步いた写真が数万枚入っている。

「花しか撮らないの?」

「風景画ていって、人はあんまり撮らないんだ」

「じゃーぼくのこと撮ってよ!」

無邪気にお願いされ、

「じゃ笑ってね〜」

とカメラを向けた。


カメラを始めたきっかけは、人を撮る為だった。

念願叶ってやっと二人で沖縄に旅行に行けることが決まり、この二人で行く旅行を残しておきたい。

そんな理由だったと思う。

近くにいたカメラ好きの知人に素人でも扱いやすいカメラを教えてもらい、初めて手にした中古の黒く重いカメラは今も大切にしている。

旅行に行って人を撮る前に、風景を撮って練習しておいた方がいいとアドバイスを受け、

公園に行っては花を撮る練習をした。

はじめはボヤけてしまい視界の悪い世界のようだった写真が、そのうち練習の中でもこれはいいんじゃないか、と思う写真が撮れるようになった。

その中でも一番の力作を見せては

「才能があるんじゃない?花が風で揺れているようだわ」

「写真は人柄が出るのね。とても穏やかな気分になるわ」

などとよく褒めてくれた。

念願の沖縄旅行も日の光をたっぷりと浴びる花や透き通る海をたくさん撮った。

それからも、お金を貯めてはたくさんのところに旅行に行った。

テレビや雑誌で見たものをカメラ越しに見るのが楽しく、どこに行くか二人で考え帰ってきた後は撮ってきた写真を見て旅行するのが何より幸せだった。

鎌倉に紫陽花を見に行く旅行を立てた次の日、道路にボールを拾いに行った子を助けるために帰らぬ人となった。

現実と受け入れなくても葬儀はしなければならない。

1番綺麗な笑顔の写真を、とアルバムや写真箱を探すがどれも花と景色ばかり。

彼女が写真を抜いていたのか。

写真に触るのは私たちだけなのに、どうしてないんだ。

家中の隙間まで探した。

ようやく見つかったのは彼女の写った写真の束ではなかった。

出てきたのは、一番最初に行った沖縄旅行の時の海を背景に撮ったたった一枚だった。

「結婚式を挙げるなら、旅行に行こう。一面雪しかないところ行ってみましょ。またあの桜が見たいわ」

あんなにたくさん旅行したのに一枚しかないなんて。

ずっと、一緒に過ごしてきたのに。


それからカメラを手に取ることなく過ごしてきたが、

最近膝が悪くなりこのままでは、鎌倉に紫陽花を見に行くことができなくなってしまう。

その前に行かなくてはいけないと焦って今回、写真を撮りにきた。


同じ場所から生えているのに様々な色をしている。

不思議ね。ようやく一緒に来れたわね。

こんなに種類があるなんて知らなかった。


庭園のベンチで紫陽花を見ながら休憩していると、

いつの間にか隣に座って喋りかけてくる彼女がいた。

「もっと紫陽花撮ってきて」



次の日、夜中の豪雨が嘘のように空は青く風は涼しく穏やかな昼だった。

昼食までさくら館で頂き、またこっちに来たらここに泊まろうと決めた。

「おじちゃん!写真ありがとう!!」

翔が写真と同じ笑顔を向けて言う。

居間に新しく飾られた写真には、さくら館の従業員を含め6人の姿が写っていた。


「朝倉さん。今回は本当にお世話になりました。

ええ。ええ。ご飯も美味しくて。

そうですね。また会いましょう。

…今度は一緒に写真撮りましょう」

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