アルゴナウタイの異世界論
>神薙 葵貝
異世界転移で無双というのは現実的ではない。
とは考えたことはありますが、非現実の世界を存分に堪能することがそう言った無双ラノベの醍醐味の一つだと最近になって考えを改めました。
まぁ、程よくリアルで程よく爽快であればいいのですが、大体異世界というのはそういうバランスが上手くいっていないことの方が多いもの。
本当に異世界に行くと、ラノベとは違ってチートが足りないということでバランス調整できてないと感じます。
ただひたすらに歩くラノベとかごめんなのですが。
起きてしまったこの状況を現実として直視したとき、私は現実性を求めるべきなのか、架空として楽しめばいいのか判断しかねましたね。
そも楽しめる気がしないというのもありますが。
いざ自分の命がかかっているとなると、こういうのはクソと言われるほどにチート満載でなければサバイバルできる気がしません。
見知らぬ国で、
見知らぬ技術があり、
幸いなのが言葉が通じるとしても、
金も地位も知り合いもいない。
異世界という要素を抜いて現実的に考えたら、やっぱりハンデがないと鬼難しい難易度です。
それにこの電波のなさそうな世界での【充電】にしろ歩行制限の【停滞】にしろ、どちらも言いようがないほどに外れスキル。
これが某『大賢者様』や某『盾』みたいな便利さがあればまだ何にもない草原でも生存確率が高まるというものですが、異世界のくせして出し惜しみやがりましたか。
唯一の救いはあのウィンドウが出て来てくれたことですかね。
ウィンドウのサイズ感的に新しいスキルが手に入る可能性はあり寄り。
ただ問題は解放条件が不明ですし、何より伊勢丸卿の【停滞】のスキルの派生ともなると、マイナススキルが出てくる可能性も捨てがたい。
それで伊勢丸卿が第二のヘレンケラーにでもなったら……
その不幸を糧に私だけでも生き残りますか。
「花崎ぃ……なんか見つけたかぁ?」
「右斜めに大きな木があります」
「他には……?」
「空に浮かぶ雲が大きいです!」
「……そうか」
虚ろな目で地に目を落し続ける伊勢丸の姿はまるで絶望して床に臥す重病人。
かつて学校内でも見たことのない絶望ぶりに物珍しいものを見た気分。
敵がいれば倒せずとも貶し、不公平があれば調整せずとも屁理屈で返す、そうやって生きてきた分こういう目に見えない理不尽には慣れてないのだろう。
彼のそういう曖昧な人生だからこそ【停滞の因子】だ。
「露骨にテンション下がってるんじゃないですか。異世界無双ハーレムキングダムとか言うメアリースーの怪物を考えていたくらいには妄想たくましかったようですから、現実とのギャップにショック受けてるんすか?」
「プラスされるはずが、マイナスされたんだぞ……肩パッドを抜かれたような気分だ」
「意思疎通能力の低下が著しいです、一番体力使ってないはずなのに一番精神的に来てるとか、メンタル弱すぎませんかね?」
「お前は異世界に召喚されて足をもがれてもそういえんのか?まぁ、花崎という足を持つ俺にはあまり損害はないが、それでもナチュラルフットが使えないのはとても辛い……辛すぎて今にも吐きそうだ」
「セカンドフット、花崎です!」
「花崎、うるさい」
花崎の言葉に最後の力を振り絞って反応すると、そのままがくりと頭を垂れた。
だが、その瞬間に伊勢丸の眼前にあのウィンドウが出現した。
これは早くも新たなスキルが?
『条件達成 スキル【重荷】 を取得しました』
ウィンドウにはそう書いてあった。
伊勢丸は水を得た魚のように目を輝せる。
やはり、他にもスキルは入手できるようになってるか。
デメリットが大きすぎるスキルを得た彼でしたが、その反動でかスキルを手に入れる速度が速いですね。
まぁ、それを相対的に比較するための私たちもまだ新スキルの習得はできていないので評価は完全ではないでしょうが。
ただ【重荷】というこの言葉……ニュアンス的にまたもやいらぬスキルな予感がします。
と、私の不安は他所に伊勢丸は取り戻した生命力をふんだんに使って、誇らしげにしゃべりだした。
「うぉぉぉ!ニュースキル【重荷】!さすが俺のスキル、成長が早い!あれか、俺はスキル自体は弱いものが多いが、手練手管で補っていくタイプのスキルマスターか!早速確認するぜ!」
「【重荷】って時点で落ちが見えてる……」
―――――――――――――――――――――
スキル:【重荷】
己を運んでいる乗り物の行動範囲を
発動した座標を中心に
直径1mまでに狭める。
―――――――――――――――――――――
覗き込んでみるとあからさまに弱いスキルが書かれており、さっきまで有頂天に達していた伊勢丸もテンションが一瞬で融け切った。
あー、停滞系のスキルのようですね。
このスキルツリーは本当に使えないものが多そうだ。
「めっちゃ、要らん。萎え過ぎて枯れ木になりそう。手練手管っつーか自縄自縛だわ」
「なるほど、こんな感じで不明条件を達成するとスキルが解放される感じですか。伊勢丸卿、初めてのアクティブスキルなんで使ってみて下さい」
効力がいかほどのモノなのかは見てみたくもある。
ほとんどスキルに関する実験のようなつもりではあったが、このスキル単一の結果から他のスキルの効果を予測するのはかなり厳しいだろう。
とはいえアレも立派——でなくとも条件達成で得られたスキル。
私の【充電】に比べれば、妨害系スキルを持つ敵が現れたときに指標にできるかもしれない。
ここではすべてあり得ない事柄が起きているため、そこいらの地球の常識が通じない敵と呼べる存在がいるやもしれない。
注意するに越したことはない。
「使うっつても……【重荷】」
伊勢丸が面倒さそうにそう唱えても空気や空間に変化はない。
効果的には結界を張るのではなく、やはり搭乗しているものの動きを制限していると考えた方がいいな。
「では、花崎一等兵。伊勢丸卿を持ったまま動いてみてください」
「はーい……あ、あれ?進めない!いつもの三倍力があるのに。これが伊勢丸さんのスキルなんですね!足を引っ張る系のまさに伊勢丸さんを現したようなスキルです!」
花崎は伊勢丸を担いだままに適当な方向に向かって歩んでいたが、鎖にでも繋がれたようにある一定の範囲からは出られなくなっていた。
封じ込めのスキルとしては条件難易度のリスクと行動制限のリターンを天秤にかけても全然リスクに傾くものだ。
しかし、今回はリターンに重りが乗っていないわけではない。
自称天才様の頭をもってすればきっと何か思いつくだろう。
「ほめてるつもりなんだろうが、普通にダメージだ……幸い精神異常耐性ついてるからかそこまで傷つかんがな」
そういえば、【停滞】って諸々の耐性のデメリットとして歩行制限がついてるんでしたっけね。
とても釣り合っているようには思えませんが、ただの罵倒程度は心に響かなくなったようですね。
あれ?でもそうなると——
「さきほどから、吐きそうやら萎えるやら言ってたのは何だったんですか?」
「それはなんか愚痴りたいけど、愚痴ることない時のアレじゃん?授業終わりに『疲れたね』から始まる会話みたいなもんよ」
偶にあるこの人の変な癖の一つですか。
ですが、『疲れたね』という切り込みのテンプレから始まる会話をしていた覚えがないのだが?
あなた私達以外に交流ないのにそんな社交性に富んだ考え方してましたか?
どちらかと言うと先制攻撃か、ジャブ程度の罵倒を下卑た笑いと共に言うのがあなたのイメージなのですが。
「まったくピンときません……花崎一等兵、伊勢丸卿を降ろした状態でその見えない縛りから出ることはできますか?」
実験の方を再開する。
【重荷】の効果の適応範囲については気になるところが多いですね。
何処から何処までが『己を運んでいる』に入り、何が『乗り物』と判定されるか。
花崎卿に【重荷】が効いたのを見るに人も担げば乗り物判定になる感じでしょうか。
さて、そうなると次は一時乗り物と判定されたものは未だに【重荷】の効果を受けるのか。
「えーっと、ちょっと伊勢丸さん置きますね……あ、普通に動けます!」
花崎は普通になんの足かせもついてないのを示すように三倍となった脚力で百メートルをものの五秒とかからずに疾走する。
ああ……あんなに早いのか。
改めて異世界だということを思い知らされる。
一通り気が済んだのかこちらに戻ってきて額の朝を拭いやり切った溌剌な笑顔を浮かべる花崎。
別にあなた走ってただけなんですけどね。
「おい、草がこそばゆいぞ。早く持ち上げるんだ。ついでにおんぶの態勢で」
草の上にほっぽり出されて肢体を投げ出して寝転がっている伊勢丸が地に伏しながらも、民を見下す暴君のように花崎に命令する。
いつも思いますが、どうしてその立場でそんなことが言えるのか。
それでも花崎は嫌な顔一つせずに今度はちゃんと伊勢丸をおぶってあげた。
「伊勢丸卿、良かったじゃないですか。少なくともクソスキルではなくハズレスキルというだけのようでしたから」
「外れもクソも要らぬ。もっと絶妙に真価発揮出来てなさそうな隠れた逸材スキルきて欲しいんだよ。俺は」
「2つもゲットしたんですから良いじゃないですか。多くを望みすぎると痛い目を見ますよ。あ、そうだ、スマホ持ってるなら貸してください。私も【充電】を使って新しいスキルの達成条件を探って見たいので」
「ッチ……壊すなよ」
そう言ってズボンのポケットにしまっていたスマホを取り出すと、私に向かって投げつけてきた。
壊すなよと言っておきながら、こんな受け渡し方法をするとは矛盾ではないかと思ったが、いつものことなので指摘するのは無駄だろう。
「壊しても別に使えないんだからいいじゃないですか」
「スマホがもしかしたらこの世界の文明の利器の最終ボーダーであり、莫大な資産を生みかねない最強のアイテムになるかもしれないんだ。クソスキル塗れのうちのパーティーには文鎮も立派な戦力ということだ!」
文鎮か、言い得て妙だ。
幸いにも私が【充電】というスキルを持っているおかげでこのスマホは文鎮にとどまることはないのだが、それでもオフラインで使える機能など写真や計算機くらいなものだ。
それでも私たちの中では立派な戦力になる。
ともあれ旅路はまだまだ続く。
作者「実は伊勢丸君の【重荷】ってスキル、元の名前が【停泊】だからたまにちょいちょい【停泊】ってなるかもね」
伊「誰だよ、どの視点だよ、お前の表記ゆれなんて知るわけないだろ!」
作者「だから、謝罪してもらおうかと思って」
伊「はぁ?何お前処されたいの?え?ぶちこ?ぶちころ?」
作者「ほら……謝って……雑魚スキルなのに表記ゆれもあってごめんなさいって、ほら」
伊「俺なんも関係なのに!……ぐぅ、雑魚スキルなのに表記ゆれがあってごめんなさい!言ったぞ!」
作者「頼めばなんでもしてくれる伊勢丸君だぁ」
伊「その言いかたは語弊を産むぞ!控訴する、控訴!」