無知の痴
神薙の考察はほとんど正しいだろう。
異世界に特典スキルがあるのは世の常だ。いや、異世界の常。
そんな常があるせいで異世界ものというのは説明を省きがちになる。
俺は何の話をしているんだ……まぁスキルの必要性、秀でるギフトというのは絶対必要だ。仲間であれ、何であれ、見知らぬ世界というのは過酷で牙を剥くもの、生き残りたければそういうものに縋るしかない。
だから、スキルという名が指し示すそれが、この世界を生き抜くだけの羅針盤になると、俺も直感でわかる。
「なるほど、俺も見てみようその特典とやらを、『スキル』でいいのか?」
「あ、じゃあ、僕も見ます!『スキル』!」
俺と花崎の前にウィンドウが出現する。
先ほどは消えてしまったウィンドウだが、どうやら一回しか見れないみたいな所見殺しはなさそうだ。
どれどれ何が書いてあるのかな?
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伊勢丸 貴
【停滞の因子】
善悪或いは進退を自身で決めることを放棄したものが
持つ因子。この因子は所有者の心の在り方で変質する。
スキル:
【停滞】
自身に精神異常耐性、毒耐性、物理攻撃耐性、熱耐性を付与する。
歩行を制限する。
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は?
いや、うん。
色々突っ込みたいことがある。
四つも耐性がついているのはいいことだと思うよ?
前線に出て戦うことはあまり想定してなかったからさ、攻撃系のスキルじゃなかったことは全然想定なのよ。
毒耐性とか異世界においては生存率が他の人間より、2倍くらい跳ね上がったって言っても過言じゃないからさ。
え?
歩行が制限される?
なんかさっきから驚くたびに転んでるから、なんかおかしいとは思ったけどこれってそういうことなの?
「って伊勢丸卿、さっきから顔を青ざめさせてどうしたんですか?思っていたスキルと違いましたか?ま、私も『充電』とかいうスキルだったんでどんぐりの腕比べですがね」
さほどがっかりしていないようにいうことで、俺は逆に憤りを覚えた。
「背比べだろが。あ?……『充電』だと、なんだその神スキル!俺の『停滞』と交換しろよ!こちとら、移動制限かかってんだよ!なんだ歩行の制限って、アキレス腱両断レベルの事故スキルじゃんかぁ!動けなかったら、毒も物理も熱もねーんだよ!」
足をペシペシと叩いてことの重要さを訴えるも、まるで響いていないようである。
「どんなの引いたんすか……これは酷い。それにしても『停滞』ってすごくお似合いなスキルっすねぇ。控えめに言って大爆笑」
神薙が俺のウィンドウを覗き込んで、その無表情が若干の嘲笑を帯びたように見える。
こいつは元のスペックが大体平均かそれ以上だからこういう反応ができるのだろうが、こちとら足が使えないだけでも致命傷並だ。
というか、誰しも移動できなくなるのは由々しき事態だろう。
「大爆笑っていうなら笑えよ!ちげーわ笑い事じゃない由々しき事態だわ!俺の命に関わる!おい、花崎お前は大丈夫か、三日後に死ぬとか書いてないか!?」
口ではそういうものの、少しだけ己より不幸であれという感情が芽生える。
いつもだいたい貧乏くじを引いたときはそう思っているのでな。
畜生めが!
羅針盤が最初から壊れているとか、もっと方向性を選んでしろ!
「え?僕のスキルは【身体強化】だそうで、いつもの三倍くらい力持ちらしいです」
「「ッチ」」
「そうか!じゃあ、俺をおんぶしろ!俺は呪いで動けん!ってか、この中で一番まともなスキルが花崎だということに若干不公平さを感じる」
「日頃の行い、ですかね。ま、花崎卿がいればしばらく運搬には困らなさそうです。これで誰一人力持ちがいなければ、あなた一人ここで生涯を終えることになっていたでしょうね」
「クソ!グーの手も出ないッ!」
「グーの音だろ、ボケて現実から逃避しないでください」
「花崎!よくやった、よく今まで善人として生きてきてくれたな!俺はお前が誇らしいぞ!」
涙ながらに花崎の両肩をつかんで揺さぶる。
本当に持つべきものは友人だな!
「えへへ!それじゃあ、担ぎますね。よっこら正一はポップコーン」
「その正一は懐かしすぎるって」
高校生にしておじさん臭い掛け声を出す花崎は俺を正面から腰のあたりで抱き上げるとそのまま俺の腹部を奴の肩部にあてて抱き上げた。
俺の頭は奴の背中方面で地面の方に向いており、肩に押された腹部は圧迫感を感じる。
少しでもずれれば鳩尾にはまって呼吸すら難しくなりそうだ。
「……俺はおぶれ、と言ったんだ花崎。しかしこの持ち方は、引っ越しの時に段ボール箱を運ぶ時のヤツだろ。俺が段ボール箱じゃないというのは知っているか?」
「実際大差ないほどにお荷物ですがね。さ、花崎一等兵まっすぐ進みましょう。当てもなく歩くことになりますが、ここにいても何もない。ほぼ運ゲーです」
そう言って我ら三人衆は歩を進めだした。
どこまで行っても緑だらけで時折短い木があるが、それに木の実が実っているなんて好都合なことは起きえないだろう。
ただこの夏になり掛けてる春のじんわり日光が強い感じを抑えるために日陰として使うかもしれないが。
それよりも俺のこの待遇に寂しさというか、悲しさを感じる。
これが世に言うやるせなさか。
「うぅ、何たる屈辱。このまま頭が下を向いていたらリバースカードオープンしてしまいそうだ」
「サイクロンでも大嵐でも何でもいいんで、除去してください」
「伊勢丸さん、事前に吐いておけばノーリスクハイリターンってやつですよ!」
これをこいつらは素で言っているから鬼畜だよな。
まじで先に吐いた方が安心安全とか、机上の空論だと思うんですよ。
理論的には完ぺきだったってどこのソに連なってるんだよ。
「ハイリスクハイリバース……花崎、とりあえず態勢を変えるという案はお前の頭の中では思いついていないのか?」
「え?アハハ、伊勢丸さんの嘔吐とかちょっと興味あるじゃないですか?」
「「……え?」」
「ん?なんです?」
「「……いや、何でもないです」」
これ以上深入りしてはいけないと、俺と神薙は問うことを止めて歩くことを再開した。
こうして異世界にきて早々、徒歩が禁止され、部下のいらぬ深淵に足を踏み入れたことに俺は心の中で発狂した。
伊「ぐぁぁぁあ↑ぐぇぇぇぇ↓うぉぅぅぅ……」
神「ガマガエルみたいな鳴き声あげないでください」
伊「俺は一生をピパピパの如く花崎に背負われて生きていくしかないのか……」
花「ピパピパって何??」
ピパピパ、またの名をコモリガエル。
背中に子供を背負って育てる。