3-12
※ミラベル視点
ミラベルは乙女
お風呂からあがり浴衣というものに着替えた私は工房内を散策していた。
今はいつの間にか出来ていた、もしくは既にあったのかもしれないがちょっとしたガーデンに来ている。自然を感じられてとても落ち着く場所で、どこからか流れてくる水が心地よい音をたて、心を静めてくれる。
「………ミラ?」
ふと、背後から声をかけられる。そこにいるのは浴衣を着たクリス。
「良かった。探していたんだ」
そういって優しく微笑み、歩み寄ってくる。とりあえず近くに設置されていたベンチに二人で座り、クリスが持ってきたお茶に口をつける。
「凄いな、彼は。恐ろしいよ」
ふと、クリスがそんなことを呟く。
「僕は勇者として訓練し、実力もつけてきた。何れ魔王と戦うことも視野に入れて、ひたすらに鍛えてきた」
私は黙ってそれを聞く。クリスはこんなではあるが根は真面目である。勇者という称号に驕ることもあるが、決して鍛錬を怠ることはない。ずっと上を見ている。
「でも、彼は別次元だ。あの男の作ったゴーレムでさえ、僕達は勝てなかった。聖剣を使ってないからとかそんないい訳はしない。
………それに、彼の工房は凄い。きっと我々では決して作り出すことのできない楽園とさえ思う」
これには正直驚きを隠せなかった。あのクリスが素直に彼を認めている。熱でもあるのだろうか。
「信じられないって顔だね。まぁ、無理も無いか。
大浴場で少しね、彼と話したんだ。魔王と勇者が同じ湯船に浸かるなんて思いもしなかったよ」
「それは前代未聞ね」
そういうとクリスは確かに、といって苦笑いする。
「ミラはあの男が気になるかい?」
あまりに直球な質問にお茶を吹き出しそうになるがなんとか耐える。デリカシーというものを彼には知ってもらいたい。
「私の世界で、ジークみたいな男は初めてだった。セラもカガリちゃんも楽しそうで………羨ましいわ」
「羨ましい?」
「だって、二人はジークのことを心から信頼してて、ジークはそんな二人を大切にしている。二人が大切なものまで、丸ごと守ってくれるのよ」
「それは………彼が強いからか」
クリスなりに考えた結果がこれだとしたら、まだ足りない。確かに強いけど、それだけなら私もセラ達もあそこまで信頼するはずがない。
「理解してくれるから。貴方が目を反らしたことを、ジークは真っ直ぐ見てそれを受け止めた。だからセラはジークを信頼しているの」
「………僕はいつだってセラのことを考えて、大切にしてきたつもりだ」
その返答にため息を吐いた。少しだけ成長したようだけど、クリスはまだまだ手の掛かる弟ポジションから抜け出せそうにない。
「だからダメなのよ。よく考えて?」
そういって立ち上がるとその手をクリスが弱弱しく掴む。
「君は、いくのかい?」
どこに、とは言わない。でもそれは私にもわかるので、その手を払って向き合う。
「さぁね。………少なくとも、私もセラもただ守られるだけの女の子じゃないわ」
それだけ言って私はこの場を去る。
このあとどう思って、どう行動するかはクリス次第。………願わくば最悪の結末だけは避けられたらいい。
そんなことを考えつつ私は、気が付けば訓練場のほうへ足を向けていた。




