9-17
※リナルド視点
―――我々は敗北した。
魔王ジークが去り、残された我々は撤退の準備をしている。
治癒魔法をかけられている高峰殿を見る。………彼は強い。そのスキルは間違いなくこの世界で最強といえるものだ。あらゆる攻撃は届かず、あらゆる防御は意味を成さない。その身体に秘めた魔力は熟練の魔法使いが束になっても及ばない。肉体も同様に強化されており戦闘経験はないため立ち回りにこそ不安はあるがそれを補って余りある力を持っている。
まさに異世界から来た勇者。この世界に光を齎す存在―――であるはずだった。
魔王を名乗る男、ジーク。彼は高峰殿を遥かに凌駕する存在だった。高峰殿のスキルを支配し、封じてみせただけでなく戦闘技術も目を見張るものがある。その上に魔力と身体能力も圧倒的に上となれば勝てる要素はまるでない。
アナスタシア聖騎士団が一丸となって高峰殿を援護して戦ったところで一蹴されて終わるだけだろう。幸いとするなら彼はこの世界に興味を示していないためあまり表立った活動はしてないということだろうか。
「くそっ!くそぉ!あの野郎、馬鹿にしやがって!」
傷も癒えて痛みが引いたおかげで怒りが沸きあがってきたらしい。我々では何をいっても火に油を注ぐだけ。ここは彼女達に任せてオルトランド皇国に戻る準備をしなくては。
「とにかく戻りましょ。あいつが見逃してくれたんだから、次ができたのよ」
「そうそう。アイツのスキルとの相性が悪かっただけよ」
「それは………そう、だけど」
敗北しても仕方ないという理由を心を許した相手に貰えれば納得できたらしい。それから高峰殿は大人しく馬車に乗り、特に騒ぎ立てることもなかった。
「ねぇ、リナルド」
本国に進捗の報告を終えたとき、タイミングを見ていた弓を背負った少女………リナリーが声をかけてきた。
「どうしましたリナリーさん。私達は親しい間柄ではないということになっているんですよ?」
「いいのよ、どうせ高峰総司は馬車で大人しく寝てるわ。可愛い女の子の膝枕でね」
リナリー………彼女は我々の側の人間だ。高峰殿を勇者として活動させる上で彼に寄り添い、奉仕し、守られる存在。それがいる限り高峰殿は満足するしこちらの指示も受けてくれる。御しやすい、とはいったものだ。
「私は忙しいのだ。何かね」
「忙しい………ねぇ。いいじゃない。アタシなんてアイツの相手よ?イケメンでもなければそっちのほうが上手なわけでもない。ベッドの上で演技して勝手に果てるのみて笑顔を向けるのがどれだけしんどいか分かるかしら。
あーあ、あの魔王が勇者だったらなー。イケメンだし夜も期待できそうだし」
………これは聞かなかったことにしよう。男としてだいぶ悲しい話だ。
「だがあの男はそんなことで懐柔できはしないだろう。侍らせているメイドも一国の姫君と言われても納得できるほどの美女だ」
「それねー。何かないかしら」
「それを探るために本国へ戻るのだ。
教皇様に進言し、女神アナスタシアの神託を賜ることができれば打開策もあるかもしれない」
そうなれば魔王の悪行もここまでだ。我々はまだ敗北したわけでない。そう、我らには女神アナスタシアがいるのだから―――
(女神、女神ね。ばっからし。なんでコイツらここまで馬鹿なのかしら)
―――心は、常に一つとは限らない。




