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※ミレイナ視点
圧倒的な力。
それしかこの状況を表現する言葉が出てこなかった。
私は街に住まう人々のため、この命を落とす覚悟でこの砦に来た。
最期にセラフィと言葉を交わすことができてよかったと、しかし彼女の願いを止めることが出来なかったことを悔やみながら死ぬのだと思っていた。
しかしそれはまるで泡沫の夢であったかのように吹き飛んだ。
「さて、お嬢さん。名前を聞いてもいいかな?」
戦場だというのにまるで街でナンパをするかのような気軽さでジークは魔族の少女と話をしている。
一見すると顔立ちの整った気さくな青年にしか見えない。だが先ほどの黒い剣を大量に生成し、魔物軍勢の3割を削り、それだけのとどまらず砦を破壊するために控えていた魔物をピンポイントで雷撃のような魔法で壊滅させてみせた。
規格外の魔力と、規格外の魔法。そして魔族の視認するのも困難な槍撃を顔色一つ変えず防ぐ体術。彼の口ぶりからするとまだ余裕だというが内包する魔力を看破する魔法を使用して確認すると彼の纏う赤黒い魔力が彼の姿を隠してしまうほどの濃密さを未だに維持している。
「これが………ジークの、いえ、異世界の魔王の力」
「凄い………」
隣でセラフィとカガリさんが呟く。
異世界………異世界の魔王?そうだとするなら尚更腑に落ちない。魔王が何故人の味方をしているのか。何故、セラフィ達と共にいたのか。まさか洗脳されているのではないか?そんな焦りが私を駆り立てる。
「セラフィ………!異世界の魔王って本当に………あの男は何者なの!?」
思わずセラフィの肩を掴み問いただす。セラフィの魔力は減少しているが乱れもなく、洗脳等の痕跡も見当たらない。正常だというなら尚更異常である。
「それは………その―――」
「待ってください、ミレイナさん。詳しくはこの戦いのあとジークを交えて話します。今は、まだ脅威が去ったわけではありません」
カガリさんの言葉で我に返ると血の気が引いていく。私はなんと愚かなことしたのだろう。戦場の只中で司令塔である私が冷静さを欠くなどあってはならないというのに。
「………ごめんなさい、カガリさん。貴女の言う通りよ。セラフィも、ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。私こそごめんなさい。ちゃんと終わったら、話しますから」
砦に迫る魔物はまばらで手負いか小型。私の配下だけで十分対応できるレベルとなっていた。
その張本人は魔族の少女と話をしている。………本当に、何者なのでしょうか。
「へぇ、リーベちゃんか。可愛い名前だね」
「可愛い言うな。ちゃん付けするな。私はこう見えて長生きなんだ。リーベさんと呼べ」
………何故か打ち解けているように見えるのは気のせいなのでしょうか。
「だが断る。君を含む全員をこのまま見逃すから魔王に伝言頼める?」
「………なんだ?」
信じられないことが続いて本当に彼の精神はおかしいのかそれとも私達の感性がおかしいのか、頭がごちゃごちゃになる感覚に襲われる。人間の味方であるなら何故魔族を見逃すのか、もしくはスパイだとしてもあれだけの力を持つならそんなことする理由がない。彼は、何が目的なのでしょうか。
「お前らが勝手に戦争する分には構わん。だが、俺の邪魔になるようなら容赦なく排除する。魔王の逆鱗に触れぬよう気を付けることだ」
そう言い終えると同時にジークの身体から赤黒いが魔力が放出され、呼吸することさえ苦しくなるほどの重圧と殺気で満たされる。
「………魔王!?」
魔族の少女が驚くのも当然。何故魔王が人間の味方をするのか、同胞を殺めたのかと。それが虚言であれどその力だけは真実であり魔王と呼ぶに相応しい暴虐の力。
リーベと呼ばれる少女は歯噛みしつつも背を向けて砦を後にした。
―――残るものは魔物の亡骸のみ。




