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少女は文学部に夢を見ない

10月。神無月。

暦の上ではとうに秋だというのに今年は30度を超える暑い日が続いていた。

流石に蝉の声はしないけれど、衣替え移行期間だというのに生徒達は誰一人として冬服を着ていない。


山田慧子(けいこ)がじんわりと脇の辺りに汗を感じるのは、暑さのためか、それとも美人の女教師に蛇のように睨まれているからか。


「今日君に残ってもらったのは他でもなく進路調査の件だよ。」


栗色のふんわりとしたボブヘアーに女子アナが着るようなワンピースを合わせた色白で華奢な女教師は、そのフェミニンな容姿に似合わず男のような口調で話す。


山田慧子は詰め寄るような女教師の迫力にたじろぎながら、私の進路調査に何か問題があったでしょうか、と首を傾げた。


「別に問題があるわけではない。私は基本的に生徒の意思を尊重する教師だ。ここは進学校だが、生徒が就職を希望しても特に反対はしないし、学年ビリの落ちこぼれが慶應に受験すると言っても無理だとは決して言わない。

………だが、君の進路に関しては。」


美人の担任はそう言葉を切ると、クリアファイルからA3二つ折りの紙を取り出して慧子の方に押しやった。


「これは夏休みに君が受けた模試の結果だ。例の如く、()()()また全国1位だよ。」



慧子は広げられた結果表を見た。

受けた科目は国数英。各教科の成績バランスを示す円グラフは国語のところだけ突出している。


「そのようですね。」


慧子が淡々と答えると女教師は眉間のシワに指を当てた。


「今回だけじゃない。その前の模試の時も1位だ。高校入試の時もこの私が作った問題で君は満点を取っている。」


「たまたまです。運良く勉強したところが出題されただけというか。」


慧子は心の中で舌打ちをしていた。

ミスったなぁ。

こんなことになるなら二、三問わざと間違えておけば良かった。



「君には物語と向き合う力があると、私は思う。」


慧子は目を丸くした。

物語と向き合う力?

これまでにも文章力があるとか読解力があるとかは言われたことがあるけれど、そんな表現で評価されたのは初めてだ。


「君がただ国語が()()()()()ならば私はこういう表現はしない。テストはテクニックだからね。物語と向き合う力がなくても、テクニックで満点を取る学生は日本中にいくらでもいる。だけど、君の書く解答はただ正解するためだけのつまらない答えじゃない。」


「買い被りすぎです、美々野先生。」


「買い被りなもんか。例えばこの間の休み明けのテスト。あれで私は芥川の『羅生門』の下人の勇気について問う問題を出したね。限られた文字数の中であそこまで鋭い解釈を打ち出すのは、大学院で専門的に研究している人間でも難しいだろうよ。」


それなのに、と教師は机の上で握った拳を戦慄かせる。


「君は理系学部を目指すという。どうして文学研究者を目指さない?」


「どうしてって………。」


慧子は耳の少し上で二つに結んだ髪の毛の右側の束を、所在なさげに指に巻きつけた。


「だってこのご時世ですよ。大学から文学部が消されようとしてるこのご時世で、文学研究者を目指すなんて現実的とは思えません。」


「しかし君ほどの力があれば無理な話じゃない。」


「だから先生は買い被りですって………。それに、」


文学なんて研究したって何の役にも立たないじゃないですか。


そうボソリと言って慧子は俯いた。


国語教師に向かっていうべき言葉ではないことは分かっていた。けれど、あまりにもこの教師が無神経に自分の将来に干渉してくるものだから言わずには居られなかったのだ。


教師の唇が「それは違う」と言いかけたのを遮って、慧子は椅子から立ち上がった。


「ともかく私は文学研究をする気はないんです。アドバイス頂いたのに申し訳ありません。それでは。」


鞄をさっと肩から下げ足早に出て行く慧子。

ツインテールが揺れる背中を見送って、教師はがしがしと頭を掻いた。


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