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棄児院と迷いの森(後編)

道案内に連れられ久々の棄児院に足を踏み入れると、こさっぱりとした髪型をした小柄な少女が私のことを出迎えてくれる。


 ――彼女の名はウパ。


 私よりひとまわり年下の夢魔で、歴代最年少の棄児院長ということになっている。

 そしてまあ、やはりというか、私が勝手に森に入ったことに対するいつもの聞きなれたお説教が始まった。


「ドミノさん、この森で自分が迷子になるってことわかっててやってますよね?」


 えーっいいじゃない。私はみんなの作った新しい迷いの森にチャレンジしたかったんだよ――。


**


 家の中、土間を覗くとさっきの子供が汚れた足をたらい水ですすいでいる。


 ……いや、あれは水などではない。湯だ。

 贅沢なことに、彼は沸かした熱い湯を足の汚れを流すのに使っている。

 そしてあたりをよく見ると、なんと土間の片隅にやけにこじゃれたバスタブらしきものまであるではないか。


「――だって人前に出るときくらいは身綺麗にしないと軽く見られるって、一番はじめに言い出したのドミノさんじゃないですか」


 ……どうやらこの風呂の風習は私の言いつけを守った結果生まれたものらしい。


「でも大変じゃないのお湯の準備。わざわざ水汲んだり薪割ったり、子供たちだってあんな重労働好き好んでやりたがんないでしょ……」

「ええだから、そういう大変な仕事はだいたいホフさんがやってくれますよ。今日だって私が街に出掛ける日だからって、わざわざ早起きして新しいお湯の準備までしてくれて――」


 ……ああなるほど、あの人か。


 そう思い奥に目をやると、細身の中年男性が大変そうに桶で湯を運んでいるのが見える。

 そしてこちらに気づくと気の良さそうな笑顔で会釈をして、子供部屋のほうに大きな声でこう言い放った。


「おーいみんな!棄児院の歌姫様が来たぞー!」

「わーいドミノお姉さんだ ねえねえさっきの変なお歌うたってー!」


 奥の部屋から現れたのは、目を輝かせて私のもとに駆け寄る夢魔の幼児たちだった。

 

**


 夢魔が夢の主に寝言を言わせたいときは、夢の中で実際に発声をさせるのが確実だ。

 その声は現実世界で明瞭な寝言となる。

 だが、寝言を言わせる相手が小さな子供だった場合、その難易度は著しく跳ね上がる。

 小さな子供はほんのわずかな刺激で眠りから覚醒してしまうからだ。


 そういうわけで、子供に寝言を喋らせる手段を私はいろいろと考えていた時期があった。

 そして私が編み出したのが、この歌のお姉さん大作戦なのである。


-------------------------------------------------------------------------


 そうなんだ♪そうなんだ♪みちにまよった そうなんだ?

 おねえさんがまいごになっちゃった だれかたすけてー!


 ほくほくせい♪ほくほくせい♪

 おねえさんのいーるのーはそんなにとおくじゃなーいよ♪

 みちなりにあるいたら ほくほくっとはしてないけーど

 おいしいもーのたくさんかかえてまってるかーらねー♪


 じゅんびができたらおへんじほしいな

 おにいさんおねえさんならきっとわかるよね?


          即興曲「おねえさんそうなんだ」 作詞作曲 ドミノ

----------------------------------------------------------------------------


 ――これが今回、夢の中で子供と一緒に歌った変なお歌の歌詞の全容である。


 子供でも分かる簡単な言葉を楽しいリズムとメロディに乗せて。

 子供の歌声が楽し気な寝言となって漏れ出すまで、何度でも何度でもとにかく歌う。

 大切なのは、とにかく子供をノリノリに乗せまくって楽しませること。

 そう、ここでは楽しい夢を演出することがなによりも大切なことなのだ。

 子供にとってのごきげんな夢は、そうそう簡単に覚めることはないのだから。


**


 私はおもちゃのピアノをかき鳴らし、伴奏つきで自作の歌を歌ってみせる。

 その音を聞いて小さく跳ねる子供たち。さあご一緒にと促せばにぎやかな大合唱の始まりだ。

 ろくに娯楽もない棄児院で、私の来訪はそれなりに子供たちの楽しみになっている。

 いつだったか、そんな話をウパから聞いた記憶がある。


 だからこそ私は、わざわざこのなにもない場所へわずかな暇を見つけては足を運ぶようにしているのだ。


**


 ――帰り際、私はウパに子供に食べさせるお土産の甘いパンとお金を手渡す。


 棄児院は棄てられた夢魔の子供を養う場所。

 一応は自給自足を目指してはいるがなにぶん抱えている子供の数が多い

 よって、私のような外部の協力者からの援助がどうしても必要になる。


「でもさ、私たちのいた昔に比べたら驚くほどここの環境良くなってるよね――」


 ふと口から漏れたこの言葉は飾りなき私の本心である。

 だがウパはこの一言を、若き棄児院長の働きに対する最大級の賛辞だと解釈したらしい。

 彼女はこちらに身体を向けて、満面の笑みで私に言葉を返してきた。

 

「そうですよ、こう見えて私だってちゃんと頑張ってるんですからね――!」


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