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お風呂屋アナちゃん

 アナです。何やら緊急の用事が出来たとかでエステさんに呼び出されました。

 今大型浴場の一室で天使さんの細っこい身体を丹念にマッサージしています。

 

 街で噂のマリヤさん、よほど疲れたのか私のマッサージを受けながら熟睡中。

 一日中動き回ってお風呂に使って温まった後なので無理もありません。

 ひと段落着いたら厚手の毛布でも上から掛けてゆっくり休んでもらおうと思います。

 有翼人と聞いて少し身構えていたところもあるのですが、ただ背中に羽根が生えているというだけで

 いざ蓋を開けてみれば彼女は年の近いただの普通の女の子でしかありませんでした。

 パンパンに張ったか背中周りの筋肉をさすってほぐしたりもしましたが特別何の感情も沸いては来ません。

 もはや私もドミノさんと同じく、多少のことでは動じなくなってしまっているのでしょうが。

 

 

 そんなことを考えていると、小窓から檻車を引くエステさんとドミノさんが帰ってきたのが見えました。

 檻車の檻の中には黒光りする衣をまとい、なぜか大きな旅行鞄を抱える人物がひとり。

 衣についているフードはその人物の頭部をすっぽりと隠し、その人物の表情を隠しています。

 ですがあたりを楽しげにきょろきょろ見回すそのしぐさには捕らわれの身の悲壮感などかけらもありません。

 その檻の中の人物が、悪人でも罪人でもないことくらいおそらくは誰の眼から見ても明らかなはずです。

 

 ――ふと、その人物と目が合います。

 

 その人物は声を発することなく、遠間から私に小さく手を振ってきました。

 ですが手の形が不自然です。中指と薬指が何か意味を持っているかのように細かく動いています。

 それを見て私は瞬時に察しました。あれはエステさんに教えてもらった秘密の手信号です。


 手信号の内容はただの挨拶。大した意味などありません。

 ただ指の動きから左手と右手という意味合いが読み取れます。

 私はその意味を少し考え、部屋の小窓から両手を小さく振って挨拶を返しました。

 それに反応して黒衣の人物の指の形が両手の親指を立てるハンドサインへと変化します。

 ちょっと大げさなくらいの称賛です。私の意図はその人物に一応は伝わったようでした。

 

 

 そしてその黒衣の人物の乗った檻車はこの浴場の前に停車、、エステさんとドミノさんの案内により施設内へと導かれます。

 中に入るや否や、その人物は黒光りする上下ひとつながりの衣服をとても暑そうに脱ぎだします。

 その中から現れたのは銀髪の髪を束ねた、息をのむような美しさの女性でした。

 ですがすぐさま、私の意識はその整った顔立ちには向かなくなります。

 

 この人物が肌を晒した途端、室内に刺激の強い謎の臭気がぶわっと充満したからです。

 

 まるで高級なブランデーに香油を混ぜて床にぶちまけたかのような強烈な揮発香。

 ほんなわずかに嗅ぐだけで全身はにわかに熱くなり、息は詰まり心臓が激しく脈打つのがわかります。

 


 そんな私の異常を察したエステさん、こちらに駆け寄り私の手にいくつかの飴を握らせます。

 曰く、口の中に入れておくだけであの臭気の成分を中和してくれる薬のようなものなのだそうです。

 

 エステさんの手には、先ほどの美女が脱いだばかり衣服。

 内側に銀の裏地が縫い付けられているこの服は、あの揮発香を漏らさぬための気密性の高い特別な衣服であるとのことでした。

 

 

 ――彼女はこの国の現王女、暗国のテテ。

 最愛の妻を戦争で亡くし、次の伴侶を探そうともしなかった現王にあてがわれた純血の淫魔なのだそうです。

 

 --

 

 そして同時に、このテテ王女は学者であり現在のエステさんの教師でもあります。

 この浴場の一風変わった脱衣所の設計図を引いたのも実はこのテテ王女。

 自分の設計した空間を見たい。王女様がここに立ち寄った目的はまさにそれなのだそうです。

 

 それを聞いて私は納得します。

 さっきから王女様は肌着姿のまま脱衣所内をひとりでうろうろ。

 そして規則的に積み上がった箱の棚を眺めてはにやにや。しばらくの間満足そうな笑みを浮かべていました。


 しばらくして、王女様は「せっかくだからお風呂を借りたい」と浴場の奥へ。

 それを受けてドミノさんは従者のようにその後に付いていきます。

 

 マッサージ室には私、エステさん、マリヤさんの三人が残されました。

 

--

 

 ――目の前にいる天使マリヤ誕生の経緯、街でひと悶着あったこと。

 ――そしてあの王女様の揮発香が汗腺フェロモンという強い成分であるということ。

 

 王女が入浴中の待ち時間に、マリヤさんの寝ている横で私がエステさんから引き出した情報はこの二つ。

 そう、この二つだけでした。この王女様が早風呂で突っ込んだ話をすることができなかったのです。


 ――私は揮発香を流すためだけに湯を借りた、王女様はそう告白します。

 

 汗をしっかり洗い流すことで件の臭気――揮発香はほぼ感じられないほどに薄らぐのだそうです。

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