アナの夢遊び(後編)
――十分すぎる時間と手間をかけた、品数豊富な朝食をアナちゃんといただく。
その食卓で、私はエステの夢の内容についてアナちゃんにその詳細を聞いてみた。
アナちゃんがエステとの夢でやっていたこと。
それはハンス君と話すきっかけ作りの練習であったり、遊びに誘ったり告白をしたりの予行演習であったり。
……ああそりゃ、私の夢なんか肌が合わないはずだよ。
夢の世界に求めてるものが違いすぎるもん……。
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「……でもさ、ハンス君ならパン屋に行けばいつだっているじゃん」
その気になれば声をかけるチャンスなどいくらでもあると私が言うと、それがなかなか難しいんですよとアナちゃんは口元を歪ませる。
ハンス君はパン屋のせがれ、アナちゃんは雑貨屋の娘。
ふたりとも家の手伝いであまり遊び歩くこともないので、楽しい共通の話題というものをお互いに持ちづらいのが現実なのだという。
つまり、勇気を出して話しかけてもたいして話が盛り上がらないということだ。
「……じゃあ、エステとの会話の練習って実はあんまり練習になってないんじゃない…」
「……ええ、そうですね、あの人かなり喋るの上手いほうですから……」
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そんな話で盛り上がりながらふたりでまったりしていると、ちりんちりんと事務所の呼び鈴が鳴り響く。
その音にアナちゃんがはーいと反応して玄関に駆け出す。
そう、彼女はここの受付嬢もしているのだ。
――あたりはまだ薄暗い。変だな、こんな朝も早い時間に誰が来たんだろう。
私はアナちゃんの後を追って、小走りで事務所の玄関先へと移動する。
そしてそこに立っていたのは、私がシーナちゃんの店で見かけるあの青年だった。
「……えっ、なに、ハンス君じゃんなにしてんの」
「ああ、ドミノさん、おはようございます」
――噂をすればなんとやら。
玄関先にいたのはなんとアナちゃんの想い人であるハンス君。
なんでも私に感化され、新しいことがやりたいと朝のパンの配達業務をはじめたのだという。
最近このへんで流行り始めた自転車とかいう乗り物に、店のパンが詰め込まれた籠が括り付けられている。
そしてこれはサービスですと、ハンス君は私たちに小さく切られた揚げ焼きパンを手渡してくれた。
これはハンス君の考案した新作メニューの試供品なのだという。
(ああ……これ、この前店で話してた売れ残りパンの揚げ直しだね……)
……だが味のほうはサクサクと甘く思いのほかよかった。
アナちゃんも私の横で普通に美味しくいただいていたようである。
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――さて、話は脱線してしまうがここで説明しておかなければいけないことがある。
私たちの夢の配達サービスは予約制。
お客様にはあらかじめ、発注票つきで料金を前払いしてもらう。
そして私は、その発注票に書いてある出張希望日時などを参考に訪問サービスのスケジュールや巡回コースを決めるのだ。
発注票と料金は決められた場所に預けてもいいし、直接私にこっそり渡してもらってもいい。
……そして今回このシステムが、ちょっとしたトラブルの火種となってしまったのだ。
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「……率直に聞きますよ!さっきのハンス君、絶対ドミノさんの夢を買いに来てましたよね!」
そう、私はアナちゃんに清々しいほどの思い違いをされている。
アナちゃんが例の揚げ焼きパンを持って事務所の中に戻ろうとしたとき、ハンス君は私を呼び止めてポケットの中から結構な額の大金を取り出し私に手渡してきた。
この光景をアナちゃんは、ハンス君が裏取引的なノリで私の夢を買っている、そんな風に解釈して受け取ってしまったようなのだ。
違う。私はただハンス君にエステの商品の代金を前払いしてもらっただけなのに。
「じゃあその商品てなんなんですか!そんな大金で売るようなものここに無いはずですよ!」
なんかもう話が通じる雰囲気じゃなくなってきたので、私は黙ってポケットの中身を全部テーブルにぶちまけて納得してもらう。
ほらね……ハンス君名義の夢の発注書なんて一枚も入ってないでしょ……。
……でもね、今回のこれは特別で、ほんとはこういう夢の売買に関する詮索ってご法度なんだよ。これでもうち、秘密厳守を謳ってるんだから……。