国営託児所と害獣課(後編)
――ははは、ダメでした。そりゃあもう清々しいほどの大失態でしたよ。
ええ、我ら害獣課職員一同は騒霊たちを一人たりも捕まえることができなかったんです。
いやー、姿の見えない相手との追っかけっこがここまで難しいとは思ってもいませんでしたよ。未熟な騒霊相手なら、動き回る物音やら足跡やらでもう少しなんとかなると思ったんですけどね。
……でもまあ、こんなもんかもしれません。
所詮僕らはたかがお役所のいち職員、組織の中では末端でしかありません。
姫お抱えの精鋭部隊と張り合える実力など、はなっから持ち合わせてはいなかったのです。
今回はいい経験になりました。あとの始末は姫の優秀な手駒たちに任せるとしましょう。
さあ害獣課職員の皆さん、みんなで一緒にいつものオフィスに帰りましょうか。
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そして害獣課オフィスで私たちを待っていたのは、私もよく知る託児所通信部の同僚でした。
【――掃討作戦は完遂。害獣課部署に無力化した騒霊たちの回収をお願いしたい――】
そんな指令が姫チームから届いたと、この同僚はわざわざそのことを知らせにきたのです。
害獣課のデスクにはすでに騒霊の位置を示す大量のピンの刺さった地図が広げられており、どの班がどの騒霊を担当するかの話し合いがすぐにでも始められるようになっています。
私もその地図を覗こうとしましたが、すぐさまそれを通信部の同僚に阻止されてしまいます。
「……局長、それどころではありません。ドミノさん案件です、至急戻ってください」
――――ドミノさん案件。
……えっ、ドミノさん案件きてるんですか。
えっ、ちょっと。私託児所に帰りたくないんですけど。
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――切羽詰まった表情の同僚は僕のささやかなわがままを聞き入れてはくれませんでした。
僕は託児所施設の一室に連れていかれ、苦悶の表情を浮かべる職員たちの仲間入りをします。
最悪です。ドミノさん案件とはそれすなわち、高難度の暗号解読業務にほかなりません。
――ええ、例の暗号唱歌です。
できることなら私だってあんなものほったらかしにして帰りたいですよ。
……ですがまあ、今の立場じゃさすがにそういうわけにもいきませんよね。
今の私、もうここの局長ってことになっちゃってますから……。
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ドミノさんが私たちへのメッセージをわざわざ詩的な暗号に加工する理由。
それは歌詞に隠された情報を伝達媒体である子供たちに悟られてはいけないという事情からです。
暗号唱歌はその特性上、ここにいる子供たちの記憶に深く刻み込まれてしまいます。
正確に歌詞を伝えるため、子供たちは最低でも十回は同じ歌を歌うことになるのです。
ですから暗号に使われる歌詞は、絶対にその真意を読み取られることのないよう徹底的に加工されます。
そしてこの悪意とも取れる独特の加工が、私たち通信職員にとって壁のような障害として立ち塞がるのです。
――まあ、それでもドミノさんの歌の暗号にはある程度の法則性がありますよ。
キーワードが隠されている場所は大抵歌詞の繰り返しですし、数字が絡む指示なんかはしっかりとその明確な数値を歌詞に盛り込んでくれます。ただ、問題はそれ以外の部分です。
あの人は昔から、街の人間が知るはずもない方言的な単語ばかりをキーワードとして歌詞に盛り込む傾向があります。
でもまあ、私ならそこも問題はありません。結局はローカル言語の知識量がどれだけあるかの問題なのです。
……ええ、ですからきっと今回も大丈夫なはずです。私だって伊達に何年もここに勤めてません。
過去に幾多のドミノ暗号の解読実績があったからこそ、私はこのお役所組織の局長というポストまで登り詰めることができたのです。そうですきっと、今回も何とかなるはずなのです。
――なぜなら私はドミノさんの暗号唱歌、その解読のスペシャリストなのですから――。
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……いやーびっくりです。今回のドミノさんの暗号唱歌には歌詞も旋律もついていません。
今私が見ているのが歌詞の書き取りメモですが、本物の暗号文を見ている気分になれますよ。
ドミノさんはここにきて、暗号化のセオリーを根底から引っくり返してきたということなのでしょうか。
【どんたどんたててつてつてべんべん】
【どんたたーつたつつたつたへいよー】
【どんてててててててててべんべんぶいべー】
【ちゅぷちゅぷたんどたちたつたどたちゅーじゅー】
はは……はぁ、すごいですよね。私もこれを見てしばらく頭が真っ白になりましたよ……。
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……ですがまあ、なんとかなりました。
ええ、私には辛うじてピンとくる部分がいくつかあったのです。
その合いの手に隠されていた音の響きは、はるか昔に棄児院にいた懐かしい友人の名と同じものでした。
私は軽くため息をつきながら、この友人らのこれまでの生きざまを思い返します。
そして私は想像力を働かせ、この暗号を無理矢理気味に意味の通るよう解釈しました。
「ええと……これは害獣課の檻車を貸してほしい、という伝言なのでしょうか……?」
私が不安げにそう声を発すると、うなだれていた職員たちからわっと歓声が上がります。
ええ、沸かないわけがありません。
通信部職員、暗号解読班、その他職員が総がかりで手も足も出なかった暗号なのです。
そうです。まさに奇跡です。解読した私ですら今回は奇跡が起きたとしか思えませんでした。
だって、出だしが「どんたどんた」の曲ですよ?
こんな歌に意味が隠されてるなんて誰が想像できると思いますか?
……ああ、ドミノさんお願いです。ここに棄児院出身者は私しかいないのです。
同郷にしかわかりっこないキーワードを暗号に組み込むのは切実にやめていただきたい――。
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――私はその後、檻車を手配してもらうため本日二度目の害獣課へと足を運びます。
私が暗号解読に腐心している間にも害獣課の職員たちはちゃんと仕事をしていたようで、中身の詰まった害獣用の檻が檻車に乗せられていくつもいくつも運び込まれてきます。
その檻に入っているのは意識を失ってた街の騒霊の敗走兵たち。
そう、デスクの地図にピン打ちされていた場所にに転がっていた人たちです。
彼らのそのほとんどが意識を失ったまま、細い針金のようなもので手足を拘束されていました。
……ですが、今の私に余所見をするだけの心の余裕はありません。
私は大急ぎで害獣課の現場責任者を探し出し、檻車を数台回してもらえるようお願いをします。
なにぶんあの暗号内容ですから、どんな檻車が必要になるのかさっぱりわからないのです。
ですから私たちはすぐ動かせる檻車を最低でも何種類かは確保しておかなければなりません。
彼は横にいた職員に、大中小の檻車を用意するよう早急に指示を出してくれました。
……ええ、ほっとしましたよ。これでひとまずドミノさん案件はひと段落です。
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……私は害獣課地下にある、窓のない休憩室で床に転がり疲れた身体を癒します。
ですが私が寝ているいる間にも、ここの働き者たちは騒霊たちの入った檻をどんどん害獣課の地下スペースへと運び込んできます。
……ええ、そりゃあわかりますよ。こう見えて私だって一応は夢魔なんです。
ほら、わかりませんか?
運ばれてくる騒霊たちからそれぞれ違う眠りの波長が出ているのが――。
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――しばらくして、休憩室に先ほどの現場責任者が入ってきました。
……はい、わかってますよ。ここにはまだ私のやる仕事がたんまりと残っているのですよね。
ですがもう少し休ませてください。
街の騒霊のリーダー格はまだここには運び込まれてないみたいですから。
いいですか、髭面、浅黒、頭に傷です。
その三点セットが運ばれてきたらまた呼びに来てください。
あっ、男は檻に寝かせておいたままで。私としてはそのほうが仕事がやりやすいので――。




