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国営託児所と害獣課(前編)


 はーい、アセルです。今日はこの国営託児所のことを紹介するね。


 ここはね、この国の市民であれば誰でも子供を預けることができるっていうすごい場所。

 あまりにも便利でみんな我先にとここに子供を預けに来るから、ここにはいつも子供たちがいっぱいいる。

 そう、この国のお母さんってね、子供たちを国に任せて自分たちは働きに行っちゃうの。

 ちょっとよそじゃ信じられない話だけど、そういう文化もこういう場所があってこそだよね。


 で、この託児所の子供たち、たまーに緊急の通信手段として使われることがある。


 今回のウパちゃんがいい例だけど、夢魔の人たちってなにか急ぎの用があるたびここの子供たちを使うんだよね。

 ここの子どもたちもそれを全然嫌がらない。

 それどころかむしろ面白がってる。

 そしてその中でも特にすごいのがドミノさん人気。

 ここにいる誰もがみんな、自分の夢の中にドミノさんが遊びに来るのを心待ちにしてるんだ。

 これって、ドミノさんの子供の扱いがそれだけうまいってことなんだろうなあ――。


**


 ……あっそうだ、私の自己紹介がまだだったっけ。

 今の私は託児所職員、ここに住み込みで常駐して子供たちの面倒を見るのが私の仕事。

 で、ちょっと昔まで売春婦やってた。

 この土地で夢の世界の売春なんてものが一斉に流行り出した頃までね。


 ――うん、ほんとあの時は同業者全員が死んだ目してたよ。


 だってあの頃のドミノさん、たったひとりで私らの十倍近い男たちを相手にしてた。 

 しかも夢の夜伽の相手はよりどりみどり。

 お望みとあらば近所の娘さんでもよその家の奥さんでも問題なし。

 もうそんなの絶対に勝てるわけないじゃん。

 私たちには親からもらったたったひとつのこの身体しかないんだからさ。


 ……というわけで、私は実力行使に出た。

 私自らが率先して売春コミュニティの汚れ役を買って出たんだ。

 自分の生活のため、同業者の明日のため、ドミノさんの商売を暴力で潰そうと思った。

 まあ、あの時は勘違いしてたんだよね。喧嘩売る相手のことが全然見えてなかった。

 最悪ドミノさんの腹に刃物で穴さえあけちゃえば、あの商売はダメになるとみんなで思ってたくらいなんだから。


 ――で、その結果がこれ。今のわたしのエプロン姿。


 そう、私はドミノさんの腹を刺しに行ったのに、未遂に終わって逆に温情かけられちゃった。

 みんなの食い扶持潰しちゃってごめんねって、何言ってんだこの人ってその時は思ったよ。


 でもね、あの人は日陰者の私たちにわざわざこんなちゃんとした仕事を用意してくれた。

 そう、国が雇いあげちゃったの。あの時死んだ目でうなだれてた売春婦をほぼ全員ね。

 だから今じゃ、みんな揃ってどっかしらの施設で働いてるはず。世の中わかんないもんだよね。


 ま、だからね。今のこの街の売春市場はドミノさんの一人勝ちって言っちゃっていい。

 いやだって、勝てるわけないじゃん。ドミノさんとこバックに国がついてるんだから――。


**


 ――おい、アセル、話が脱線しすぎだ。ちょっとそこ代われ。


 失礼、私は国営託児所の局長ジビエラです。

 この施設の解説役は私が引き継ぎます。

 アセルはまだまだここに勤めて日も浅く、わからないこともかなり多いと思いますからね。


 先ほどアセルも申しておりました通り、この施設はもともとドミノ一派との密な通信網の確保目的で作られた施設でございました。つまりは福祉の皮をかぶった特務施設であり、決して大衆の幸せを願って作られた施設などではございません。


 ですが、幸か不幸かこの託児所という施設はわが国の市民たちに大好評。

 このような施設はいずれ国じゅうに必要になると多額の寄付を申し出る資産家まで現れます。

 王はそんな民からの圧力により、追加の託児所を街中に作らざるを得なくなります。


 結果、この街は偽装された特務施設の濫立エリアとなりました。馬鹿みたいですよね?

 ……ですが、それが案外悪くなかったんです。


 子供たちを預かることで、私たちはその親たちと良好な信頼関係を築くことが出来ました。

 そして周辺住民ネットワークにがっちり組み込まれることで、常にに鮮度の高い情報を得ることができる環境を手に入れることができました。

 特に街の騒霊(ファントム)の騒音被害などは、私たちにとってとてもありがたいものでした。


 幸いここの市民たちは、騒霊(ファントム)のことを本物のお化けだとしか思っていません。

 ですから私たちは害獣課に新たに騒霊(ファントム)被害の窓口を設けました。

 ここから得た情報により、私たちは街を徘徊する騒霊(ファントム)たちの存在をある程度把握できるようになったのです。



 ――そしてそんな折、現れたのが姫の影武者を自称する姫本人でした。

 

 ええ、姫本人です、バレバレです。

 ですが私はその姫の嘘偽りを信じることにしました。

 それだけこの姫の持ってきた提案が、私たち害獣課にとってとても魅力的なものだったのです。


 この姫の影武者さんは、自らが囮になって街の騒霊(ファントム)を釣りだす策があると言い放ちます。

 もし仮に奴らがかつて私を殺したがっていた「王族殺し」の残党であるならば、標的である私の顔を忘れることなどありえない、そんなことを言うのです。

 そしてその思惑どおり、街の騒霊(ファントム)たちは死んだはずの姫の顔を忘れてはいませんでした。


 姫たちは例の天使を使って、意図的に野次馬の群衆を作り上げます。


 するとそれに釣られてか、多数の不審な騒霊(ファントム)たちが野次馬の群衆を取り囲むように集まり始めます。

 彼らは目を凝らすだけで見えてしまいそうな練度の低い未熟者ばかり。

 ですがその動きは極めて慎重です。あちらのほうからは姫には決して近づこうとしません。

 目立ちたくないのもあるのでしょうが、何より彼らが怖れているのは「どこかに潜んでいるかもしれない姫の護衛」の存在の可能性だったのだと思います。

 野次馬たちが増える中、彼らはさらなる仲間の騒霊(ファントム)たちをかき集めます。


 ――そして天使騒ぎがひと段落し、姫が帰り支度を始めたころ。

 いったいどこから湧いて出たのか、姫を遠巻きに囲む騒霊(ファントム)たちは百人近い人数に増えていました。

 ですが彼らはまだ姫を襲いません。一定の距離を保ったまま帰る姫のあとをついていきます。


 そして姫は威風堂々と自らの根城と称する街のパン屋に帰還。

 ここではじめて、敵の騒霊(ファントム)たちは家周辺に数人の偵察を放ちます。

 

 見晴らしのいい高所からその動きを逐一観察していた私はここで確信します。


 この敵の騒霊(ファントム)たち、おそらくは過去に王族との戦いで相当に痛い目を見てきたのでしょう。これだけの数の優位を持ちながら、ここまで臆病に立ち回るのはそれ相応の理由があるのです。


 ……ですが少し慎重すぎますね。そんなことでは手の内にろくな策がないことがばれてしまいますよ。


**

 

 ――意外なことに、先に仕掛けたのは姫のほうでした。


 姫の放った手駒の素性はわかりません。

 ですが兵種は間違いなく騒霊(ファントム)です。

 しかも対騒霊(ファントム)戦闘の用兵知識を持つかなり特殊な立ち位置の人たちのように思えました。

 彼らは私に存在を認識されることすらなく、巧みに敵の指示系統を混乱させていきます。

 いやーこれですこれ、これが本来の正しい騒霊(ファントム)部隊の姿ですよ。

 ほら見てください、敵さん街の至るところで同士討ちを始めちゃってます。ダメですねえ。


 ――そうです、騒霊(ファントム)という兵種はその特性上、見えない味方との連携行動がとても難しいんです。

 ですから統制の取れていない騒霊(ファントム)部隊は、知識のある騒霊(ファントム)兵がほんの数人で引っ掻き回すだけでいとも簡単に崩壊してしまうのです。

 真夜中の野営地を黒装束に闇討ちされて敵味方わからず同士討ちを始めている状態。

 それを敵さんは真昼間にやっている。そんな風に説明すればわかりやすいでしょうか。


**


 誰かの撤退命令を受けたのか、この後敵の騒霊(ファントム)集団は一瞬にして散り散りになります。

 

 ――非常にいい引き際です。

 ですが私たちはあなたたちの逃走をまんまと見逃したりはしませんよ。

 彼らの気配を高みから眼で追い続けると、ついに彼らは武器を捨て狭い路地で透過の術を解きはじめます。

 姿を現したのは平服の男性、このまま普通の市民に紛れこんでしまおうという算段なのでしょう。


 【――さて、これで害獣課の「捕獲」のお仕事が俄然やりやすくなりました――】


 あっ、言い忘れていましたが、私は託児所の所長であると同時に害獣課の職員でもあります。

 害獣課の職員って、みんな気配消すのうまいんですよね。

 普段から皆さん、かなり危険な野生動物の相手ばかりしてますから。

 あのときは僕も周りを見回しましたが、職場の同僚を肉眼で見つけ出すのは不可能でした。


 いやー、これでも課の人間が総出で出てきたはずなんですけどね――。


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