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ウパと子供通信


 ――はい、わたくしウパはただ騒霊(ファントム)を見たことがあるというだけの理由で姫に招集されました。

 いまハンス邸の屋根の上にいます。

 騒霊(ファントム)の動きを上から監視するのが私の仕事なんだそうです。


 姫を囲んでいた騒霊(ファントム)たちとの戦闘はすでに始まっているようです。


 ですが、ぶっちゃけ何が起こっているのかは私の眼ではわかりません。

 姫たちのやっている市街戦が、騒霊(ファントム)――つまり透明人間同士の殴りあいだからです。


**


 ――私たちは騒霊(ファントム)に囲まれながら、いったんハンス邸の厨房へと集まります。

 そして姫はこの場所を、今回の戦いの本陣とすると宣言します。


 ですが、いきなり騒霊(ファントム)と戦うと言われてもこちらだって困ります。

 私たちはただの一市民、一騎当千の戦闘員ではありません。


 戦力はどうするのかと私が姫に問うと、私には王家の秘術があるから任せろと豪語します。

 そしてさも当たり前のように小麦粉の袋で自律人形を作り、それにシェニール候の秘術を施して姿の見えない遊撃兵を誕生させました。


 ――姫はこう言いました。この者たちは由緒正しき王国騒霊(ファントム)兵団の精鋭兵なのであると。


**


 そしてこの小麦粉、姫が精鋭と呼ぶだけあってとんでもない強さでした。

 姿はまったく見えませんが、武装している敵騒霊(ファントム)を少数で圧倒しているのは明らかでした。

 ええ、完全に意味不明な世界です。私もうこの姫のやることについていけません。


 ……でも、そんな私にもできることはあります。

 そう、街のいたるところで気絶している敵騒霊(ファントム)の位置の記録と報告です。

 意識のない人間は睡眠中のそれとほぼ同じ波長を発するので、夢魔の感覚をもってすればその位置を感覚的に掴むことができるのです。


 ――そのうち、眠りの波長が一定数より増えなくなりました。殲滅完了でしょうか。


 私は姫の言いつけ通り、騒霊(ファントム)の寝ている位置をマス目のついた市街地の地図に書き込んでいきます。

 はい、あっという間に赤い印のたくさんついた地図が完成しました。

 あとは私が、この地図の内容をそのままお役所の人たちに伝達すればいいのです。


 ――はい、ここで解説です。


 実はこの街、国営の託児所というこの辺では珍しい保育施設があります。

 手ごろな利用料金で環境もいいので、たくさんの人たちがそこに子供を預けているわけです。

 そこにはもちろん幼児もいて、その子たちのためのお昼寝ルームも完備されています。

 そして都合のいいことに、ここでは常に誰かしらが交代制でお昼寝をしているのです。


 ――もう皆様お分かりでしょうか。そうです、子供通信です。

 眠っている子供たちは私たち夢魔にとってこの上なく便利な通信手段になりますからね。


**


 ――はい、そんなこんなで子供の夢の世界への干渉に成功しました。

 これで託児所内の役所の人たちとお話ができます。


 まずは職員の人とお互いに挨拶です。

 私とこことのこんなやり取りは今回でたしか二度目だったと思います。

 ですが通信先にいたお役所の人は私のことをはっきりと覚えているようでした。

 そしてしきりに「私がきちんと意思疎通ができること」を無闇矢鱈に褒めてちぎってくるのです。


 ああ、私は子ども扱いされている。はじめはそう思いました。

 ですが話を進めていくうちその認識が誤りであることに気づかされます。

 役所の人は真剣な口調で、新参者である私にこんなことを教えてくれました。


『いいですかウパさん、ドミノさんはあなたのように、私たちとの双方向の言葉のやり取りができません。あの人にできることは、ただ自分のメッセージを一方的に送り付けることだけなのです。しかもそのメッセージは大抵の場合、暗号めいた唱歌というかなり厄介な形式で送られてきます。そしてここにいる職員ののほとんどが、その難しすぎる暗号に苦しめられているのです』


 えっ、私、ドミノさんのあれって子供受け狙いでやってるもんだと思ってたんですけど。


『いえ、違いますよ。あの人はウパさんのように子供の言語野への直接干渉ができないんです』


 だからあんな遠回しなことをしているのだと、この職員は嘆きに近い響きで話します。


『ですから、私を含むここの職員たちはウパさんの存在に少なからぬ感動を覚えています。あなたのように相互に情報をやり取りできる夢魔の人、今までにひとりとしていませんでしたから――』


 あっ……ああ、はい。

 えっとじゃあ、これから街で寝てる騒霊(ファントム)の位置を座標で読み上げますね……。


**


 ――逸の三にふたり、如の七にひとり。因の四にもうひとり――


 私はこんなふうに騒霊(ファントム)の位置を地図の対応する座標で送りながら考えました。


(……非常にまずいです、ここの職員さんたち夢魔のことかなり理解してます……)


 そうです、考えてみれば夢魔の技能の話なんて私たちにとっては限りなくオープンにしたくない話題。

 突き詰めていけば森を護る罠のメカニズムの解読にすらつながってしまう情報なんです。

 こんな気軽な世間話でそう簡単に大っぴらにできる話題などではありません。


 軽い危機感を感じた私は、ここから一切の無駄話をしないよう心がけました。

 姫から言われた仕事だけを集中して済ませ、大急ぎで干渉している子供の意識から離れようとします。

 ですがその時、通信先の奥のほうからひとりの女性の私を呼ぶ声が聞こえてきました。


『待って待って!ねえあなたドミノさんの妹さんなんでしょ?』


 ……唐突に飛び込んできたお役人口調ではない語りかけに私はつい反応してしまいました。

 そしてしばらく、彼女は中身のない話をひたすら私に投げかけてきます。

 この人はいったい誰なんでしょう。私はこの声にまったく聞き覚えがないのですが――。


『あ、あの……失礼ですがドミノさんとはどういうご関係の方で……』

『あ!そっかごめんね、ウパちゃんって私のこと知らなかったか。あのね、私はこの託児所の従業員のアセル。ドミノさんにここの仕事を斡旋してもらったんだ』


 あ……そういえばドミノさん、昔そんなことやってたって言ってたな……。


『でね、たまにはここに遊びに来てって伝えて欲しいんだ。もう私、ドミノさんの刺したりとかしないからって』


 え……えっとあの……アセルさん、ドミノさんとはいったい過去にどういったご遺恨が――?


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