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天使が街にやってきた(後編)


――この天使さん、いざ話してみたら案外話しやすい人だった。


 意外なことに、ランチ中の私に先に声をかけてきたのは天使さんのほう。

 姫にデニッシュを口の中に押し込まれ、食事に誘われ、そして遠慮なくハンス君の食材籠に手を突っ込む私を見て、天使さんはこの私を姫グループの一員と認識したようなのだ。


 この天使の名はマリヤ。自らを『天より翼を授かりし修道女』であるという。


 ……うん、『天より翼を授かりし』の部分、個人的には非常に突っ込みを入れたくなる。

 だが私はあえてそこには触れず、黙ってご飯を食べながら様子を見ることにする。

 この黄ばみがかった翼について、私にはほんの少し思うところがあったのだ。



 ――彼女の背中はまさに小さな有翼人の背中であった。


 大きな翼、太い血管、変質した骨格、そして痛々しいほどの無数の肉割れ。

 そのか細い彼女の背中は完全に空を飛ぶために特化した形状へと置き換わっていた。

 この分なら内臓器官も、この翼にに栄養を送るために劇的な変化を遂げていることだろう。


 ……なぜ私がこの背中を見ただけでそんなことが言えるのか。

 

 その答えは簡単である。

 私はこの背中を見て、この翼がなんであるかを思い出してしまったのだ、


**


 ――この翼はかつての姫の持ち物である。


 はるか昔私は城で、姫がこの翼を背中に着けて静かに羽ばたいているのを見たことがある。

 だがその時の姫の背中は、まだ辛うじて人の形を保っていた。

 翼というこの新しい器官を、姫は背中の筋肉に繋げる以上のことをしていなかったのだ。

 いちど骨と繋げてしまえば、土台となる骨格はもう二度と元には戻せない形となる。

 これはそういうものなのだと、姫が私にそんなふうに教えてくれたのを覚えている。


 姫はこの翼を、のちに邪魔なだけだと自らの筋肉から切り離している。

 そう、この姫はこの翼で飛ぶことができる最低の条件を満たしてはいなかったのだ。


**


 当時この翼は制空権という概念を実現させる新時代の兵装として、騒霊(ファントム)の秘術に並ぶほどの期待をされていた新技術だった。

 だがこの翼は失敗した。克服できない問題点があまりにも多すぎたのである。


 まず、体型的な適正がないものはこの翼で宙に浮くことはできない。

 若く体力があり、胃腸が丈夫で、その上痩せ体型で著しく体重が軽い者。

 その中でも一握りの、選ばれた人間にしかこの翼での飛行は不可能と言われていた。

 そしてこの痩せこけた翼兵は、軍の戦力とするにはあまりにも非力であったのだ。

 

 ……ちなみにここでひとつ。


 実はこの翼、失敗作ではあるがシェニール候の秘術と同レベルの軍事機密である。

 もしその仕組みを外にでも漏らそうものなら、法規によりその関係者は例外なく縛り首とされている。


 その軍の秘密がたった今、何を考えているのかわからない姫の手によって白日のもとへと晒されているのである。


**


 ――と、頭の中はこんなでも、表面上はマリヤちゃんとの楽しいランチタイムである。


 彼女とサンドイッチをつまみながら、私はとにかく無難な話題で場を繋ぐ。

 こんなとき役に立つのが、本当に当たり障りのない食の知識だ。

 私は目の前の料理をつまむたび、その食材や調理法などの雑学を披露。

 受け入れられない不安はあったが、食いしん坊の彼女はこの話題に見事食いついてくれた。

 

 そのうち、マリヤちゃんがつられて本日の美味しかったものランキングなるものを発表し始める。

 その一位に輝いたのは『ハンス家謹製レバー尽くしのミニフルコース』というランチメニュー限定の色物料理であった。

 あー、そういえばマリヤちゃん、さっきからレバーペーストのパンばっかり食べてるね。好きなの?


「ここの料理で目覚めたんですよ。私、レバーって食べ物がこんなに美味しいだなんて今まで知らなくて!」


 ……うん、それ、絶対にきみの身体がレバーを欲してるよね。

 マリヤちゃんの体内に、まだ翼に回す分の血液が足りてないんだと思うよ……。



** 


 さて、食料籠の中身もほぼ底をつき、私のほうも食べることに関する話題が尽きた。

 せっかくの縁なので、マリヤちゃんには自分の属する教会について話してもらうことにする。


 マリヤちゃんの口から出てきたのは南部教会という聞きなれない場所。

 なんでも、ここから離れた場所にある海岸そばのさびれた教会なのだという。

 彼女はパンパンに膨れたお腹をさすりながら、少し気まずそうに私にこんなことを言ってきた。


「……でも、誤解しないで下さいね。今はこんなですけど、教会では質素倹約を心掛けてますから」


 ……ああ、うん。それはその細身の身体を見ればさすがにわかるよ。

 そもそも普段からその食欲なら、マリヤちゃんの身体は確実にぽっちゃりのはずだしね。


「でも私の夢に降臨した翼の女神様、たくさん食べることは別に悪いことじゃないって言ってました。……あっ、すいません。いきなり翼の女神なんて言われてもわけわかりませんよね。それじゃあこれから、私がこの翼の女神さまとの出会いのストーリーを……」


 ――うわー、その話ちょっと待った! やめて、私の望まない方向に話が行っちゃう――!!


**

 

 ――ある日私の夢の中に、金色に輝く光りを放つ小さな女神が現れました。


 その女神は私に翼を授けると言い、この翼に体を慣らすためのいろいろなことを教えてくれました。

 よく食べ、よく動き、この新しい翼という器官に十分な血液と栄養を送りこめというのです。

 この女神さまの言いつけを忠実に守ることで、私はこうやって自由自在に空を飛べるようになったのです。


 ――そして再び、女神は私の夢に降り立ちこう言いました。

 「翼による長距離飛行に慣れるため、街に言っておいしいものを食べ歩きをするのです!」と。


 私が目を覚ますとすでに食べ歩きの準備は整っていました。

 枕元には地図とお金、そしてハンス食堂のチラシとメニュー表とお店の優待券。

 そしてその地図に記されていたのは、何度も何度もハンス食堂を通過する食べ歩きコースのルート表でした。

 そう、そしてこの女神さまはハンス食堂で売られている甘いものが大好き。

 私の夢の中にさえ、ここのいちごの飲み物や牛乳のデザートなどを持ち込むのです。 


 ――私は今回の長距離飛行で、その途中途中の栄養補給がいかに重要であるかを知ることができました。 


 当たり前の話ですが、空を飛ぶことはほかのどんな運動よりもはるかに肉体を酷使します。

 だからこそ、女神様はどこででも飲食ができる街という場所を初の長距離初飛行の舞台へと選んだのです。

 そして私はひたすら食べながら飛び続け、この食べ歩きコースを完走することが出来ました。

 奇抜とも取れたこの女神さまのお告げは、今の私にとってきわめて合理的なものだったのです。

 

 今回の飛行にあたり、こちらの御三方には大変な尽力を頂きました。

 そしてなにより感謝したいのは、ハンス食堂の食料提供の申し出でした。

 ここの料理長は私のために、これだけ手のかかった料理を無償で提供してくださったのです。

 そしてお金は要らないから店の宣伝をよろしくと、私に向かってそんなこと言うのです。

 ――ああ、この世知辛いご時世に何という気前のいい話なのでしょう!


「――というわけで、ここからは店の宣伝です! すっごいおいしいですよ、ハンス食堂!!」



 ……私たちを取り囲む群衆が狐につままれたような顔をしている。

 もちろん私も例外ではない。えっ、いったいこれはなに。

 なんなのこのまるで台本でも用意されているかのような話のオチは。


 ――えっなに、これだけ大袈裟なことして、これが姫たちのやりたかったことなの――?


**


 天使騒ぎはひと段落し、姫たちはすみやかに敷物を片して撤収。

 マリヤちゃんはこれから食べ歩きコースの終着点、オープン間際のうちの浴場でゆっくりと羽根を休めていくのだと言っていた。

 姫の事前の手回しで、すでに浴場の使用許可はエステから取ってあるとのことだった。



 ――今の私の目から見れば、今回のこれは有翼人を使った大規模広告イベントである。


 インパクトのある方法で人を集め、記憶に残る形で商品やサービスを宣伝する。

 おそらくはマリヤちゃん、うちの浴場のことも律儀に宣伝して回ってくれるだろう。

 そして彼女は修道女、職場は人が定期的に出入りする遠隔地の教会だ。

 彼女がここでの出来事を楽しく話してくれるだけで、周辺市民の何割かはこの街に興味を持ってくれるだろう。

 

 ――だが、それでも腑に落ちない。 

 姫のやっていることは言うなれば、広告効果と軍の機密のトレードオフである。

 いったい何を考えているのか、私は改めて姫にその真意を問い正してみた。


『――そんなの、今のドミノさんなら聞くまでもないと思いますけど――』

 

 ああ、考えたくもないがおおよその予測はついている。

 姫が市街に姿を晒したせいで、存在を隠しきれない野良の騒霊(ファントム)どもが騒ぎ始めた。

 そして私たちを囲んでいた群衆の中にも、姫の顔ばかりを熱心に眺めている連中がいた。

 「人造の天使」という存在を、わざわざ目の前に用意したにもかかわらずである。


『――シェニール候のこともあります。そろそろ誰かが動き出してもいいんじゃないですか?』



 ――ああ、考えうる最悪の事態が起こってしまった。


 姫は死んだはずの自らの身を囮にして、市街に潜む潜在的な敵勢力を釣りだしたのだ。

 そしていま私たちは、すでに大勢の騒霊(ファントム)たちに遠巻きに囲まれている。


『……雑な作戦ですいません。でも、なんだかんだでこれが一番手っ取り早そうだったんで』


 姫の口調に気負いはない。

 目指すは市街からの敵騒霊(ファントム)勢力の一掃なのだという。

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