私たちのお片付け
このあと姫は、幻覚の世界で潜伏型スカラベ掃討戦を開始していた。
だが、言い換えればそれはただの森の中に落ちている動物の糞のしらみ潰しでしかない。
そしてウパがしかめっ面で逃げるように席を立ったのもこのあたりである。
その流れで、姫の妄言めいた夢世界の語りもいったんはここで終了となる。
……だが、とりあえずはよかった。姫の精神状態に特に異常が見られなかったからだ。
この理路整然とした様子なら、幻覚による精神へのダメージはほぼないと確信できる。
「――ただ、幻覚って本当に記憶だけはほんと綺麗に欠落するんですね」
姫はまったく身に覚えのないという狐の寝間着をいじりながらそんなことを呟いていた。
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ウパが設置罠の回収に出掛ける準備をしていたので、私もそのあとをついていく。
その目的は姫の幻覚世界での行動の痕跡探しと後始末である。
だが、想像以上に姫の行動の跡は残されていない。
草の大盾、スリング、道路封鎖に使われた縄、姫の署名入りの書き置き。そのすべてがない。
だが、残されているのだ。
ところどころに不自然で小さな痕跡が。
地面が平らに慣らされた跡が。
投石により剥がれた芝生を取り繕った跡が。
これはもう、姫が動いた痕跡を消すべく動いていた人間がいたとしか思えないではないか。
「――これって、金塊を移動させてくれた人と同一人物ですよね。たぶん」
うん、ウパの言うとおり、それは十分にあり得る話だ。
私たちの幻覚を見ながらとはいえ、確かに姫は城の人間の誰かしらをここに呼んでいる。
城の人間が姫の昨晩のおかしな行動の痕跡を消したと考えるのも別におかしな考えではない。
事情を知らない者から見れば、姫のやっていることは奇行以外の何物でもないのだから。
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――まだまだ罠拾いを続けたいというウパと別れて事務所に戻ると、すでに姫は狐の恰好ではなくなっていた。リボンのついた上品なワンピースへと着替えていたのだ。
そんなものどうしたのだと姫に尋ねると、どうせどこかの誰かさんのおせっかいですよ、と、部屋の隅に積み上げられた衣料品や日用品の山を指さした。
ああ、こりゃもう確定だ。姫の関係者は間違いなくここに遊びに来ている。
「……ねえ姫さ、そういう関係の人がいるならこっちにも一言欲しかったんだけど」
「あ……そこはすいません、あんまり世間に公にできない人たちなんで……」
……あ、なんだそこブラックボックスなのね。わかった、ならいいや。
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――事務所の食卓でしばらくぶりの食事を楽しむ姫。
だがそのこめかみには、出血はないがばっくりと裂けた皮膚の亀裂の痕跡が残されている。
姫に狐の寝間着を着せた城のどこかの誰かさんは、おそらくはこの傷を耳付きのフードで隠したかったのだろう。だが姫はの傷のことなど意に介さず、派手にえぐれたこめかみ部分を隠そうこともしない。
「……ねえ、別に心配してるわけじゃないけど、それ――」
「ああ、この傷ですか。いつの間にかできてました。全然平気ですよ」
うん――まあ、大丈夫か、姫なら。




