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姫の見た白昼夢(前編)


 ――私は姫。自らに名はないと言わないが、もう生前の名で呼ばれることはほとんどない。

 だが、それでも私は姫なのだ。無理を言えば大抵のわがままは通ってしまう。


 だから今回もエステさんに頼み込み、かつて自分のものであった天蓋ベットをしばらくの間使わせてもらうことに成功した。

 そしてそのその交換条件としての倉庫内作業を手伝い。

 むしろ願ったり叶ったりだ。鈍った身体を慣らすためのいい運動になる。


 ――そして、ここに数日は寝泊まりしただろうか。


 もともと慌ただしそうにしていたエステさんがどういうわけか急に倉庫を去り、私はひとり倉庫に置き去りにされることとなる。


 そしてそれは、エステさんから私への飲食の供給が完全に止まってしまうことを意味していた。

 

 まあ、さすがにこれは仕方がない。自分の食べるものくらい自分で調達しよう。

 私は倉庫の戸締りをし、備蓄食料の確保を目指してドミノさんの事務所へ向かうことにした。

 ……えっと、事務所はこの山道の、深い茂みを踏破した先にあるんだよな……。


**


 ――そして私は、目の前に広がる光景に絶句した。


 ドミノさんの事務所の前に、丸太のような排泄物の塔がそそり立っていたのだ。

 その背丈は私の倍ほどもあり、佇まいは樹齢数百年の古木をも思わせる風格がある。


 私は少し困惑した。たかが汚物に抱く感情と全く違う妙な感情が胸の奥からこみあげてきた。

 そう、これがもしただの嫌がらせならここまで見事で趣のある造形など必要がないのだ。

 仮にもしこれが人の手による造形物であるならば、その職人の造形技術は神懸かり的であると言っても過言ではない。

 まさかこれもミツさんが持ち込んだ美術品……さすがにそれはありえないか……?


 ……私はその正体を探るべく、恐る恐るこの荘厳な排泄物の塔へと近づく。


 すると塔がゆっくりと、ほんの少しだけ私のほうに身をよじらせる。

 いや、動いただけではない。無いはずの眼でこちらをじっと『認識した』ような動きを見せたのだ。


(……こいつ、まさか……!)


 私の顔面から血の気が一気に引き、冷汗が滝のように噴き出た。心臓が跳ね上がった。

 次の瞬間、私はこの汚物の塔がぎりぎり視界に捉えられる距離まで死に物狂いで逃げていた。


(まさか、まさか「あいつ」が我が国の国境を越えているなんて――――!)


** 


 ――これは私が小さいころ父に聞かされた話。


 ある小さな村落に糞塊に命を吹き込む術師たちがいた。

 術により命を吹き込まれ動き回るようになった糞塊を、当時の兵士たちはスカラベと呼んだ。


 このスカラベのいる戦場、まさに地獄そのものだったという。

 

 奴らは水源に集団で飛び込み、食料に紛れ込み、兵士の飲食を執拗に汚染し続けた。

 泥に擬態し、植物の棘を体内に取り込み、兵士の就寝時を狙い、隙あらば人の体内に入り込もうとした。

 そしてこのスカラベ、駆除しても駆除しても一向にその数が減らない。

 術士が生きている限り、この糞の形をした生物兵器は絶え間なく際限なく生産されるのだ。

 兵士はろくに眠ることもできず、士気は下がり心は病み。汚染による病は多くの人間を死に追いやり続けた。

 

 この糞塊術士、父からはもうすでに存在はしていない一族だと聞かされている。

 父率いる選抜部隊が村落を強襲して火を放ち、逃げ惑うものまで一人残さず皆殺しにしたというのである。

 脅威の徹底排除はいつもの父のやり方。その点においては別に私も異論を挟むつもりはない。


 ――では、ならばなぜ、その動く糞塊(スカラベ)のゴージャス版がここにいる?


 とにかく、父は何をするにも脇が甘すぎるのだ。


 どこから漏れたのか知らないが、本来ならば機密扱いのはずのシェニール候の秘術でさえ今では国内外に駄々洩れであると聞いている。

 いたるところで不審な騒霊の発見報告が挙がり、城や役所の人間はその対応に大わらわ。

 あーもうお父さん、ほんと国王なんだからしっかりしてもらわなきゃ困るんだよね。

 みんな悪口言ってるよ。今の王は国を治める器じゃないってさ――。



 ――いや、ここで父を責めてもどうにもなるまい。

 ここでの最大の問題、それは我が国の国内に糞塊術士の一族が潜伏しているという現実だ。

 そしてあろうことか、やつらはいの一番にドミノ一派の根城にスカラベを送り込んでいる。

 ……そう、奴らは知っているのだ。あの人たちの特殊諜報員としての能力を。

 そして、あの人たちが我が国の国防においてどれだけ重要な役割を果たしてきたのかを――。


**


 ――とにかく、あの糞塔(スカラベ)にドミノさんたちを襲わせるわけにはいかない。


 私は鎮座するスカラベの塔と距離を置き、常に視界の端に捉えながら投擲に使う石をひたすらかき集める。

 もうこうなったら私がひとりで奴を始末する。

 大丈夫。ありがたいことに相手の姿はこちらから見えているのだ。

 そうなればあとは簡単だ。対スカラベ戦のセオリーに則って動けばいい。



 スカラベとの戦闘に必要なものはそう多くはない。

 投石のためのスリング、顔に巻き付け気道への侵入を防ぐ厚手の布。そして糞除けの大盾だ。

 盾とスリングはそのへんに生えている長くて丈夫な草を編めば作れる。

 布はハンカチでいいだろう。

 私はこんな非常時のために、いつも大きめサイズのハンカチを持ち歩いている。


 高台に移動し、陣取り、大盾を構え。

 跳びかかられる危険のない遠間からひたすらスリングによる投石の集中砲火。

 記録に残る戦術に則るならただそれだけでいい。

 スカラベの形がなくなるまで延々と投石を繰り返せばいい。

 スカラベ唯一弱点は、その何よりも脆いその身体そのものなのだから。


**


 そして私は高台からひたすら投石を繰り返し、巨大スカラベの脆い身体を原型がなくなるまで穿ち続けた。


(……よし、もうここまでやれば十分だろう……)


 私は高台を降り、草の盾を構えながら、ゆっくりと糞の柱のあった場所に歩み寄る。

 そして、周囲の残骸の様相に注意深く目を走らせる。


 ――これが私の知っているスカラベなら、どこかに破損した制御の核が落ちているはずだ。

 投石の衝撃で壊れたやつが、どこか近くに転がっていればいいのだが――。


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