騒霊
――我が国はかつて騒霊部隊と呼ばれる軍事力を保持していた。
これは目に見えぬ兵士たちで編成された小部隊であり、戦時ではその存在が戦の勝敗を分けるほどの影響力を持っていた。そのかつての騒霊部隊の部隊長がこの人、シェニール候なのである。
(シェニール候の秘術と呼ばれる、この姿を消し去る技術は軍事機密でした。本来ならば、わが軍の関係者以外が知っていてはいけないものなのです。なのにいまや、国内の至るところで味方ではない騒霊たちに出会います。きっと内通者なり反逆者なりの口から、私たちの秘術そのものが漏れたのでしょうね)
暗い夜の森、そのどこかから見えないシェニール候の声がする。
そう、先ほど私たちを見失った尾行が使っていたのが、まさにその騒霊部隊の秘術なのである。
(……でもさっきの男たち、さすがにあれはひどすぎる。未熟すぎてとても戦場には連れていけません)
(半端者、姿は消せても気配は消せず。ゆえに騒霊。でしたっけ?ふふっ、随分と懐かしいですこと)
……ああ、奥様もそこにいらしたんですね。
私もそのフレーズ聞いたことありますよ。確か城に仕えてたころに王様から――。
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棄児院に到着。侯爵夫妻が術を解くと真っ暗な闇の中にその姿がすうっと現れる。
ふたりとも衰えた身体の動きを補うための装具を全身に身に着けており、先ほどとは打って変わってその足取りはかなりしっかりとしたものだった。これだけ動けるのならもう私たちの助けは不要だろう。
侯爵たちが開けた場所でわずかに光る石を掲げると、はるか上空に真っ黒な大鷲が現れる。
しばらくして、見覚えのある布鞄がいくつか上空から投下された。
その中身は寝具や衣類などの生活用品、それとちょっとした嗜好品だ。
シェニール家では戦争の際、戦略物資をこんなふうに空輸することは珍しくなかったのだという。
侯爵は荷物の中から、布と支柱が複雑に折りたたまれた円盤状の物体を取り出した。
これは勢い良くぶん投げると遠心力で広がる、設営の手間のいらない簡易テントなのだという。
まあ見ていなさいと、侯爵様がテントをある程度の広さのあるスペースに投擲。
すると一瞬にして折りたたまれた輪は広がり、瞬く間に布張りの住空間が出来上がってしまった。
これを見た棄児院の子供たちが一斉にわっと沸く。私も思わず声が出た。
しかもこれ、材料は厚手の布と竹だけなのだ。いや、これ考えた職人さんすごすぎだろ。
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小さな子供たちが出来たばかりの簡易テントを我先にと遊び場にしている。
その横で、夫妻は投下された物資を手際よくテント脇に運び込んでいた。
そんなこんなで、夫妻の新居への引っ越し作業はあっというまに完了する。
さて、私はこれから夫妻にここまでの亡命に至る経緯を改めて詳しく教えてもらうことになっている。
遊んでいた子供達をテント内から追い出し、夫妻とウパと私の4人でテントの中に残った。
ここは夢魔の森の中。半端な騒霊どもが易々と入り込めるような場所ではない。
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夫妻を蝕む謎の衰弱は、その原因がなんらかの敵の手によるものであることは間違いがないらしい。
だが、厄介なことに夫妻は誰に何をされているのかがわからないのだという。
原因が特定できない以上、対策の立てようもない。
だから夫妻は、いったんこの社会から亡命という形で距離を置く決断をした。
誰もが入り込めない安全な場所で、しばらく養生することを最良と判断したのである。
しばらく話を聞いていると、どうやらウパも事前に侯爵からのメッセージを受け取っていたようだった。
棄児院の上空から投下されたというその書面をウパに見せてもらったが、私のところに落とされたものよりもはるかに具体的に今日の計画のことが書かれている。
……なるほど、夢の中で夫妻がウパとよく話していたのはこういうわけだったのか。
「……絶対に口外厳禁との厳命でしたんで、今の今までドミノさんにも黙ってましたけど……」
うん、賢明な判断だ。侯爵一家の亡命の話など滅多な場所で話していい内容ではない。
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――亡命について特に話すことがなくなり、シェニール候と雑談タイム。
事務所前に投下された金塊が動かせず困っているという話をすると、金塊の表面に太陽と時計盤の刻印はなかったのですかと聞き返された。
なんでもこの刻印、昔から王国内でたまに使われる魔術式の仕掛けなのだという。
……ええ、私は存在すら知りませんでしたよそんなもの。
「地月、逸日、夕の刻。帰ったら刻印の対応する箇所を順に指で叩いてみてください。そうすればあの金塊はちゃんと持ち運びに適した形になりますから」
私は侯爵に一礼し、野ざらしになっている金塊のもとへ帰らせてもらうことにした。
……あっそうか、ウパが道案内するんだったね。私ひとりじゃ森の中で迷っちゃうもんね。




