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審判の箱  作者: 千人
48/50

真相

「……て、…て下さい、……ん。」


何か言っている…。

ぐらぐらぐらっ


うっ!

頭が痛いんだ体をゆするんじゃない…。


「起きて下さい、兄さん。」

「―――っ!?」


聞き覚えのある声。

僕を兄さんと呼ぶあの男の声。

目を開くとそこにはウィルの姿ではない、生身の男がいた!


「やっと起きてくれましたか、兄さん。思ってたより起きるのが遅いんで心配したんですよ?」


その男の整った顔が僕を覗き込み、少しだけ幼さを感じさせるあどけない笑顔を僕に向ける。

その雰囲気からして僕に害を及ぼそうとしているようには見えない。

僕はどうやら椅子に座っているようだ。

どうしてこんなところに?

体を起こそうとすると頭がズキズキと痛む。


「ゔぅ…。」


立ち上がろうとして地面に倒れそうになるのを男に支えられる。


「まだ無理しちゃだめですよ?兄さん。今は脳に負荷がかかって少し疲れていると思いますから、しばらくの間はじっとしていてください。」


椅子のもとの位置に戻される。

あらためて見てみるとその椅子はただの椅子ではなく、何かの機械のようだった。


「お前はいったい誰なんだ?」

「兄さんの弟です。」

「おとうと…?」


こいつは確かに何度も僕のことを兄さんと呼んでいたが本当に僕の弟だとでもいうのか?


「信じられないって顔をしていますね?まぁ、しょうがないですけど…何だか寂しいですね。」


そういった男は本当に寂しそうな表情をした。


「…兄さんのその頭痛が治ったら、記憶もちゃんと戻してあげますからそれまで辛抱してください。」

「記憶が…戻る?」


記憶を司る鏡は僕の記憶そのものが存在していないと言っていた。

その記憶を戻せるというのか?


「もちろん戻せます。でもさっき言ったように今は頭が疲れてるのでもう少し待ってください。」


その男は何も心配することはないといってホットコーヒーを入れてくれた。

自分にも同じものを入れて変なものは入っていないと証明するように目の前で飲んで見せる。


「うんっ!おいしいっ!」


それにならって僕もコーヒーを一口飲む。

そもそもこの男が何かするつもりなら僕が気を失っている間にいくらでもできたはずだ。


「美味しい…。」


香りといい味といいすごく口当たりの良いコーヒーだ。


「でしょ?それは兄さんが一番好きだった豆を使っているんです。」


驚くほど口に合い男の言っていることが嘘ではないとものがたる。


「いったいどういうことなのか教えてくれないか?」


コーヒーを飲み少し落ち着いたところで話を切り出す。


「そうですね。今お話しするよりも記憶を戻してからのほうが理解しやすいと思いますが、兄さんも気になるでしょうし脳が休まるまでの間少し話しておきましょうか。」


僕の座っている正面に椅子を置いてそこに腰を下ろす。


「何から話しましょうか?」


そう聞かれて僕が一番に思い出したのはウィルのことだった。


「ウィルはどうなったんだ?」


意識を失ってからウィルの姿が見えない。

一体どこに行ったんだ?


「今は審判の箱の整理をしていると思います。」


審判の箱…ウィルが言っていたあの場所の名前だ。


「あ、ちなみにこの名前は僕が付けたんです。兄さんのために『箱』の情報を使って製作したのですが、最後のほうは後から急ごしらえでつくったので継ぎ接ぎになっちゃいましたね。」


製作した?こいつが?

じゃあ、こいつのせいでグリンとヘルシングは死んだっていうのか!?

そうだとしたら許せない。

だけど今はまだ怒りに身を任せるときじゃない。

もっと情報を聞き出さないと。


「『箱』ってなんだ?」

「あぁ、そうでしたね、まずそこから説明しないといけませんでした。『箱』とは僕と兄さん二人で管理してきた物語の保管庫のことです。」


物語の保管庫?

それも僕と管理してきただって?


「それをもとにつくった審判の箱を管理するシステムが兄さんにずっと同行していたウィルです。これは確かウィル本人からも聞いていたはずですよね?」

「あぁ、自分は生き物じゃないと言っていた。」

「そうですね。兄さんの手助けをするために一応あの形をとってはいますけどあの器が壊れてしまったところで死んでしまうということはありません。命ある生き物ではないので呪いの類の影響がなかったのは嬉しい誤算でしたね。」


そうだ。少女の肖像画のときも僕とグリンが絵に惑わされていた時、ウィルだけは平気そうだった。掛軸のメデゥーサの時だってウィルだけが平然と動けていた。


「ウィルには記録への接続制限をかけて兄さんにはなるべくそこにあるものそのものの姿を見てもらうようにしていたんです。初めの方は兄さんが起きるのが思ったよりも早かったのでこちらから直接指示を出したりとかもしていたんですけどね。」

「もしかして無表情になった時のあれか?」

「無表情?…あぁ、それはこちらからウィルに接続している時のことだと思います。指示通りに喋らしたり記録への接続を少しずつ開放したり。」


つまり、ウィルの別人格だと思っていた二人は両方ともこの男だったというわけか。

起きてすぐに危険な扉を開かせないようにしていたのもこいつか。


「最後の部屋に置いてあった黒い本は何だ?それにアークって…。」

「あぁ、あれは計画書兼報告書です。最後だから演出としてはいいかなって思ったんです。それとアークっていうのは兄さんの名前ですよ。審判の箱ではナノと言っていたようですけど。」


計画書兼報告書…。

実験でもしていたっていうのか?


「僕やグリン、ヘルシングを使って実験をしていたってことか。」


眉間にしわが寄り、険しい表情になった僕を男が両手を前に出してなだめる。


「ちょっと待ってください兄さん!そんな物騒な話じゃないですって‼」


もっと情報を聞き出すって決めたばかりじゃないか少し落ち着かないと…。

コーヒーを一口飲み一息つく。

落ち着いた僕を見て男が話を続ける。


「計画っていうのは兄さんにそれぞれが存在することの重要性を知ってもらうためのものですよ。」


またそれか…。


「だからその存在の重要性っていうのは何なんだよっ!」


ウィルとヘルシングとも話し合ったが結局何のことだかわからない。


「そのままの意味ですよ。兄さんと僕が管理してきた『箱』情報の存在がいかに重要で尊いかを知ってほしかったんです。」

「知ってほしかったって…。」


そんなことのために?

そんなことのためにグリンとヘルシングは死んだっていうのか?


「お前はそんなことのためにグリンとヘルシングを死なせたのか?」


そうだとしたら、いくらこいつが手助けしてくれていたからと言って許すことはできない。


「最初は触れ合ってもらうだけで十分わかってくれると思っていたんです。でも思ったんですよ…人が本当にその存在の大切さを一番感じることができるのはそれを失った時だって。」

「だから殺したのか…。」


そんなくだらないことのために。


「そうですけど…でも…」

「――――っ!!」


僕は軋む体に鞭を打ち男の胸ぐらをつかむ。


「そんなことのために死んでもいいわけがないだろうっ!!」


まだ体は言うことを聞かず、脚は震え、手にはようやく服を掴むことができる程度の力しか入らない。


「兄さんっ!落ち着いてくださいっ!」

「これが落ち着いていられるかっ!!」


男は今にも地面に倒れそうになる僕の体を支え、椅子へと戻す。


「兄さんはずっと座ったままだったんですから、急に動いたりしたら体痛めますよ?」


それなりに時間が経過して頭痛も無くなった。

それなのにどうしてこうも体が動かない?


「どうして体が…。」

「どうしてって、ずっと座っていたからです。……あぁっ、もしかして兄さん勘違いしているんじゃないですか?まぁそう思うのも無理はないですけど。」

「勘違い?」


僕が何を勘違いしているっていうんだ。


「兄さんがウィルたちと巡っていた審判の箱は現実ではありません。仮想世界なんです。」


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