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審判の箱  作者: 千人
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黒い扉

大きな白い部屋の中には二つの椅子が部屋の主を向いて置かれていた。

それは全身が漆黒に染められ、四つの足に鷲の翼、三つの頭を持ちそれぞれの頭にはたてがみがついていた。そして何よりも部屋を覆い隠さんばかりのその巨体は僕らに身をすくませるには十分だった。

まるで百獣の王ライオンを連想させるその風貌。

獲物をとらえて離さないその瞳、触れたが最期生きてはいられないであろうその牙と爪はこの目の前の存在が強者たる所以を物語っていた。


「しんぱんの…とき?」

「そうだ、お前たちの旅の終着点がここである。」


三つのうち真ん中の頭がそう答える。


「ウィル、あれが何者かわかるか?」


ウィルならばあいつの正体を知っているかもしれない。


「ギリシャ神話に登場するケルベロスに似てはいますが、ケルベロスには翼は生えていないはずです。ケルベロスは冥府の入口を守護する番犬であったはずですから、もしかすると先へ進む扉を守っているのかもしれません。」

「また、何かと混ざっているってことか。」

「とんでもねぇバケモンが出てきたもんだ。」


この部屋の大半を占めるサイズ…軽くはたかれただけでこちらはひとたまりもないだろう。


「流石にこんな奴相手に大立ち回りを演じることは俺にも無理だ。できれば穏便に済ませたいね。」

「そう願いたいな。」


この三頭のライオンはここが僕たちの終着点だと言っていた…。

まさかこいつが僕たちを皆殺しにして終着点だなんて言わないよな?


「お前たちには選択をしてもらう。」


左の頭が女性の声でそう言う。


「選択?」

「そうだ。」


今度は右の頭が気だるげな声で答える。


「何の選択ですか?」

「存在の選択だ!」


真ん中の頭が空気を振るわせるような声で言う。


「お前たちの中で一人、ここで旅を終える者を選べ。」

「――――ッ!?」


それって…つまり…。


「おいっ!そりぁここで死ぬやつを選べってことかっ!!」


ヘルシングが三頭に食ってかかる。


「質問は受け付けない。ヒントも存在しない。旅を終える者は中央に立ち、残りは椅子に座るがいい。さすれば道は開かれる。」


三頭の前にある二つの椅子を見る。

ここで旅を終えるやつはあの椅子の間に立てってことか…。


「なんだぁ?質問だとかヒントとか問題でも出しているつもりか?」

「――っ!?そうかもしれませんよ⁉本来ケルベロスにはないはずの翼にこの状況…ケルベロスと同じギリシャ神話に登場するスピンクスのお話に酷似しています。スピンクスには鷲の翼があり、旅人に問題を出し、間違ったものを食べたと言います。ケルベロスの冥界の番犬であるお話と混じってこのような形になっている可能性が高いですね。」


ケルベロスとスピンクスか。

これが問題だとするなら答えがあるということか?


「選択せよ。」


三頭が口をそろえて僕らに言う。

正しい選択をすれば誰も犠牲にならずにすむということだろうか?


「問題だというのならどこかに抜け道があるのか?」

「そうかもしれません。この中の誰かなら無事ですむということかもしれませんし、そもそもの問題の解釈の仕方、視点を変えてみるというものかもしれません。」

「視点ねぇ…。」


『旅を終える者は中央に立ち、残りは椅子に座るがいい』この言葉に別の解釈の仕方があるだろうか?

前半の『旅を終える者』この言葉には様々な取り方があるように思える。

ヘルシングの言うように誰か一人がここで死ぬという意味か、言葉通りにこれ以降は進めないというだけなのか。

これについてはどちらの意味であれ答えには関係ないか。

では後半の『中央に立ち残りは椅子に座るがいい』という部分はどうだろう?

これも結局は旅を続ける者二人が座って旅を終える者一人が真ん中に立つという風にしか取れない気がする。

………わからない。

本当にこれに答えなんてあるのだろうか?


「俺にはさっぱりだっ。お前たちはどうだ?」

「僕も分からない。」

「う~ん、私は浮いているので立っている扱いしないと考えたりしましたがそう考えたところで答えには結び付きそうにありませんね。」

「…いや、立っている扱いしないというのなら俺とナノが座ってウィルが浮いていればセーフってことはないのか?」


その理論でいくと、そもそも『中央に立つ』という条件から外れてしまうのではないだろうか?

その可能性がないわけじゃないがそんな曖昧な答えでウィルの命を危険にさらすのには抵抗がある。

だいたい、それでいいのなら初めに『ここで旅を終える者を選べ』というだろうか?


「どうでしょうか…。」

「僕は反対だ。あいつの言い方だとやっぱりここで誰かが旅を終えるのだと思う。初めにここで旅を終える者を選べと言っていたし。」


そもそも物語同士が混ざりあっているようだし、ウィルの言っていたスピンクスの姿をしているだけで問題と関係のない可能性だって十分ある。


「となるとどうする?どの道誰かが中央に立たねぇといけないんだろ?」

「………。」


何かいい手はないか?この場をうまく切り抜ける方法は?

考えども妙案は思いつかない。


「ここで道を引き返すのはどうだろう?」


そうだ。わざわざこんな危険を冒す必要はない戻るだけでも危険ではあるが少しでも安全な道を今までのように扉を少し開けて中を確認していった方がいいのではないか?

このまま進めばあの男に会える可能性は高い。だが、僕らの一人がかけてしまう可能性の高いこの道を無理やり突き進むぐらいならば戻ることも一つの手ではないだろうか?

他の道を進んでいけばあっさり出られるということだってあり得ないわけではないのだから。

グリンのときのような思いは二度と嫌だ。


「それはあまりお勧めはしませんね。」

「俺もそう思うぜ。」

「…どうしてだ?」


どうして二人とも否定するんだ?

二人だってこんなに危険な橋は渡りたくないだろうに。


「確かに他の道も危険かもしれないがここよりはましかもしれないだろ?」

「その可能性も確かにある…だがな…。」

「ナノさん、ナノさんのいうように他の道を選ぶという選択肢は確かにあります。ですがその場合、今まで通ってきたような危険な扉をまた掻い潜らなければいけなくなります。今までだって何度も死んでしまってもおかしくないような状況下に置かれてきました。それを出口に通じているかすらわからないまま闇雲進み続ける必要があるということです。」

「そうだ。今までは運よく生きてここまで来られたがあれを何度もとなると一人どころじゃねぇ犠牲がでることだって考えられる。あの男のいうことが真実ならばこの先でヤツに会える。ここから出られる可能性のあるこの先へ多少無茶してでも進むべきだ。」

「………。」


二人の言っていることは正しい。

他の道を選んだところでどこかで行き詰ってしまったり、安全な道を選び続けても誰かを失ってしまう可能性だって十分にある。

…進むしかないのか。


「そう…だな。三人の知恵を絞って何とかここを切り抜けよう!」

「おうっ!」

「はいっ!」


この道を進む。

そう決めて時間が過ぎていく。

未だに打開策は出ない。

三頭はそんな僕らを見つめるだけで急かしたり口を挟むようなことはなかった。


「こうなりゃ俺が中央に立って何とか切り抜けるしかないか…。」

「ダメですよ、いくらヘルシングさんでもどうにかなるようなレベルじゃないですっ!」

「うむ……。」


ヘルシングもそれは分かっているのだろうそれ以上強くは主張しなかった。

しばらく沈黙が続く…。


「最初の案の通り、私がいきましょう。」

「ウィルっ、あの案だって確証があるわけじゃ…。」

「わかっています。でも現状、一番有力な回答だと思います。」


ウィルの言葉に僕もヘルシングも反論できない。

本当にこの答えでいいのか?

これでもしウィルもグリンのようになったら…。

僕とヘルシングが椅子に座り、ウィルが中央に行く。

これでよかったのだろうか?

本当に…?


「これがお前たちの選択か。」


三頭が最終確認を行う。

この期に及んで僕はまだ迷っていた。


「ウィル、僕が中央にっ…!」

「ダメですよ、ウィルさん。私は大丈夫ですのでおとなしく座っていてください。」

「でも…。」


思いつく中ではこれが一番有力な手段なのかもしれない…でも…。


「それではお前が旅を終える者か。」

「はい。」


ウィルは凛としてそう答える。


……まて、今『旅を終える者』といったよな?

旅を終える者として見られているということは浮いていようが立っていようが同じようにカウントされているということだっ!


三頭の真ん中の頭が口を開きウィルに迫る。


まて、待ってくれっ‼

ウィルがそんなことになるくらいなら僕がっ!!

脚に力を入れ手を伸ばすっ!

今にも巨大なライオンの頭に喰われてしまいそうなウィルは穏やかな目でこちらを見ていた。

その目はまるで全てを受け入れる準備ができていたかのようなものだった。


お…まえ…わかっていたのか…。

ダメだっ…そんなのダメだッ!


今度こそ手放してなるものかと必死に手を伸ばすっ!

だがその手は空を切るだけで何も触れることはない。


届かない。

また、一人いなくなってしまうのか?

僕はまたっ…。

何も…守れずに…っ。


「どけぇぇぇええっ!!!」

「―――っ!!」

ドンッ!!


ウィルが弾かれたように僕めがけて飛んでくるっ!


「うっ!?」


僕は何とかウィルを受け止めウィルのいた場所を見るとヘルシングが今まさに巨大な口に飲み込まれようとしていた。

ヘル…シング…。

その表情はさっきまでウィルの浮かべていたのと同じ穏やかなものだった。

グァブッッ!!


カランッ…カランッ…

そこに残ったのは真っ赤な血溜まりとヘルシングが首からぶら下げていた十字架だけだった。


「あ、…あぁ……っ……。」


僕は声にならない声を上げ、ただただその十字架を見つめていた…。


「旅を終える者が変わってしまったようだが、まあ良い。」


三頭の口からは血が滴り、ぽちゃん…ぽちゃんと地面を濡らす。


「約束通り道は開かれる。」


そういうと三頭はまるで霧のように姿を消し、部屋の奥に白い扉が現れた。


「………。」


僕はヘルシングの仇が消えてもなお何もできずにその場で呆然としていた。


また、失ってしまった。

大切な仲間を。

大切な友人を。

僕はどこで間違ってしまったのだろう?

ウィルが真ん中に行くのを止められなかったこと?

それともグリンを僕らの手の届く場所にいるよう言わなかったこと?

それとも………。


それとも…。


それとも、僕が初めからあの部屋から出なければこんなことにはならなかったのだろうか?


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