和室
「部屋に入ったら寄り道せずに右奥にある緑の扉へ直行しようと思う。こんな危険なところ調べてられないからな。」
「俺もその方がいいと思うぜ。さっきの自動人形みたいに襲ってこられるのはごめんだし、襲われる前に通り過ぎちまおう。」
「そうですね。わざわざ長居する理由はありません。」
危険があることがわかっているのだからさっさとトンズラするに限る。
「警戒するべきはあの市松人形だろうな。」
「そうですね。市松人形の髪が伸びた…なんていうのは定番ですからね。」
「髪が伸びる程度何の問題もねぇんじゃねえか?」
「いえいえ、その髪が絡みついてくるというのもありますからね。油断はできません。」
そういえばいろいろ思い出したと言っていたな。
「それも思い出したことなのか?」
「はい。知識としてそういうものがあるいうことはそれなりに思い出してきています。部屋の構造であったりそこにいる者であったりですね。」
「本当かっ!」
部屋の構造が分かっていれば安全にここから出ることもできるはずだっ!
「でも、おかしいんですよね~。」
「何がだ?」
「今まで出会った生き物であったり物であったりは私の中の知識にあるものと一致するんですけれど、このマルゲリータさんの部屋や隣の自動人形の部屋は私の中にある知識とは違うんですよね。」
「違うっていうと?」
「私の記憶では基本的に伝説・伝承・都市伝説なんかの物語となっているモチーフがあってそれに基づいて部屋が構成されていたはずなんです。しかし、ヘルシングさんはこの部屋で声が聞こえたとおっしゃっていましたし、何というか違う物語同士をごちゃまぜにしたような感じなんですよね。」
「ごちゃまぜ…ねぇ。」
「ここから出る方法とかは思い出せていないのか?」
「そうですね。そういう記憶は思い出していないです。」
脱出方法が分からなかったのは残念だが、ごちゃまぜになっているせいで多少違いがあるとはいえ事前情報が得られるようになったのはかなり嬉しい。
「この部屋については分かるのは先ほど言ったことぐらいですね。」
「とりあえず人形に気を付けつつ緑の扉を目指せばいいんだな。」
「はい。ですが、ヘルシングさんが聞いた声のこともあります。想定外なことが起こることも十分考えられるので気を付けてください。」
最終確認を終え、いざ突入しようという時にヘルシングが呼び止める。
「そういや、人形に気を取られて忘れてたがこの中の部屋の襖の先には何があるんだ?」
「私の覚えている限りだと襖自体無かったんですよ。私の記憶に齟齬があるのかこの部屋が違うのかはわからないですけれど。」
「その辺は結局ぶっつけ本番ってことか。」
「気を緩めず行きましょう。」
僕は鍵を開けドアノブを捻る。
ぎぃぃー…。
部屋の中は先ほど見た時と何ら変わりはない。
「俺が先に行く。後ろをついてきてくれ、離れるなよ。」
「わかった。」
「わかりました。」
ヘルシングの後ろをついて右奥の緑の扉へ向かう。
ヘルシングならあっという間に扉へたどり着けるだろうが扉を開けることができない。
かといって僕やウィルが先に行くのも危険だということで結局ヘルシングが警戒しその後ろを僕らがついていく形となった。
寄り道をせず扉へと直進していく…。
「―――――。」
「まただっ!」
「どうした?」
部屋の中央まで来たところでヘルシングが声を上げる。
「何か子供の囁き声みたいのが聞こえんだよ。」
「囁き声?」
僕は足を止め、耳を澄ます。
「――――。」
「ホントだ!」
「私にも聞こえました!」
それは本当に小さな声で耳を澄まして集中しないと聞き取れないレベルの声だった。
部屋中から囁く声が聞こえる。
もしかしたらここを覗いたときヘルシングにしか聞こえなかったのは彼の卓越した身体能力のせいだったのかもしれない。
「とにかく今はかまってられねぇ。さっさと抜けちまうぞ。」
僕とウィルは頷き僕らは一刻も早くここから出るために足を進める。
「人形がっ!」
ウィルの言葉に反応して人形を見やる。
市松人形がこちらを向いており、黒い髪が見る見るうちに畳を伝って伸びてくる。
「急ぐぞっ!」
ヘルシングが声を上げたとほぼ同時に部屋のすべての襖ががばっと開く。
「ひぃっ‼」
ウィルが小さく悲鳴を上げたっ。
襖の先には棚にズラッと並べられた市松人形がびっしりとひしめきあっていた。
あそぼ…あそぼ…あそぼ……
いっしょにあそぼ…
市松人形が口々につぶやくっ!
「部屋中から聞こえてきてたのはこいつらの声かっ!!」
ズンッ
「うっ…」
「なんだっ⁉」
急に体が重くなり足を前に出すことができないっ!
「二人とも何止まってるんですかっ!!」
「お前、平気なのかっ!?」
僕とヘルシングが動けなくなっている中、ウィルだけは何も感じていないようだった。
辺りを囲む市松人形から伸びた髪がじわじわと僕らめがけて伸びてくる。
このままじゃまずいっ!
「ウィルっ!俺のトランクに黒い球が一つだけ入っているはずだっ!それを取り出して掛軸に投げろっ!はやくっ!!」
「は、はいっ‼」
掛軸…?
正面の掛軸を見るとそこに描かれていた女性が動き出していたっ!
薄い線で描かれたその白い服を纏った女性の髪がまるでその一本一本が生きているかのようにうねり、その先には蛇の頭がついていた。
ウィルがヘルシングに言われた通りにトランクを漁る。
「え、え~と…これですかっ!」
「そうだっ早く投げろっ!」
戸惑いながらもウィルは言うとおりに掛軸に向かって黒い球を投げつけるっ!
「え、えいっ!!」
ボォウッ!!
黒い球が着弾した位置から炎が上がり、掛軸とその下に会った市松人形を包み込む。
「キャァァァァァァァァァッ!!!」
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁー!!」
炎から頭をつんざくような悲鳴が上がる。
それと同時に重くなっていたからだが嘘のように解放される。
「よくやった!!今のうちに脱出するぞっ!」
「あぁっ!」
ヘルシングが伸びてきている市松人形の髪を一房掴み引きちぎるっ!
その髪を炎で燃やし他の髪へと炎を移し扉への道を開いていく。
「扉を頼むっ!」
「わかった!」
火のついた髪を受け取ったウィルもヘルシングとともに時間を稼ぐ。
その隙に僕は緑の扉の鍵を開け、扉を開いて二人を待つ。
「開いたぞッ!」
声に振り向いた二人を扉の先へ招き入れ、扉に鍵をする。
ガチャンッ…。
扉の先は一枚の白い紙が中央に置いてあるだけの何もない白い部屋だった。
安全であることを視認してから僕らは一息つく。
「ふぅ…、文字通り隠し玉はやっぱり持っておくもんだな!」
「あの黒い球ですか?」
「そうだ。鏡んとこの部屋でくすねてきたんだ。」
「いつの間にそんなことを…。」
「おかげで助かったよ。」
あの球が掛軸を燃やしてくれたおかげで僕らはあの重みから解放された。
「それにしてもどうしてあの掛軸が原因だってわかったんだ?」
「あぁ、それはあの絵にも一応注意してたからな。あの女の絵が動き出してこっちを睨んだとたんに動けなくなったもんだから多分あいつのせいだってな。それにしてもどうしてウィルだけが動けなくならなかったんだろうな?」
そうだ。ウィルだけがあの場で何事もないかのように動けていた。少女の肖像画のときも…。
「その理由は私にはわかりませんが、あの絵はおそらくいわくつきの掛軸とメドゥーサが混ざったものですね。」
メドゥーサって確か…
「見たものを石に変えるんだったか?」
「はい。メドゥーサはギリシャ神話に登場するゴルゴーン三姉妹の一人です。ナノさんの仰る通り見たものを恐怖のあまり硬直させ石に変えるという能力を持つとされています。」
「俺らは別に石にもなっていなければ完全に動けなかったわけでもねぇぜ?」
実際、ヘルシングはウィルに指示を出していたし、あくまで動くのが困難だってぐらいだった。
「それについてはあくまで私の予想ですが、いろいろな物語が混ざり合って本来の形からずれているのだと思います。」
「本来の形ねぇ…。」
そのメドゥーサが本来の形ならば確実に僕らは終わっていた。
危険な目には合っているが、ヘルシングや記憶を司る鏡と出会えたりと運に見放されているわけではないようだな。
「よくわからねぇことばっか起こるがとりあえずは無事で何よりだな!」
「あぁ。」
僕らが逃げ延びた先は白い部屋。
そして部屋の真ん中には一枚の白い紙。
部屋の最奥には黒い扉があった。




