記憶を司る鏡Ⅲ
「記憶そのものが存在しない?」
「はい。」
どういうことだ?
「あなたは記憶を思い出せないのでなく、思い出す記憶がそもそも存在しないのです。」
何を言っている?
そんなことありえないだろう?
僕はこうして今生きていているのだから今に至るまでの成長の記憶があるはずだ。
「存在しないなんてことはないだろう。」
「いいえ、存在しません。たとえ脳の一部を完全に失ってしまった人であっても他の部位に残る記憶から何かが視えるはずなんです。にも関わらずあなたの記憶は部屋で目覚めてそこのウィルさんに出会うところから始まっている。」
「………。」
そんなことありえない。
この鏡が嘘をついているか間違っているんじゃないのか?
「それなら俺を見てみてくれ。そうすりゃお前さんの言っていることが正しいのか判別できるかもしれねぇ。」
「わかりました。」
僕に変わってヘルシングが鏡の前に立ち、鏡をじっと見つめる。
「あなたの記憶も少し変ですね。」
「どういう意味だ?」
「あなたの記憶はなんというか…表面的です。あなたが吸血鬼を狩ることを生業として生きてきたことは分かりますが、その時の感情や周りとの人間関係といったものが一切見えません。」
「……なるほどなぁ。さっきは細かくは話さなかったが俺の記憶はまさにそんな感じだ。」
「―――っ!?」
ヘルシングが吸血鬼ハンターだということは誰も口にしてはいないはずだ。
それに、ヘルシングは見た目はいかついが、それを見て吸血鬼ハンターだと思うやつはまずいないだろう。
ということは、この鏡は嘘をついていなければ間違いも言っていないことになる。
僕の記憶は本当に存在していない…?
嘘だ!信じたくないっ!
でも、ヘルシングのいうことが鏡の言葉が真実だと物語っている。
「それでは私はどうなのでしょう。」
最後にウィルがヘルシングと位置を入れ替え、鏡の前に行く。
「それではよろしくお願いします。」
「はい。私をじっと見てください…。」
ウィルが鏡を見つめる…。
ぴきっ
「えっ?」
パリンッ!
ウィルが鏡を見つめた瞬間、鏡に映るその顔にひびが入りそのまま砕け散った。
「なんだっ?」
「鏡が…。」
何の前触れもなく鏡が割れ僕らは固まった。
「マルゲリータさんっ!」
ウィルが声をかけるも記憶を司る鏡はまるでただの鏡であるかのように答えない。
「急に…どうして?」
ウィルは鏡のかけらを一つ拾いそう漏らす。
「……。」
僕には鏡がこのタイミングで割れたのは偶然ではないように思えた。
ウィルの記憶。
それにはウィルに乗り移り、僕のことを兄さんと呼ぶあの存在が関係しているように思えたからだ。
あいつは普通じゃない。
ウィルに乗り移ったことはもちろんヘルシングを停止させたのも恐らくあいつだろう。
その発言も明らかに何かを知っている口調だった。
あいつなら鏡を割るぐらいのことは簡単にやってのけるだろう。
今このことを話せばウィルは自分のせいだと思ってしまうかもしれない。
今はまだ話さず、できることをしよう。
「とにかく、鏡のかけらを集めてみよう。」
「そうだな。もしかしたら元に戻るかもしれん。普通の鏡じゃねぇからな。」
「そ、そうですよねっ!」
僕らは鏡のかけらを一つ一つ集め、ヘルシングのトランクに入っていた接着剤を使い鏡を修復していく…。
………。
修復には予想以上に時間がかかった。
飛び散った小さなかけらが見つからなかったり、見つけたとしてもどの部位の物なのか分かりづらかったからだ。
それでも僕らは何とか形だけは鏡を修復することに成功した。
「どうだ?」
「何の変化もねぇな…。」
僕らが諦めかけたその時、鏡からピキピキと音が鳴り始めた。
「な、なんだ?」
「か、鏡が修復されていきますっ!!」
接着剤でかろうじて繋ぎ止められていたボロボロの鏡のひびが見る見るうちになくなっていく。
「……ん?」
「マルゲリータさんっ!!」
「ウィルさん…。」
鏡は割れてしまう前の姿にすっかり元通りとなっていた。
僕らは鏡に急に前触れもなく割れてしまったことと、僕らでつなぎ合わせたことを伝えた。
「そうですか、皆さんが直してくださったんですね。ありがとうございます。」
自己修復までするとはまさに魔法の鏡だな。
「気にする必要はねぇよ。それよりもどうしてお前は急に割れたりしたんだ?俺たちは誰も触れてすらいねぇのに。」
「その理由については分かりませんが、おそらくきっかけとなったであろうことは分かります。」
「何だってんだ?」
「ウィルさんの記憶です。」
やっぱりか。
「どういうことだ?」
「ウィルさんの記憶にはプロテクトがかけられていました。」
「プロテクト?」
「はい。イメージとしてはウィルさんの記憶の引き出しに鍵をかけられているという状態です。」
「鍵ねぇ…。」
「あなた方お二人の記憶とは違い記憶は確かに存在していますが、それを思い出せないようにされているみたいです。」
「思い出せないようにされているとは?」
「何者かに思い出せないようロックをかけられているということです。」
「なんだって!?」
意図的に記憶を思い出せないようにされている?
人の記憶を操作しているということか?そんなことができるのか?
いや、あいつならやりかねない。
ウィルに乗り移ったあいつなら…。
「私の記憶はその何者かに封じられているということでしょうか?」
ウィルが不安そうに鏡に聞く。
「はい。間違いないと思います。おそらくその何者かがウィルさんの記憶に干渉しようとした私を破壊したんでしょう。」
「そんな…。」
ウィルは顔を伏せる。
「どうしてそんなことを…。」
あいつが言っていたこと。
『存在の重要性』とやらを僕にわからせるためにやっていることなのだろうか?
だとしたらどうしてそこまでする?
そんなにい大事なことなのだろうか?
わからない。
今の僕には…。
「お前はそいつに心当たりはないのか?」
ヘルシングがウィルに尋ねる。
「いえ…何も…。」
今言うべきか?あの時のことを…。
「二人とも…実は僕には心当たりがあるんだ。」
「ホントかっ!?」
「本当ですか?」
「あぁ。」
全て話そう…。
あの時僕にあったすべてを…。
「前に僕が夢の話をしたのを覚えているか。」
「確か…弟さんの話でしたよね?」
「あぁ、そうだ。実際に弟なのかどうかは分からないが僕のことを兄さんと呼んでいた人物。僕はそいつに会ったんだ。」
「会った?ナノさんはずっと私たちと一緒にいたはずですが?」
「そうだぜ。俺たちはそんなやつ見てねぇぞ?」
二人ともやはりあの時の記憶がない。
だからこそ混乱を避けるために今まで黙っていたわけだが、今こそ話すべき時だ。
「二人は覚えていないかもしれないけれど僕らはグリンが死んだあの時に会っているんだ。」
「どういう意味だ?」
「あの時、ウィルがまるで別人のように話し始めたんだ。」
「??俺はそんなところ見た覚えはないが?」
「ヘルシングは固まっていたからな。まるで置物みたいに。」
「俺が?夢の話でもしてるのか?」
信じられないのも無理はない僕だって突然こんなことを言われたら白昼夢でも見ただけじゃないかと疑うだろう。
「そういえば前にも私に別の人格がどうとか言っていましたよね?」
「それも嘘じゃない。証明する方法はないが…。」
何か録音でもできるようなものでもあればよかったんだがな。
…そうだ!証明する方法があるじゃないか!
「ちょっと俺の記憶を見て確かめてくれないか?」
僕は鏡に対して頼む。
この記憶を司る鏡が本物であることはもう証明されている。
それならば僕の記憶を見てもらって裏付けを取ってもらえばいい。
「わかりました。それでは視させてもらいますね。」
僕は鏡をじっと見つめる。
「視えました。確かにナノさんはその兄さんと呼び掛けてくる存在に会っているようです。」
「本当だったのか⁉」
「私の別の人格というのも?」
「はい、何度か入れ替わることがあったようです。」
「……!」
ウィルは絶句していた。
自分の知らないところで別人格が存在しているなんて言われれば誰でもそうなるだろう。
「ナノがそうゆう夢だとか幻覚を見たのを勘違いしているってことはないのか?」
「夢かどうかについては私には判別可能ですのであり得ません。それに幻覚の可能性についてもあれだけリアルな幻覚を見るというのは考えづらいです。」
「そうか…。」
僕自身が勘違いしている可能性は否定のしようがないから本当に助かった。
「ですが一つ、ナノさんが勘違いされていることがあります。」
「……?何のことだ?」
「ナノさんが夢だと思っているその兄さんと呼ぶ人物に会った記憶ですがあれは現実です。」
「何だって⁉」
死んだかと思ったあの時本当にあいつに会っていたというのか!?
だがあの時ウィルとグリンが僕についていてくれたはずだ。
ヘルシングのようにあの場にいた全員を止めたとでもいうのか?
何故そんなことを?
「これでナノさんが先程話されたことにおいて嘘は言っていないことが証明されました。」
「ナノ、悪かったな疑っちまって。」
「私も信じてあげられなくてすみませんでした…。」
「いいよ、結果信じてもらえたようでよかった。」
本当に信じてもらえてよかった。
鏡には感謝しなくちゃな。
「ありがとう。証明してくれて。」
「いいえ。お役に立ててよかったです。」
これでいよいよあの男のことについて話せる。
この作品のキーワードとなる記憶に関するお話です。物語の核心、重要な話ですので今回は少し長めですね。この先の完結まで粉骨砕身、頑張って紡いでいこうと思いますのでそれまでお付き合いいただけたらなと思います。




