激闘の跡
「……さん、………はや……ね。もう少………か。」
誰だ?
何を言っている?
「それ…、……たね。兄さん。」
………。
「ナノさんっ‼起きてくださいっ‼」
「おきてよぅ~ナノォ~!」
「おいっ!目を覚ませっ!」
うっ…なんだ…うるさいぞ…。
「さっさと目を覚まさないとっ、さまさないと――っ!」
「うっ……しんじゃやだよぅ~」
「死にゃしねぇよ!心臓だって動いてるっ!」
何だウィル…顔がぐしょぐしょじゃないか…そんな顔は初めて見るな…。
グリンもそんなに目を腫らして…僕は死んでなんかいないよ…。
体が重い。まるで鉛のようだ。
あぁ…瞼が……おも…い…。
………。
「――っ!……?」
瞼を開けると窓から月の光が僕を照らしていた。
「起きたかニャ。」
「チェシャ猫っ!どうしてここに?」
チェシャ猫が仰向けに寝ている僕の顔を見下ろしてくる。
「後ろをついてきただけニャ。」
「なんでついてきてるんだよ…。」
「面白そうだからニャ。」
この猫ロクなことしそうにないから近くにいられると不安になるんだよなぁ。
体を起こそうとすると体にもたれかかっていた存在に気が付く。
ウィルとグリンが両側から僕を挟むように寝息を立てていた。
「おう、起きたか。」
「ヘルシング…。」
「体に異常はないか?」
「あぁ、体も動くし痛いところもない。」
「そうか。」
そうだ。僕は吸血鬼に噛まれた。
ふとした瞬間の油断のせいで僕は首元を噛まれた。
…だけれど痛みは感じない。
右手を首元の噛まれた位置に恐る恐るそえる……何もない。
怪我はおろか噛まれたような跡もない。
「チェシャ猫っ、僕の首に……」
そこにはチェシャ猫の姿はなかった。また消えたか…。
「ん?どうした?」
「いや、何でもないよ…。それより僕の首はどうなってる?」
「それが確かにあの野郎に噛まれてたはずなんだが噛まれた後どころか血痕すらなくなってやがる。どういうこった?」
「噛まれた跡がない…。噛まれた感覚はあったはずなのに。」
あの痛み…あの燃えるような熱さを僕は覚えている。
あの残酷なまでのリアルさが幻覚であるはずがない!
「俺だってお前の首から血が噴き出るのを見たぜ?なのに、ヤツを片した後に見てみりゃ全てなかったことみてぇに消えてやがる。」
「ヤツを片したって…?」
ヘルシングの服を見るとところどころ灰色に染まっている。
彼も見られていることに気づいたようで説明する。
「これか気になるか?これは吸血鬼の返り血だ。ヤツが死んだ今はもうただの灰になっちまってるがな。辺りを見てみろそこら中に灰があるはずだぜ。」
周囲を見渡すと壁、床、天窓に至るまで灰が散乱しており、いたるところにヘルシングの杭が突き刺さっていた。
その光景がこの場所で行われた激闘を物語っている。
「……そういえば、吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼になるというのを聞いたことがある。僕の首の傷が何ともなくなっているのはもしかしたらそのせいなんじゃ…。」
「いや、それはないな。噛みついて吸血鬼を増やすのはもっと上位の吸血鬼だ。ヤツにはできない。」
「そう、なのか…。」
だとすると何だろう?これはもともと僕が持っていた能力なのだろうか?
記憶のない僕にはわからない。
「とにかく今は生きていたことに感謝しようや。生きてさえいれば人生なんとでもなるさ。」
「…そうだな。」
ヘルシングは僕が悲観的にならないよう励ましてくれているんだ。口は悪いが悪い人じゃないんだろう。
「お前が起きる少し前までそいつらずっと泣きじゃくってやがったんだ。それだけお前のことを大事に思ってくれてるってこった。大事にしてやれよ。」
「あぁ…大事にするよ。」
目じりを腫れさせもたれかかってくる二人を僕はそっと撫でた。




