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審判の箱  作者: 千人
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水の美女Ⅱ

「あらら、お耳が真っ赤になってしまっていますねぇ。」


ウンディーネに膝枕をしてもらい、ウィルのせいで腫れた耳を冷たい水の手で包み込むように冷やしてもらっていた。


「ずいぶんと幸せそうな顔をしていらっしゃいますね。」

「ん?何か言ったか?」


僕は今癒しの中にいる。

冷たくて気持ちのいい太ももから、手から、心安らぐ水の音が聞こえてくる。

雑音など僕の耳には届かない。


「腫れが引いてきたようです。もう大丈夫かしら。」

「いえ、もう少しお願いします。」

「ナノさんっ!」


ウィルがもう何度受けたかわからないジトッとした目でこちらを見る。


「よく聞くんだウィル。人生どんな時だって細心の注意を払って生きていれば大概最悪の事態は回避できる…つまりっ!扉を開けるとき然り、念には念をだ。今だってそうだ。表面上は耳の腫れは引いているかもしれない…だがっ!内部では炎症が続いていて、それが原因でいずれ死に至る可能性もゼロではないのだ!だから僕はまだウンディーネに耳を冷やしてもらう必要がある。分かるね?」


「わかりません。」


「何故だっ!こんなにも言葉を尽くして説明しているというのにっ‼」

「私にわかるのはナノさんのリビドーが自身の行為を正当化するために今までで類を見ないくらいナノさんを饒舌にしているということぐらいです。」


ぐぬぬ…これだけ言ってもダメか。

大体、僕は雌雄異体の人間である以上リビドーで動くのは何も間違ってはいないはずだ!

人間はリビドーがなければ絶滅しちゃうじゃないか。そうだ、僕は正しいはずだ。

結局動こうとしない僕を見てウィルはため息をつきウンディーネはくすくすと笑っている。


「ウンディーネはここでなにをしていたの?」


水を蹴ったりして遊んでいたグリンが水遊びに飽きたのか僕らのもとに寄ってくる。


「あなた達が来るまでは水の状態でいたから特に何をしていたというわけじゃないわ。強いて言えばお空を見ていたぐらいかしら。」

「あきたりしないの?」

「う~ん、ずっとここにいたはずなのだけれど、不思議と少し眺めていたぐらいの感覚なのよね。どうしてかしら?」


僕らやゴーレムと同じか…曖昧なんだ。

ウンディーネの膝枕を十分堪能した僕は腰を上げる。

幸せな時間だった…。


「ウンディーネだけじゃない、どうやらこのあたりにいる全員が記憶が曖昧になっている部分があるみたいなんだ。」

「あら、あなた達も?」


僕ら三人は頷く。


「流石に偶然ってことはなさそうね。」


このあたりで出会う生き物すべてが記憶におかしなところがある。ウィルだけは少しずつ記憶を取り戻してはいるが今のところ僕はかけらも思い出せていない。


「ウンディーネさん。ここって地平線が見えていますけれど、進んでいくと何かあったりするんですか?」


ウィルが地平線を見て言う。

それは確かに気になるな。

ようやく外に出られたんだ。

早いとこ他の人に会ってこの訳の分からない状況から脱出したい。


「この先には何もないわよ。」


何もない?

どのくらい距離があるかはわからないが進んでいけばそのうち民家の一つや二つあるはずだ。


「ウンディーネ、何もないとは?」

「そのまんまの意味よ。この先には何もない。」

「そんなことはないだろう。歩いていけばいつかは何か建物にでもあたるはずだ。」

「いいえ、何もないのよ。私は自分の住む水で起こることはすべて把握できるの。だから例え千キロ先で水がはねたとしても私には手に取るようにわかるの。そしてここからどの方向に進んでも壁に突き当たるだけよ。」

「そんな……。」


ここは空が見えている。だけど僕らが外だと思っていたのは天井のない巨大な部屋だったというわけか?まさに、井の中の蛙だな。



「はいはいっ!じゃあ、トビラはないの?」


グリンは翼で手を挙げるようにして質問する。


「そこの扉と同じような凹凸はどこにもないわね。」

「そっかぁ~」

「ここにきて行き止まりですね。」

「そうだな。」


あっそうだ!

ウィルとグリンにに壁の向こう側まで飛んで行ってもらえばいい。

当然二人の姿を見て驚かれるだろうがこの場所に助けを求めている人間がいることを伝えられれば誰かが助けに来てくれるだろう。

それに、伝えられなかったとしてもグリンやウィルがいるこの場所を調べに来るはずだ。

とすると、問題は壁までの距離か…いや、神殿の部屋の方角なら実は他の建物が近くにあるということもあるかもしれない。


「グリン、少し飛んで周りに何かないか確認してくれないか?」

「わかった!」


そういってグリンは上へと飛んだ。

しばらく上昇して壁の高さを超えようかというところで「あいたっ」という声が聞こえてきた。


「グリンっ!どうした!」


大声でグリンを呼ぶと、しばらくしてバサバサと音を立てながら降りてきた。


「なんだかみえないかべがあった。」

「見えない壁?」

「そう、つついたりしてみたけどびくともしなかった。」

「飛んで壁を超えるのは無理か…。」

「そうみたい…。」


ここで落ち込んでいても仕方がない。

そうなると来た道を引き返すしかないか…。


「戻って他の扉を調べるしかないな。」

「うん。」

「そうですね。」


戻るとなると緑の扉はもうなかったよな?大丈夫だろうか?


「ウンディーネもいっしょにくるよね?」

「いいえ、私はこの水があるところでしか生きられないの。だから、一緒には行けない。ごめんなさいね。」

「いっしょにいてくれたら、たのしいとおもったのになぁ。」

「そういってくれて嬉しいわ。」


ウンディーネ温かい笑みを浮かべグリンを撫でている。


「じゃあ僕らは行くよ。またね!」

「またあいにくるからねっ!」

「それではまたいつか!」


「えぇ。その時はまた膝枕をしてあげるわ。」


そういってウンディーネはいたずらっぽく笑った。


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