怖い体験をした後輩ちゃんの話
それは去年の今頃、もうすぐ夏を迎え、そろそろ暑さも際立って来た頃の話だ。
うちの部署にその年の春から入社した新卒の新人ちゃんがいた。
名前は加藤瑠奈。
わりと可愛めで、皆からの特におっさん連中からの評判がよい。
俺にも初めて出来た後輩ちゃんだ。
この後輩ちゃん、加藤瑠奈は少し変わっている。
どこがどう変わっているのか具体的に表現するのは難しいのだが、とにかく変わっているのだ。
うちの部署は人数が少なめな事もあって、昼休みの飯時はいつも皆で集まって飯を食い談笑して過ごしている。
その日も後輩ちゃんは話の中に混じっていた。
やれワールドカップだ、やれビアガーデンだとやいのやいのしている時、後輩ちゃんが何かを思い出したかのように口を開いた。
「そういえば……聞いてくださいよ!」
「どうしたんだ? 加藤」
「私の家お化けが出るんです!」
「お化け……?」
「はい……」
突然何を思い出したのかと思ったら、まさかの怪談話だった。
後輩ちゃんは、その時の様子を思い出しているかのように目を潤ませ、産まれたての子牛のようにプルプルとしている。
とても可愛い。
そのプルプル加減をずっと見ているのも悪くはないが、話を聞いて欲しそうな上目遣いでこちらを見つめてくる後輩ちゃんを無視するわけにもいくまい。
俺は飯と一緒に飲んでいたお茶を一口飲むと、聞く体制へと変え後輩ちゃんへ尋ねた。
「それで? なにがあったの?」
「それがですね……!」
後輩ちゃんはその恐怖体験を細かく説明していった。
「この間家に帰って鍵を開けてドアを開けたら、なんか家の中がひんやりしてるんですよ」
「エアコン消し忘れたんじゃない?」
「そう思って私も確認したんですけど、消えてるんですよ……」
「ふむ。もうそんな涼しい季節でもないよな」
「そうですよね! それでもまぁ涼しいならいっか! って思ってまず汗を流そうとお風呂入ったんですよ」
「いいのかよ……」
「そしたら、髪洗ってる時に、なんか背後から誰かが見ている様な気配がしたんです!」
「たまにあるよな、そういう時」
「先輩もですか!?」
「まぁ俺のは気のせいだけどな」
「そうですか……そ、それでですね! すぐに洗い流してパッとその方向を見るんですけど何もいないんです」
「そういうもんじゃね?」
あるよね、そういう時。
何も居ないけど何かに見られてる様なそんな感覚。
うん、あるある。
「それだけじゃないんですよ!」
「ほう?」
「お風呂から出て部屋に戻ったら、何か黒い物がサッと目の前を横切ったんです!」
「黒い物ね……」
「私、こう見えてコンタクトなんですけど、お風呂上りだからコンタクトも外しててよく見えなかったんですけど……あれ、絶対お化けですよ!」
「そ、そうかな……」
黒い物……あれだよね。
皆が嫌いなすばやく動いて空も飛べるやつ。
後輩ちゃん北の出身だから見たことないのかな……
寒い地方には出ないっていうもんね。
「あと! それだけじゃないんです!」
「お、おう」
「髪乾かした後ご飯作ったんですよ。そしたらその後凄いお腹が痛くなって……呪いとかなんじゃないかと……」
「の、呪い……?」
「はい……テレビとか消してないのに消えてたり、部屋に戻ってきたら急に点いたりとかもありますし……」
「そ、そうか」
入社当初から思ってはいたが、この子……やっぱりちょっと変わってるよな。
思い込みが激しいのかな……
「あと!」
「あ、はい」
「その次の日も家に帰ったら玄関の鍵閉めたはずなのに開いてるし!」
「無用心だな……」
「閉めたんですよ! ちゃんと! たぶん……」
「確認はしような?」
「そ、それで! 消してたはずの電気も点いてるし!」
「確認はしような?」
「それはしてます!」
「そ、そうか」
何やら話が怪しい方向になってきたような気がするぞ?
この子はもしかして……本物の天然なのか。
「それで、うち1匹ネコ飼ってるんですよー! あ、名前はかきのもとです」
「かきのもと?」
「知らないんですか? 美味しいですよ! かきのもと!」
「そうか、今度機会があったら食べてみるよ……」
「はい、ぜひ! そのかきのちゃんなんですけど、たまに何も無い部屋の隅とかジーっと見てる時あるんですよ……」
「お、おう。そうか」
かきのもと、調べてみたら食用菊の様で、主におひたしにして食す物だった。
地味なやつ好きなんだな、後輩ちゃん。
「怖くて私部屋に一人で居られないんですよ……」
「そうなのか……」
「先輩、ちょっとうちに怪しい所がないか確認に来て貰えませんか?」
「え? い、いいの? 家に行って……」
「先輩にしか頼めないです!」
「そ、そうか。じゃあいつ行こうか」
「ちょうど今日は週末ですし、今日の夜とかどうですか?」
「ん? ああ、空いてるよ」
「じゃあ仕事終わったらうちに来てください!」
「お、おう」
思わぬ展開になった……
後輩ちゃんからのお願いとはいえ、同僚のしかも異性の家に上がりこんでいいものだろうか。
他の同僚も連れて行った方がいいんじゃないか?
「他にも声かけるか。人が多い方が安心はあるよ……」
「だ、だめです! 先輩だけじゃないと!」
「な、なんでだ?」
「い、いや……恥ずかしいじゃないですか……大勢に来られると……」
「俺はいいのか?」
「あと、ほら! うち狭いですし!」
「そ、そうか」
なんか被せ気味に制された。
この子こんなにはっきりとした物言いしたの初めてなんじゃないか……?
よほど家が狭いか恥ずかしいかどちらかなんだろうな……
そんなこんなで休憩時間は終わり、俺一人で後輩ちゃんの家に行く事になったわけだ。
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そして、仕事も終わり退社の時間。
後輩ちゃんは約束通り、会社の入り口で俺が出て来るのを待っていた。
「おつかれさまです! 先輩!」
「おう、待たせたな」
「では行きましょう!」
「お、おう」
なにやら後輩ちゃんは機嫌がいい
これから怖い家に帰るはずなのに。
今日は俺という心強いスケットがいるから安心なのだろうか。
趣味がゲームと読書という、運動からっきしの俺に多大な期待をされてもどうかと思うが……
「先輩! どうします? ちょっと買い物してから帰りますか?」
「うーん、そうだな。晩御飯とかもあるしな」
「今日は私がご飯作ります!」
「え! わざわざ作ってくれるの?」
「はい! せめてものお礼です!」
「そ、そうか」
なんとかいがいしい。
お礼に手料理とは、一人暮らしの俺にはありがたい。
この機会に栄養を取らせてもらおう。
そして、俺と後輩ちゃんは晩御飯の材料を近くのスーパーで購入し、後輩ちゃんの家へと向かった。
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「ここです……」
「ふむ。まぁ広くはなさそうだね」
「そうでしょ?」
心なしか、後輩ちゃんの元気が無くなった気がする。
家に着いて実際に家に入るとなるとやっぱり落ち着かないのだろうか。
「ど、どうぞ」
「おじゃまします……」
後輩ちゃんがドアを開け、中に入ると空気がひんやりしていた。
外の気温とはやはり体感で違うくらいひんやりしているのだ。
「ほ、ほら。少し涼しいですよね?」
「そうだな……エアコンは?」
「点いてないですよ! ほら!」
「ほんとだね」
言われた通り、エアコンは点いていない。
ただ、部屋はひんやりとしているのだ。
その時、足元に何かが絡みつく感触があった。
「な、なんだ!?」
「あ、かきのちゃん! ただいま~!」
『ニャ~ン』
ああ、噂のかきのもとか。
全身真っ黒で綺麗な瞳の色をした猫だった。
黒い猫は不吉の象徴と言われる事もある様で、黒い猫が自分の目の前を横切ると不吉な事が起こるとか聞いた事がある。
実際にこうして黒い猫を飼っていたら、目の前なんか横切り放題だろうから信憑性も何も無い。
迷信の類だろうな。
「さて、じゃあお化けの正体を確認しますか」
「え? か、確認するんですか?」
「その為に来たんだろ?」
「え、あ、そうですね」
「ん?」
「い、いえ……目に見えない物を確認するって言うから……」
「ああ、まぁだいたいは科学で証明出来ちゃう事象だしな」
「そ、そうですか……」
さて、まずはこのエアコンも点けていないのに部屋がひんやりしている原因からだ。
だいたいの察しはついているが、まずはキッチンを確認しよう。
「キッチンはこっちかな?」
「はい、そうです」
「ちょっと見てもいいかな?」
「はい……特に何もないですけど……」
「ふむ……これが原因だな」
「え?」
冷蔵庫がぴっちり閉じておらず、少し隙間が開いていてそこから冷気が流れ出していた。
冷蔵庫を開け、中を確認して見ると、食材がこれでもかと言うほど詰め込まれていた。
「こんなに詰め込んでたらそりゃ勝手に開いちゃうよ」
「そ、そうですか……」
「勝手に開いた冷蔵庫の冷気が、いない間ずっと部屋に流れてたから部屋がひんやりしてたんだね」
「えぇ……それで電気代が高かったのかぁ……」
「それだけじゃないよ。お腹痛くなったのはそのせいじゃない?」
「よく冷えてなかったんですかね?」
「そうだろうね。ぴっちり閉まってないと床に置いてるのとあんまり変わらないよ」
「ううぅ……」
部屋がひんやりしている原因と、お化けの呪いの二つの理由が解決した。
こんなに食材が冷蔵庫に詰まっているのに、美味しい物を作りたかったのか、また新しい食材をスーパーで買って帰って来ている。
その食材の残りはどこに入れるつもりだったのか……
まずは冷蔵庫の中身の食材の痛み具合をチェックし、いるいらないの仕分けをして、今日の食材の入れる場所を作っていった。
そんな作業をしている時だった。
突如、リビングの電気がパカパカと点いたり消えたりを繰り返し始めた。
「ほ、ほら! 電気!!」
「そうだね」
「なんでそんな冷静なんですか……」
「いやだってさ……」
リビングの方を見ると、確かに電気がパカパカとしている。
ただ、リビングの電気はリモコンで操作が出来る代物の様だ。
そのリモコンはと言うと、かきのもとちゃんが遊び道具にしている。
「電気のリモコン……見てごらん?」
「え? あ! かきのちゃん! ダメでしょそれで遊んじゃー!」
「まぁ、原因はそれだね」
「そ、そうでしたね……」
かきのもとちゃんがじゃれていたリモコンを取り上げると、電気のパカパカは収まった。
全く人騒がせな猫である。
「あとはなんだっけ? テレビだっけ?」
「はい……」
「そのテレビ、人感センサー付いてるよね?」
「はい……」
「それだよね?」
「はい……たぶん……」
「理由、分かってたんじゃない?」
「なんとなく……は……」
「ハァ……」
つい溜息が出てしまった。
大騒ぎしたものの、だいたい理由は分かっていながら人に確認をさせるとは。
まぁ可愛い後輩が困っている様だったし、むげにするのも良くはないとは思ったが……
「お、怒っちゃいました……?」
「いや、怒ってはいないよ」
「ごめんなさい」
「うん、いいよ、だいじょうぶ」
「これには、理由があるんです……」
「理由?」
「はい……」
「どんなよ?」
「それは……」
後輩ちゃんはなんとなく言いづらそうな様子を見せていた。
俺が少し不満そうな態度を取ってしまったからだろうか。
我ながら少し大人げ無かったかもしれない。
「怒ってないから言ってごらん?」
「えっと……」
「何?」
「先輩が……」
「俺が?」
「……好き」
「え?」
「好きなんです!!」
「えー!?」
何を言い出した!
この子は!何を言い出した!
後輩ちゃんは顔を真っ赤にして俯いているし!
なんだ!なんだこの展開は!!
「……先輩草食系じゃないですか……」
「まぁ、そうだね……」
「絶対職場ではこれ以上の進展はないだろうなって」
「まぁ周りの目もあるしね……」
「だから、なんとか家に連れ込んであわよくばと……ごめんなさい」
「あ、いやいい、だいじょうぶ!」
「……ごめんなさい」
「だいじょうぶ! いや! 泣くな!」
「……ううぅ」
女子に告白されたのは初めてだし、目の前で泣かれるのも初めてだった。
こんな時どういう顔したらいいかわからない。
とりあえず笑えばいいはず!
「ひとまず泣かない、ね? スマイル! にこー!」
「ううぅ……はいぃ……」
「一旦落ち着こう、な? そうだ、ご飯! ご飯食べよう!」
「あい……ご飯作ってきます……ズビィ……」
後輩ちゃんは鼻をすすりながらキッチンへと消えていった。
その日後輩ちゃんが作った手料理は、心なしか塩分が多かった気がする。
それでも味はとても良かった。
怪談話なのかと思い聞いていた話が、よもや俺を自宅へと誘導する複線だったとは……
どこからどこまでが準備していた話なのか分からない。
分からないが、そんなに俺の事を思って準備していてくれたなんて嬉しい話だ。
そして、そこから1年足らずで、加藤瑠奈は後輩ちゃんから俺の嫁ちゃんになっている。
肉食系女子の行動力は恐ろしい。
ある意味、怖い話だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
期待外れの展開となってしまった方申し訳ありません。
ぜひ、感想のなどいただけたら今後の作品の励みや参考にさせていただきます!
連載物のシーナリーリピートの方もよろしければお読みいただけたら幸いです。
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