ポジティブ・スピリット!
ぽんと出たネタです。最初に考えついたものは後書きにあらすじみたいなものになっています。
感想や文章の評価を頂けるとスクワットが捗ります。
目が覚めると、首だけになっていた。
「………ホワッツ?」
思わず英語が出てしまったが、俺は外国人ではない。日本語を喋る日本人だ。
ただ、それしか分からない。
なんで胴体らしきものが一切無くて、道路の真ん中にマネキンの首みたいに立てられているのか、どうしてこうなったのか、そもそも自分が誰なのかすら分からない。
「やっべー……これ記憶喪失ってやつ?」
幸い言葉は喋れるし、ある程度の知識はあるようだが、自分に関する記憶が一切無かった。分かっているのは一人称が「俺」だってこと、髪が黒いこと、そして現在首だけになっていることだ。
「え、というかなんで俺生きてんだ……?え?首だけ?で?生きられるもんだっけ……?」
いや無理だろ。
自分の考えに自分でツッコむ。
でも実際生きちゃってるし、体が無いので動いて現状を詳しく確かめることもできない。
「どうすんだコレ……つうか車とか来たら死ぬじゃん。人が通らないかな…?いやでも絶対逃げられそうな気がする」
俺が首だけで突っ立っている(?)ところは、道路の真ん中だが住宅地の中らしく、静かだ。突然ぱちっと目が覚めてから人の気配すら無くて、いっそ不気味なほどだが。
「……ガチでどうしよう?」
「ぁ、あのぉ〜……」
「ほへぃっ!?」
またしても変な声が出たが、これは仕方がないと思う。だって誰もいないと思っていたのに、いきなり死角から声をかけられたのだから。
恐る恐る途中までしかないっぽい首をひねって振り返ると、そこにはセーラー服の女子高生らしき女の子がいた。
「な、なんで、ショウカ……?」
「あ、あれ?言葉通じてるっ!?」
「ツッコむとこそこなの!?」
「え、だ、だって貴方幽霊じゃ……?」
「え?」
「え?」
……今、ものすごく不可解なことを言われなかったか?
俺が幽霊、とか……。
「えっ俺幽霊?」
「そう、そうです!た、多分?」
「何故疑問形……」
「だってあの、言葉が通じる幽霊は初めてで」
普通は通じないもんなのか?いやその前に幽霊に普通とかあるのか。
というか、言ってることが本当ならこの子は普段から言葉が通じない幽霊を見てきているってことになるんだが……?
まあとりあえず、今は自分の現状を把握するのが優先だ。
「……俺幽霊なのかー。そっかー……」
「しょ、ショック、ですよね……。あの、私、貴方が成仏できるように頑張りますからっ!」
「いや、そんなこと言われてもな。俺まだ自分が幽霊とか言われても半信半疑だし……」
「……そこは首だけで活動できてる点で納得してください」
「それもそうか」
言われてみれば確かに、俺が幽霊なら色々と説明がつく……気がする。記憶喪失についてはよく分からないが。
幽霊。幽霊ねえ。
「あ、じゃあ浮くとかできるかな!?」
「えっ!?」
思い立ったが吉日、俺は早速浮くことができるか試すことにした。
「ふぅおおおおぉおお……!」
「ちょ、ちょっと、そんなに無理したら……って浮いたぁあ!!?」
やってみたら案外いけた!
ちょっとバランスをとるのが難しいが、進行方向は首を傾けることで変えられるらしい。
ただ上下を調整するのはさらに難しくて、俺はふらふらしながらあっちこっちに方向を変えてみた。割と楽しい。女の子がおろおろしているのがちょっと気の毒だったが、俺はとりあえずの移動手段を見つけたことで大喜びしていた。
「すげえ、動ける!首だけでも!」
「な、なんでそんなに順応が早いんですか……?」
なんだかどっと疲れた様子の女の子にそう尋ねられたけれど、俺も明確な答えがあるわけじゃない。
「なんとなーくだけど、すごく前向きな性格って言われてた気がする」
「な、なんとなく?」
「俺記憶がないんだよな。名前も年齢もどこにいてどうして死んだのかも全ッ然分からない。けどまあ、とりあえず動けたし、胴体探しに行くぐらいはできるから嬉しくてさ」
「ぽ、ポジティブ……!」
うんそれよく言われてた。気がする。
首だけの幽霊で、自分のことすら分からない状態だけど、それでも何とかなる気がしているのだから、俺は相当ポジティブなんだろう。
とにかく、これで動けるなーと思っていたら、何故かちょっと目がきらきらしている女の子と目が合って、少し驚いた。
「え、何?」
「すごいです……」
「すごいかな?」
「すごいです!今まで会った幽霊の方たちは皆何かに執着してることがほとんどだったし……それに比べて、私はすごく根暗で……友達も、いないし……」
だんだん声が小さくなっていってしまった女の子にふよふよと近づく。
第三者が見たらセーラー服の女の子に生首が漂いながら近づいているという何とも言い難い絵面だが、ちょっと容赦してもらいたい。
俺がとんでもないブサメンでないことを祈るばかりだ。
「そんなに自分を卑下することないと思うぞ?こんな生首に話し掛けてくれただろ」
「でも、それは、貴方が理性のない幽霊だと思っていた、からで、」
普通の幽霊は理性がないらしい。頭の隅にメモだけしておいて、俺はどんどん項垂れていく女の子を励まそうと必死になった。
「いやそれでもさ!成仏できるようにって言ってくれたし、俺のこと心配してくれてたじゃん?俺は嬉しかったけど」
「それは……私の、仕事だから、ですし」
「へ?仕事なの?」
幽霊に話し掛けて成仏するよう説得する仕事といえば、霊媒師とかだろうか。こんなに若いのにちょっと怪しい……いや、幽霊の俺が言えたことじゃないけど、あんまりメジャーじゃない仕事に就いているのは驚きだ。
「でも、それも仕事を真面目に頑張ってる証拠だろ?そんなに落ち込むなよ」
俺がそう言うと、女の子は躊躇いながらも顔を上げて、ぎこちなく微笑んでくれた。
おお、可愛い。
俺の年齢……というか精神年齢は多分この女の子よりかなり上だと思う。だからかは分からないけれど、何となく庇護欲のようなものが湧いた。
「うんうん、笑ってたほうがいいな」
「あ、ありがとう、ございます……。その、名前とかも、忘れてらっしゃるんですよね?」
「ん?まあ、そうだな」
繰り返すが本当に自分に関する記憶だけがすっこーんと抜けている。それでいて世間一般の常識とかは残っているんだから不思議な話だ。
かなりおっさんだったらどうしようか?
「ねえ、俺ってどのくらいに見える?」
「え?年齢、ですか……そうですね、20代後半、ぐらいです」
「キモい顔してる?」
「いっ、いやいやいや、そんな!その、に、日本人の、標準的、な感じで……ああっ、すみません、失礼ですよねこんな……!」
「いやいや、別にいいよ。記憶が無いからだろうけど、特に容姿は気にならないし。君に対してセクハラみたいになってなければそれでいいって」
「そ、そんな……」
むしろ凡人でいい。俺はめちゃくちゃポジティブ思考だが、理想が高いわけでもないようだ。
「そ、それでですね、その、貴方の、ど、胴体を探すのを、手伝おうかな、と思いまして」
「……え?いいの?そりゃありがたいけど……学校とかは?」
「だ、大丈夫です!放課後とかに、しますから……」
「そうか。なら、お言葉に甘えようかな」
手伝ってくれるのは正直ものすごく有り難い。動けたとはいえ、このふよふよ移動の速度はかなり遅いし、疲れるのだ。幽霊に体力があるのかもちょっと疑問だけど。
にしても、周りがやけに静かだ。俺と女の子は結構長い間喋っていたし、いくら閑静な住宅街でもこれはおかしい気がする。
その疑問はどうやら顔に出ていたらしく、女の子があっさり答えを教えてくれた。
「私を中心にして、半径50mぐらいに人払いの結界を張ってるんです。貴方の姿は私には見えていても、他のほとんどの人には見えませんから、不審がられます」
「やっぱり、君が特別なのか」
「ごっ、ごめんなさい……」
「いやいや、なんで謝るの!ここはこっちが見つけてくれてありがとうって言うべきだし!」
女の子がまた沈んでしまったが、これは明らかに俺が悪いな。彼女の地雷は多分「特別」というワードだ。幽霊がはっきり見えて話せるという特異性は、社会の中では異分子だろう。人払いをするくらいだから一応秘密にしてはいるんだろうが、以前にそれがバレたことがあったのかもしれない。
「そ、そんな……こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます……」
めちゃくちゃ恐縮している女の子にこっちのほうが申し訳なくなってしまい、俺はなんとか話題を変えようとしてまだ彼女の名前を知らないことに気づいた。
「と、ところで、名前は何ていうんだ?」
不自然すぎる。どこのナンパ野郎だ俺は……。
「あ、す、すみません!名乗りもせずに……。えっと、私は尸ノ宮 光、です。漢字は尸にカタカナのノで、宮、名前はそのまま光です」
「おお、面白い名前だな。でも、俺のほうはどうするかな……」
「あの、じゃ、じゃあ、『琥珀』さんなんてどう、でしょうか……?」
琥珀か。響きは良くてもちょっと女性らしすぎる気もしたんだが、それを言うと尸ノ宮さんは首が千切れるんじゃないかというほど首を振って否定した。
「そ、そんなことないです!あの、貴方の髪は真っ黒なんですけど、瞳は薄い茶色……というか、本当に、琥珀みたいな色なんです。だから、似合うと思います!」
おお、尸ノ宮さんが積極的だ。今まで話をしている限りではちょっとネガティブで消極的な子という印象だったが、我が弱いわけではないみたいだ。
「そうか、なら『琥珀』にするよ。いい名前をありがとう」
「いえ、そんな、あの……気にいらなければ、別のものを……」
「いいって!呼びやすいし、気に入ったから!というか、ネガティブ禁止な!」
「えぇっ!?」
「尸ノ宮さん……いや、光ちゃん。これからはポジティブに行こう!」
「はっ……はいっ!?」
光ちゃんはすごく戸惑っていたけれど、もう俺は決めた。この俺のポジティブすぎるポジティブ思考で引きずるようにしてでも光ちゃんをポジティブにしよう。
だって光ちゃんはものすごくいい子だ。こんな子がいつまでもネガティブなのはいただけない。
「そうと決まれば、早速体探しに行こう!光ちゃん、よろしく頼むぞ」
「ぇ、あっ、は、はいっ!」
俺は首だけのままでふよふよと移動しながら、慌てて追いかけてくる光ちゃんを見て、これが父性なのかなあ、なんて思った。
目覚めると、生首だった。自分のことに関するすべての記憶を失い、首だけの幽霊となってしまった男は、少女と出会う。
そして出会うのは世界の狭間に住まう者達と、表裏一体であるこの世界の真実だった。
男は少女を助け、時には助けられながら自分の体を探して進むうちに、世界をひっくり返そうとしている者達──煉獄軍との戦いに巻き込まれていく。
男は果たして体を取り戻せるのか。煉獄軍との戦いの結末は、世界の行く末はどうなるのか。
力無き者と謗られ続けた少女と首だけの幽霊になっていても前向きな男が
紡ぐ物語。