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異玄記  作者: 林来栖
第二章
9/18

盗賊殺し 1

 ファサールの都アンダルートから一路北へ。

 奇花達を乗せた大型砂船バクラは、商隊風(タ・サルサーラ)を帆に受け、順調に進んだ。


 2ヶ月後。

 商隊は北部の小国群へと到着した。大型砂船が入港したのは、小国群の最南部、アクト国の首都バイロンだ。

 砂船は、バイロン港までしか入れない。小国群の他の土地は、全て土か岩だ。

 急ぎの荷だった乾燥させたカカルヤーナの根を、バイロンの薬問屋に一包み届けると、シャウドは船乗り達に荷物を纏め直すように指示する。

 タサラの商隊は、バイロンから荷を馬車に載せ替え、更にシシーリ湖で水上用の大型帆船に載せ替えた。

 次の目的地ニライア国は、シシーリ湖の西側、アクト国の対岸である。


「大型砂船の乗り心地もいいが、水上の船ってのもまた違っていいもんだな」


 今回初めて小国群まで来た若い衆が、湖の澪と飛沫に、声を弾ませる。

 奇花は、水上船に懐かしい光景を思い出していた。 高く白い波頭。波の上を飛ぶ、桃色の羽根を持つ鳥の群れ。

 風はもっと冷たく、強い……


「西の果ての海を航海したことがあるが、こんな呑気な様子じゃあ無かったぜ」


 ふと、背後の風路が呟いた。

 

「西の果て、というと、クゥワンニル海か?」


 奇花の言葉に、風路は「ああ」と答えた。


「ニヤの峠を南へ下って、ユーフラルの港からタサラの海岸に沿って北上するんだ。目的は、海魔狩りだがな」


 海魔狩りのことは奇花も知っていた。ニヤまでの道中を護衛した荷馬車隊の中にも、海魔の狩り師が幾人かいた。

 一緒に仕事をしないかとも誘われたが、奇花は海の闘いは得意ではないと断った。


「クゥワンニルの海魔っていうと、ハウリア・バロルとかか?」若い船員が風路に尋ねた。


 ハウリア・バロルは、ファドの言葉で『人魚』を指す。タサラでは普通、ハウリアバル、と略される。


「あんた、アンダルートの育ちか?」


 奇花の問いに、若者は少し顔を赤らめた。


「ああ——うん。親父の仕事の関係で、10歳まで王都に居た。その後、国に戻って親父の跡を継いだんだ」


「リジャイは若いがよく気が利くぜ」


 商隊の隊長でイルシンダの叔父シャウドが、荷物の点検を終え甲板へと上がって来た。

 紺と白の縞模様のクードゥラを被り、商隊の長である証の袖無しの長着を羽織ったシャウドは、砂焼けした精悍な顔をにやり、と崩す。


「リジャイの親父、ヤウルは、アンダルートのタサラ商館の館長をしてたんだ。奇花も風路も知ってると思うが、ファドの王族との商談は決まり事が多くて骨が折れる。ヤウルは、その折衝を、王族の気を害さないように丁寧に進めてくのが誰より上手かった」


「へえ。そりゃ凄い」風路が目を見開いた。


「そんな人材がタサラ商館を仕切ってたってのは、知らなかったぜ」


「表立ってする仕事じゃねえからな。……俺達タサラの長の一族と、ファド王家の間に入って商談の根回しをする、地味な役回りだ。だが、ここが下手だと話が拗れる。

——ある意味、損な役目だ」


 シャウドが、リジャイを見た。リジャイは困ったような顔で肩を竦めた。


「……無理、してたんだと思う、親父は。俺が10歳になった年に、身体を壊してタサラに戻ったんだ。元々は大型砂船バクラ乗りだったんだけど、今は羊飼いだ」


「……そうか」


 奇花は、少し寂しげなリジャイに、薄く笑った。

 シャウドはリジャイの肩をぽんっ、と叩く。


「おまえがそんな顔をするこたぁ無い。ヤウルは立派に自分の役目をこなした男だ。今は大型沙船には乗れないが、タサラの民の役目はそれだけじゃあ無い」


「羊飼いだって、立派な仕事だぜ?」


 風路の笑みに、リジャイは幼く見える顔を赤らめ、頷いた。


「お。風が変わったな」


 シャウドは、リジャイと近くに居た船乗り達に帆の向きを調整するよう指示を出した。

 飛ぶように甲板の上を走るリジャイを見送って、シャウドはひとつ、息を吐いた。


「リジャイの母親はベンガルなんだ。その事を、あいつは気にしているんだ」


「ベンガル……」奇花は少しの驚きを感じて、呟いた。


 ベンガル族は、ファサールでも一番厳しい土地、東のサリュウ砂漠に住む。

 砂漠、と言っても、サリュウは硬い砂岩だらけの土地だ。流れる砂ならば、伏流水もあるのだが、硬い岩盤は水を受け付けない。

 ベンガル族の領土には、従って井戸というものが無かった。

 唯一、海に面した巨大な洞窟の中にだけ、真水が湧き出ているという。ベンガル族は洞窟周辺の比較的大きな砂岩を利用して、冬の砂嵐(シム)を受けないように住まいを作っている。

 岩穴暮らし、と言ってもよい。食料も海からしか摂れない貧しい暮らしだ。そのため、ベンガル族の若者は、体術や武術を会得して、傭兵などの仕事を求めファサールを旅する。

 中には、ガラ(暗殺者)となる者も居る。


「ガラ、というのは、悪神シャガランの僕という意味だと聞いた。だが、シャガランは、古い種族の守り神だったと」


 奇花が言うと、シャウドが頷いた。


「東から来た古代人が崇めていた土地の神だったって話を、長老から聞いた事がある。だが、今は災禍の魔神だ」


 隊長、と、年嵩の船乗りがシャウドを呼んだ。

 シャウドは奇花に「また、後で」と片手を上げた。


「……シャガランが魔神だったんじゃあなくて、ファドの民が古代人を追い出したからだと思うがな」


 風路が、奇花にしか聞こえない声で言った。


「勝った者の歴史が、いつも正しいとされるのは、何処の国でも同じだ」


「まあな……」


 奇花の祖国も戦いに巻き込まれた。だが、攻めて来た者も、奇花の国の者も、大半が死んだ。

 敗者も勝者も無い。

 残されたのは、故国の民と敵の兵卒の遺体の山だった。

 それと、荒廃した山野……


「奇花」風路の声に、奇花は記憶から引き戻された。


「あともう少しで、ニライアの港だ」


 ああ、と頷く奇花の肩を、風路は微かに苦笑して叩いた。

随分、長いこと空いてしまいました^ ^;;

「異玄記」第二章に入りました!!

待っててくれた方がいたら嬉しいなぁ〜

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