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異玄記  作者: 林来栖
第二章
15/18

盗賊殺し 7

「……待て。アシェッド=アフェの初代の王達と、タタの初代ルンバム王は、どちらも先のファムアール王アクバルの子供なのだろう? ということは、アクバル王は弟王子がファムアールを出ると考えていた訳ではないんじゃないか?」


 ふと思い付いた推理を口にした奇花に、風路は掌を打った。


「ああ、そうかっ!! アクバル王は弟が兄達の補佐をするように命じてたんだ。けど実際には、ルンバム王子はファムアールを出て、自分の国を作っちまったって、ことか?」


「国を出た、というより、タタ国の伝承では兄達から追放されたとされているようだ」


 アシュールの言に、奇花は「なるほど」と相槌を打った。


「ということは、もしかしたらアシェッド=アフェには『天空への門』の鍵が、もう一組あるのかもしれない……」


「あ? どうしてそーなるんだ?」首を捻る風路に、奇花は、「そちらの実物を見るまでは憶測に過ぎないが」と言った。


 ******


 翌日の早朝。

 ナールダの店から使いの者が伝言を持って来た。中身を読んだシャウドは、慌てた様子で宿を出た。

 奇花と風路も同行を頼まれ、取り敢えず剣のみを携帯して従った。


「大変申し訳ないことになってしまいました」


 シャウド達が来店するなり、店主のナールダは深々と頭を下げた。


「王太子妃殿下の大切なシムーンが、汚れてしまっておりました。昨日の大捕物の最中、賊の刃を浴びた店の者が、血が付いた手のままシムーンに触れてしまったようで」


 精緻な織物は、その繊細さゆえに一旦汚れが付くと非常に落としにくい。


「このままアンダルートへシムーンを届ける訳には参りません。と言って、洗い張りをしても元通りに汚れが落ちるかどうか。ただ、幸い緊急用に多めに布は織らせてありますので、お時間を取らせてしまいますが、仕立て直しをさせて頂ければ……」


「というか、それしか手が無いってことだろ?」


 風路が溜息混じりに言った。

 左様でございます、というナールダの返答に、シャウドも「仕方ないな」と頷いた。


「で? 代わりが仕上がるのにどれくらい掛かるのかな?」


「一週間程度で仕上がります」


「早え」ナールダの答えに、風路が目を見開いた。


星女神(アル・デブーネ)の月の礼拝日までには必ず間に合うように致します」


 しかし。

 一週間というのは割と半端な日数である。


「小国郡の見物……、って言っても、一週間じゃあ周り切れねぇしなぁ」


 ナールダの店の扉を閉めた途端。ぼやく風路にシャウドが苦笑する。

 

「ニライアだけでも観るところはあるだろうが。ああでも、あれか。何度も来ていれば観光も飽きるか」


 ムガから首都ニライまでは、馬なら二日もあれば着く。一日観て周り、一泊しても余裕がある。


「うーん……」風露は、四角ばった顎を摩り唸る。


「時間があるのならば、少々手伝ってもらいたいのだが」

 

「うわっ。警備隊長、どっから沸いたんだよ」


 背後からアシュールの声がして、風露は仰天顔で振り向く。


「宿に聞いたらナールダの店へ行ったというので来たのだ。昨夜奇花殿が言っていたことの確認をアシェッド=アフェの神殿に取ってみた。やはり、『天空への門』の鍵は、もう一組あるらしい」


「随分と早く確認出来たな」


 奇花が半ば呆れて訊くと、アシュールは半笑いしながら、


「賊を捕らえている、と言ったら、あちらから答えを言って来た、というのが正直な話だ。……賊が盗んだ鍵は模造品なので、処分してくれても良い、と」


 何かおかしい。

 奇花の見たところ、賊が持ち出した鍵は間違いなく呪具だ。それを簡単に処分しろとは。


「本当に、アシェッド=アフェの神殿でそう言って来たのだな?」


 強く念を押した奇花に、アシュールは意外という表情で頷いた。


「ああ。間違いないが……」


「処分を手伝え、って話か?」風路が訊く。


「それもあるが……。アシェッド=アフェの神殿から答えが帰って来たのとほぼ同時に、タタ国の神殿から鍵についての打診があったのだ」


「『鍵を見せてくれ』という打診じゃないのか?」


 訊いた奇花に、アシュールは再び驚きの表情を作った。


「そうだ。どうして分かったのだ?」


「それで、繋がった」


 奇花は得心して腕を組んだ。


 ******


 アシュールに案内されたのは、ムガにある王族の離宮だった。


ムガ(ここ)には、ファムア女神の神殿は無いんだ。なので、タタ国の神官には離宮に来て頂いた」


 小国郡では、アシェッド=アフェに限らず神官は王族出身者が多い。

 ニライアの神官達も大半はニライア王家と縁がある。他国の神官が来邦するとなると、身分に関わらず滞在してもらうのは神殿か、もしくは王族の使用する離宮などである。


「おいでになったのはタタの神殿の副神官長だと伺っている。急な来邦だったので、ニライア神殿の神官長はお出でになれないとのことだった。こちらも副神官長がご案内されたとのことだ」


 ムガの離宮は、質素な外観をしていた。

 外壁の化粧石には、タタール山脈で切り出した砂岩を特殊な方法で加熱し、撥水性を持たせたナーイハジャルという人口岩を使用している。ナーイハジャルは、白茶もしくは褐色が主だが、離宮の外壁を覆うそれは黒褐色をしている。

 黒地に精緻な幾何学紋様が彫り込まれており、王宮らしい気品がある。


「さすが。見事なアルバラ・ナーイハジャルだな」


 正門脇の外壁を見上げた奇花に、アシュールは、


「ニライアではアルバ、もしくはアルハジャと言う。宮殿や神殿の外壁の装飾は当たり前だからな」


 確かに、と商隊長シャウドが頷いた。


「アンダルートの王宮も、さすがファド王家だけあって荘厳だが、ニライアの王宮も負けてないな」


「ファド王家の宮殿とは比較にならんと思うが。まぁ、一応ニライアは匠の国だからな」


 アシュールは、謙遜しつつも自国の王宮を誉められたのに満更でもない様子で答えた。

 話は通っているらしく、奇花達はアシュールの先導ですんなりと中へと入った。

 正門から本殿までは外回廊となる辺りも、ファサード国の造りと似ている。回廊には所々出入り口があり、そこを通れば直接本殿の真正面へ出られる。

 頑丈そうな大扉がそれぞに取り付けられており、万が一敵に攻め込まれた場合は大門を全て閉めて籠城出来る仕組みになっている。

 

 平素は開け放たれている大門を抜け、奇花達は本殿の大扉を潜った。

 扉の内側には、左右に一人ずつ兵士が待機していた。

 アシュールが右側の兵に用件を告げると、兵は、


「ならば右奥の部屋です」と答えた。


 本殿内も廊下は回廊になっている。兵に告げられた通り、アシュールは右手へと廊下を曲がる。

 突き当たりの部屋の扉の前に、神官らしき人物が立っていた。

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