盗賊殺し 6
食事を終えた後、タサラの商隊一行はそのまま部屋へと引き取った。
奇花も、用意された一人部屋で剣の手入れを始めた。
小国家郡では、何処でも大体砂時計が置いてある。長時間を測るものは、宿屋なら一階の入り口付近の壁に縦置き式の大掛かりな時計がある。
半日を12に割り、上の方に12分の1の時間を測る砂時計があり、一本が砂を落とし切ると次の一本が落とし始める。機械の下部には大きなガラスのシリンダーがあり、12本の小さなシリンダーからの砂を全て受け止める。
12本の砂時計全部が落ちると、下に貯められた砂を各シリンダーへ戻すために、全体が素早く反転する。
ひっくり返しただけなのに、シリンダーにはきっちり同量の砂が戻る。
奇花は、毎回この仕掛けを見る度に小国家郡、とりわけアシェッド=アフェの前身、古代ファムアール国の技術の高さを思い知る。
客室にあるのは、小型の砂時計で、客が使用したい時に自身でひっくり返して時間を見る。
大まかに仕事の時間がどれくらい掛かるかを測るのには便利である。
奇花は、一階の砂時計が7本目を落としているのを見てから部屋へ入った。剣の手入れに1本分ほど掛かるだろうと予想して、部屋の砂時計をひっくり返した。
程なく砂が落ち切ろうかという時。
「奇花。ちょっといいか?」
部屋の外から風路の声がした。
「なんだ?」
夕食後の遅い時刻に、風路が奇花を呼ぶのは珍しい。少々訝しく思いながら、剣を置く。
奇花が立ち上がったのと同時に、風路が部屋の引き戸を開けた。
風路の背後に立っていた人物に、奇花は少し驚いた。
アシュールだった。
ムガの警備隊長は昼間の革鎧ではなく、革製だがもっと軽い袖無しの短衣を着ていた。
奇花達傭兵も、重くて動きにくい革鎧ではなく、主に丈夫な魔物の革で作られた短衣を、鎧代わりに身に付けている。
軽装、というよりはより実戦向きの装束である。
「随分と……、警戒厳重なんだな」
アシュールの成りを見て、奇花は思わず呟いた。
「そう、言われても仕方ない。——それより、まずは、こんな夜中に女性の部屋を訪ねる無作法をお許し頂きたい」
「それはまぁ、いいんだが」と脇から言った風路に、奇花は「何が」と突っ込んだ。
「他意はねえよ。——っと、隊長さんよ、さっきの話、奇花に聞かせてやれよ」
頷くと、アシュールは話し始めた。
「お二人が仕留めてくれた盗賊どもだが、捕縛した一人に尋問したところ、どうやら全員タタ国の出身だったようだ。なりから暗殺者かとも思われたが……。ベンガルの男は指尺刀を使わない、と聞かされて、改めて素性を問い質した。奴らはタタの猟師で、ファムア神殿の神官からの依頼で、アシェッド=アフェ国の神殿から『天空への門』の鍵を盗んだらしい」
妙な話だ、と奇花は思った。
マサ・ファムアの間は、『天空への門』は基本的に開かれたままだ、と聞いた。
『門』は閉められない。逆に『門』を閉めてしまう積もりだったとしても、鍵の呪がある限り、タタ国の神官では閉められないだろう。
「意味が、分からない」奇花が首を傾げると、風路がふん、と鼻を鳴らした。
「嫌がらせ、ってことか? にしても、どうにも間抜けな話だよなぁ」
「……タタの猟師は、鳴蛇の卵を採る時には、親を追い払うために指尺刀を使う、というのは?」
アシュールに訊かれ、奇花も風路も知っていると頷いた。
「だから、自分達を暗殺者だと思わせようと、あの衣装を着ていたのだろう。——下手な工作だと思うが」
奇花の言葉に風路も頷いた。
「ばればれ、なんだよな。なのにどうしてそこまでするのかが——あ」
「どうした?」
風路は、眉間に皺を寄せると大きな掌で己の額を抑えた。
「あー、もしかして、タタ国内の神殿とアシェッド=アフェ国の神殿の仲が悪いのが原因か?」
そうなのか? と、奇花はアシュールを見た。
「仰る通り、二つの国の神殿は事あるごとにいがみ合ってはいる。それは、タタ国の建国に由来しているらしい」
タタ国の最初の王はアシェッド=アフェ国の双子の王の弟王子だった、という。
名をルンバム・タタ・ドゥラといった。タタの国名は、ルンバム王子のミドルネームに由来する。
「我々は他国なので、詳細は知らない。だが、アシェッド=アフェの者の話だと、ルンバム王こそが大盗賊ルンバドゥだったと、言い伝えられている、らしい」
「アシェッド=アフェの初代の王達の弟が、盗賊?」眉を寄せた奇花に、風路も唸った。
「俺も、以前ちょっとだけ耳にしたが……。どうもいまいち腑に落ちねえんだ」
小国郡で篤く信仰されているファムア女神の神殿を護って来た血筋の王子が、何でその神殿に盗みに入らなければならないのか?
しかし、アシュールもそれ以上詳しくは知らないという。
「300年も前の話だ。伝承でしかない、というのが、タタ国以外の国々の者の見方だ。何をどう信用するかはそれぞれだが」
「けどよ」風路が口を尖らせる。
「その伝承だか伝説だかのせいで、今現在の人間が宝物を盗んだり人殺しをしたりしてるわけだろ? ニライアだって迷惑を掛けられてる訳だしよ」
「それは、そうなのだが——」
困惑した表情を浮かべたアシュールを少々気の毒に思い、奇花は言った。
「小国郡の間の取り決めなのだから、ムガの警備隊が今回の件で動かざる得ないのは分かっている。だが、そんな話を私にするためにこの時刻に訪れた訳じゃないのだろう?」
アシュールは、益々困った表情で奇花を見た。
言い方がきつかったか、と、奇花は内心反省する。
「……私らに何か頼み事があるというのは分かる。が、私も風路も、タサラ商隊の護衛という立場だ。小国郡の込み入った事情には深くは関与したくない」
「それは、重々分かっている。ただ、ニライアの警備隊には、呪具の武器を扱う者がいない。少しの間でいいので、奇花殿に呪具の見分け方なりを教えてもらえればと——」
「それは、無理だ」
首を振った奇花に、アシュールは「え?」と目を見開いた。
「呪具を見分けるには、使える能力がなければならない。呪力が備わっていない者には、教えても見分けはつかないんだ」
奇花の説明に、アシュールは「むう……」と唸る。
「大体、呪具の武器なんて、持ってる奴が少ないだろう?」
風路の言葉に、アシュールは益々眉間の皺を深くする。
「……他に、何か理由がある?」奇花の問いに、アシュールは渋い表情のまま頷いた。
「実は……、先の盗賊どもが言うには、盗んだ『鍵』は、本来タタ国のものだと言うのだ」
盗賊の言い分は、「『天空への門』の鍵は、作られた当初ルンバム王子が使用するように、ファムアール最後の王にして父であった大アクバル王から言い渡されていた」というのだ。
しかし、アシェッド=アフェの初代の王、タタ国のルンバム王の兄達が、弟が自分達よりも上位にあることを良しとしなかった。兄王達は無理矢理、ルンバム王から鍵を取り上げた。
「そういう話が、タタのルガ・ファムア神殿内では密かに流布されていた、らしい」
「ふうん? けど、『天空への門』の鍵が必要なのはアシェッド=アフェで、タタじゃ必要ないんじゃねえのか?」
アグ・アクールへの参道は、アシェッド=アフェの最北に位置する。山頂の女神の神殿へはその道筋以外辿り着けない。
大盗賊ルンバドゥが実在したかは分からないが、『天空への門』の設置には、賊が侵入し事実があったのだろう。
しまった。
一日飛ばしてしまいました^ ^;;




