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異玄記  作者: 林来栖
第二章
13/18

盗賊殺し 5

 何のために、という問いは警備の者には許されてない、と、アシュールは言った。


「警備隊は依頼された盗賊を捕縛するのが仕事。それ以上の事柄は、審議官の役目だ」


 ******


 アシュール達が引き揚げた後。

 大捕物で散々に汚れたナールダの店は、店員総出で清掃を始めた。無論、店主も先頭に立って壊れた家具などを片付ける。


「手伝うか?」と言った奇花達に、ナールダは、


「いえいえ。お客様に店の掃除などさせられません」


 飛び切りの笑顔で言って退け、奇花達を追い出した。


 結局この日の荷の受け渡しは流れてしまい、親方のシャウド以下、タサラの商隊員はそのまま予約していた宿へと入った。

橄欖かんらん石』という、ムガで定宿としている比較的大きな宿屋である。この宿の他にも、小国群には岩石や山の名を付けている宿屋が多い。

 時刻は既に4時を回っている。

 船の中で軽く昼食は採ったが、さすがに若い船員達はそれだけという訳にはいかない。

 荷物を各々の部屋へ放り込むと、皆早速食堂へと押し掛けた。

 ムガの宿の食堂は、船の出入り時刻が一定しないのも考慮されていて、大概一日中開いている。

 タサラの船員達は広い食堂内にてんでに席を取り、さっさと定食を注文した。

 奇花と風路も、勝手知ったる宿の食堂である。小国群名物鳴蛇(リハナ・ソバーフ)の茹で卵と、タムという、高地で採れる赤い豆、そこに野菜をたっぷり入れ煮込んだシチューとクルミ入りパンの定食を頼んだ。


「お、随分と張り込んだな?」


 奇花のトレイを見て、シャウドが笑う。

 

「小国群へ来たら一度は鳴蛇の卵を食べないと。後で後悔はしたくない」


 鳴蛇の卵は、飼い鳥の卵よりもひと回り程小さい。殻は二色で、普通は黄と緑の斑模様だ。が、その色も一様ではなく、中には緑に橙の縞模様という変わったものもある。

 更に、殻の中身も珍しい。

 茹で玉子は、大概殻の模様そのままである。やや薄くはなるが、飼い鳥の玉子のように白くはならない。

 食感は飼い鳥のものより多少硬めで、だが何とも言えない良い香りがある。

 親の鳴蛇の主食が岩肌に生える香り苔であるためらしい。

 希少ではあるが、採取時期なら一皿で4、5個は入っている。


「鳴蛇の卵は美味いが、いかんせん希少で値が張るからな」


 そう言うシャウドも同じ定食を選んでいる。


 奇花は、苦笑して取っていた席に座った。

 当然のように、奇花の隣席には風路や他の傭兵仲間が寄って来た。その輪の中に、親方のシャウドも座る。

 珍しいな、と言いつつ、風路がシャウドに笑い掛けた。


「ああ。ちょっと、さっきの盗賊のことで気に掛かることがあってな」


 野菜の色でいささか緑色が濃いシチューに木の匙を突っ込みながら、シャウドが言った。


「奴ら、何で暗殺者ガラの格好なんぞしていたのか」


「シャウドも気が付いたか」奇花はクルミのパンを毟る。


「自分達の出自を隠すため……、としても、妙だ」


 親方の言に古株の傭兵達は頷く。

 ただ一人、アッサムだけは驚いた顔をしている。


「え? 暗殺者じゃなかったんっすか?」


「ベンガルの暗殺者に男はいねぇな」風路が、淡々と言った。


暗殺者ガラっていうのは、まず小柄じゃなきゃ出来ねえ。狙う的に勘付かれないように、狭い通路や屋根裏なんかを使うからな。それに、女は的を油断させられる。的が男なら、気のある振りで近付いて二人っきりになったところで始末出来る」


「そう、いうことか……」アッサムは感心したように頷いた。


 暗殺に力は必要ない。いかに巧妙な手段で騒がれずに狙った的を仕留めるか、が一番の

腕の見せ所だからだ。

 ベンガルの女暗殺者達は皆、湾刀の指尺刀シブリーヤの扱いが上手く、身のこなしが軽い。


「だが、ベンガルではないものの、奴等指尺刀を器用に使ってたな」


 奇花の感想にシャウドも「そうだな」と漏らした。


「それで、訳が分からなくなってる。……指尺刀シブリーヤはベンガル族でも使うのは暗殺者ガラが主だ。男は大概、半月刀シャムシール短月刀ハンガルを使う。私は、暗殺者以外であんなに指尺刀を使いこなせる者を見た事が無い」


「うーん……。確かに、そう考えるとこんがらがるなぁ」奇花の言葉に、風路が緑色のシチューを掻き混ぜながら唸った。


「心当たり、と言っては変なんですが」


 リジャイが不意に口を開いた。


鳴蛇リハナ・ソバーフの卵を採るのに、タタの猟師は短月刀ハンガルではなく、最も短い指尺刀シブリーヤを使っている、と聞いたことがあります。鳴蛇の巣穴は、切り立った岩の壁面にあって、狭い岩の裂け目では親の鳴蛇を追い払うのに、薄くて短い指尺刀が適しているからだと」


「なるほど。そりゃ知らなかったな」シャウドがリジャイを見て何度も頷いた。


「と言うことは、だ」風路がずいっと、リジャイへ顔を向けた。


「あの盗賊ども、タタの連中ってこともある訳か?」


「そう……、とは言い切れませんが……」


 自身の思い付きで関係ないかもしれない人々にあらぬ疑いを掛けてしまうのでは、と考えたのだろう。

 躊躇うように、リジャイは言葉を濁して親方を見た。


「可能性のひとつだ。そうだと決まった訳じゃない。その辺りは多分、ムガの警備隊長——アシュールといったか、あちらも知っているだろうさ」


 そうですよね、と、リジャイはほっとしたように頷いた。


「……そう言やぁ、タタの連中ってのは、昔は盗賊を生業にしてたって聞いたな」


 年嵩の船員の言葉に、リジャイがぎょっとした顔をした。

 気付いた別の船員が、苦笑して手をヒラヒラと振った。


「若いもんが知らんでも仕方ない。古い伝説だよ。もう300年も前の話だ。アシェッド=アフェ国がまだファムアールという国名だった時、ファムアの大神殿に盗賊が入った。それが、タタ国の当時の王、大盗賊ルンバドゥだ。ルンバドゥは手下数人と大神殿の大鏡を盗もうとしたが、どっこい、女神の鏡は台座からびくとも動かなかった。どころか、逆にルンバドゥと手下ども全員を吸い込んじまった、っていうのさ」


「ああ……。その事件の後、当時のファムアールの王が双子の王子にアグ・アクールへの門の鍵を二つに割って渡した、って話だよな」年配の船員の話をシャウドが受けた。


「双子の王子の名前が、今の国名になった、らしい」


「アシェッド=アフェ?」聞き返した奇花に、シャウドが「ああ」と頷く。


「そう。兄王子がアグル・アシェッド、弟王子がシグムンド・アフェル。だからアシェッド=アフェ、となった」


 ——また双子、か。


 ファド王家といい、砂漠の国の王家には双子が多い。

 だが、アンダルートと違い、ファムアールは双子を忌み子とはしなかったらしい。

 ふうん、と気の無いような相槌を打った奇花に、シャウドは苦笑する。


「よくあるおとぎ話だ。が、国の名が現実にそれなんだから、作り話だとばかりは言えまい。現に、ファムアの大神殿には大鏡があるしな」


「全くの作り話とは思っていない。けど、何処までが真実なのかも分からない」


 黄色味の強い鳴蛇リハナ・ソバーフの卵をひとつ匙で掬い上げ、奇花は口へ放り込んだ。


「……小国群じゃあ、ルンバドゥの昔話を半分は信じてるって奴が多い。俺らみたいな余所者がどうこう口出しは出来ねえ」


 年嵩の船員は溜め息混じりに言った。


「なまじ真偽を口にして、揉めるのは得策じゃない。まあ、アシェッド=アフェはあるんだしな」


 シャウドの言葉に、奇花は「そうだな」と頷いた。

 

 

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