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異玄記  作者: 林来栖
第二章
12/18

盗賊殺し 4

 黒いクードゥラで顔をすっぽり覆っているためか、くぐもった声は男女がはっきりしない。

 一瞬、奇花が迷っている間に、黒ずくめの背後から、仲間と思われる者達が現れた。

 皆、先の人物と同様、黒いクードゥラを被っている。膝当て、手甲とも黒。短い道着の腰帯には太い赤い線が入っている。


 腰帯の赤い線は、暗殺者ガラの、仲間同士の目印である。


 主にベンガル族であると言う暗殺者は、他の部族とは全く違う武技を使う。音を立てずに標的に近付き、標的が気付いて声を上げる前に殺す。そのために、非常に身のこなしが素早い。

 武器も厄介なものを使う。

 暗殺者は指尺刀シブリーヤ)という、半月刀より薄く極端に短い剣を使用する。眼前の人物の得物も、よく見れば普通の短月刀ハンガルよりも更に短い。

 一見すると大剣で簡単に弾き飛ばせそうだが、指尺刀は軽く、暗殺者はこの短剣を自在に手の中で回し、大剣すら絡め取ってしまう。

 器用に身体を撓らせ、相手の剣の軌道を外すのも得意だ。


「何がっ、目的ですかっ!?」


 暗殺者らしき乱入者に切っ先を向けられ、ナールダは禿頭を真っ赤にしながら、それでも気丈に問う。

 乱入者はナールダの背後の奇花達を素早く見回すと、掴んでいた下女の腕を乱暴に放した。


「路銀。それと、追って来る連中に、俺達はここに居ないと言え」


 違う、と奇花は思った。

 暗殺者は予め逃げ道を確認している、と聞いている。捕まってしまっては暗殺の報酬を受け取れない。

 そもそも、こんな白昼堂々と商家に押し入るなど、暗殺者がする訳が無い。

 それに。


 ——暗殺者ガラに男はいない。


 この連中は、暗殺者の格好をしているだけだ。

 横目で風路を見る。彼も同じように思ったらしく、奇花に目線で合図して来た。

 奇花と風路は、気付かれぬようゆっくりと後ずさる。


「わっ……、分かりました。ですが、ここには銭函がありませんので、奥に行って取って

来なければ——」


 動こうとしたナールダに、男は更に剣を突き出した。


「おまえは行くな。他の者を行かせろ」


「しっ、しかし、私でなければ銭函の場所は、」


 言い掛けたナールダの袖口を男が掴んだ。

 男の背後の仲間達が一斉にその動作に目をやった隙に、奇花と風路は動いた。

 左右に分かれていた二人は、同時に剣を抜き放つと姿勢を低くして突きを繰り出す。

 風路の幅広の半月刀シャムシールの切っ先が、男のすぐ後ろにいた仲間の太腿に突き立った。

 突然の攻撃に驚いて、刺された男が悲鳴を上げる。仲間の声に驚いた男がナールダの袖を掴んでいた手を緩めるのと、奇花の切っ先が男の脇腹を抉るのが同時だった。


「ぐうっ!!」


 先頭で話していた男が膝をつく。背後の男達が得物を抜き、奇花と風路に切り掛かって来た。

 奇花は、ナールダの背を押しその場から遠ざける。シャウドがナールダを連れ店の入り口まで逃げるのを見届け、奇花は襲って来た男に突きを見舞った。

 奇花の愛刀のような長剣——しかも曲刀は、並みの剣士なら狭い空間での戦闘には使わない。が、幼少からこの剣で闘って来ている奇花は、どんな場所ででも相手を殺傷出来る。

 風路も同じだ。大方の刀の扱いに慣れているこの男は、大きな半月刀を巧みに操り、室内という動きにくい条件でも相手を速やかに倒す。

 六人いた暗殺者は、最初の人物を含め五人まで奇花と風路の刃に倒れた。

 最後に残った男が、不利と悟って背を向けた時。

 玄関側から声がした。


「その一人は生かしておいてくれっ!!」


 奇花は、振り向く事なくその言葉に従い、剣の柄で男のこめかみを叩き昏倒させた。

 狼藉者が床に倒れるのとほぼ同時に、声の主が奇花達の所へ足早に駆け付ける。

 

「こいつらは、我々が追っていた盗っ人共だ」


「あんた達は?」


 胡乱な目で闖入者を見た風路に、男——厚手の革製の鎧に身を包んだ、いかにも兵士らしい若者が、答えた。


「我々は、ムガの警備隊だ」


 警備隊隊長だという若者、アシュールは、盗賊を同僚に預け、詳細を奇花達に説明して

くれた。

 盗賊の被害に遭ったのは、隣国アシェット=アフェの神殿だという。

 賊が入ったのに気付き、神官達がすぐさま自国の軍に届出をした。

 小国群では、一国の国土が小さいため、賊の出国が容易だ。そのため、隣国同士が常に連携し、事件が起きれば即座に触れが回される。

 アシェット=アフェの軍も通常の手順に則り、ニライアの軍部に手配書を回して来た。

 小国群から出るには、ニライアの港町ムガから必ず湖渡りの船に乗らなければならない。ムガの警備隊は、それ故に他の商都の警備隊よりも人数も多く実戦に長けた武人が配属されている。

 が、今回の賊は、ムガの猛者達の手を掻い潜り街中を巧みに逃げていたという。


「アシェット=アフェから手配が回って来たのが四日前。我らはすぐさま街中の警戒に走ったが、賊供は一向に姿を現さなかった。もしやもう船に乗ってしまったのかと焦っていた時、この店と一本通りを隔てた織物問屋に不審者が入って行った、との通報があり、急ぎ駆け付けたのだが……」


「残念ながら逃げられた、と」


 ナールダの店の者が出してくれた茶を飲みながら、風路がアシュールの言葉を取った。

 そういう事だ、と、アシュールは眉を顰めた。


「運良く、というか、あなた方が奴らを相手にしてくれた。殺してしまったのは、まあ……、仕方ないが」


「俺達は傭兵だ。雇用主の命を脅かす者は速やかに排除する。そういう契約だからな」


 些か憤然と言ってのけた風路に、分かっている、とアシュールは真顔で頷いた。


「こいつらがアシェット=アフェの神殿から盗み出したというものは? そちらが既に回収したのか?」


 神殿から何を盗んだのか。

 少々興味をそそられた奇花は、尋ねてみた。

 被害先が神殿というからには、そうそう簡単には答えてもらえないだろうが。


「『銀の輪』だ。アシェット=アフェ国が護る、ファムア神殿に通じる『天国への門』を

封鎖するための鍵だ」


 アシュールは、警備隊の外套の内側から、二つの銀色の輪を取り出した。

 大きさは男が両手で輪を作った程度。名の通り、銀で造られた輪である。


「これが『天国への門』の鍵か?」


 風路は、得心出来ないという表情でアシュールに訊く。アシュールは「そうだ」と、またも真顔で頷いた。


「『銀の輪』は各々二つずつあり、『門』の中央で双方の国の輪二つを絡ませるように留める。これは、アフェ国側の鍵だそうだ」


「……手に取っても?」


 見せて欲しい、と頼んだ奇花に、アシュールは躊躇いなく『銀の輪』を寄越した。

 右掌に輪を乗せた奇花は、輪の表面に精緻な細工で特殊な呪文様が描かれているのに気が付いた。


「この鍵は、呪具だ。多分、国王か神官にしか扱えない」


「へえ。んじゃ、どうやってさっきの奴らは、『天国への門』からこの鍵を引っ剥がして来たんだ?」


「それなんだが」アシュールが、奇花と風路に顔を近付けるよう、手で合図する。


「マサ・ファムアの期間、『天国への門』の警護はいつにも増して厳しくなる。が、門自体はほぼ開け放たれているのだ。だから『銀の輪』はアシェット=アフェ国のそれぞれの神殿の宝物庫へ仕舞われる。宝物庫も特別な呪文が扉に施されていて、通常は神官でなければ開けられない、ということだが……」


「その宝物庫に、盗賊どもは入り込んだってことか?」


 風路の指摘に、アシュールは「そういうことになるのだが」と、複雑な表情をした。


「有り得ねぇだろ!? そりゃ」


「神殿内の誰かが、手引して盗賊を宝物庫に入れた、としか考えられないな」


 奇花の言葉に、アシュールは渋い顔で頷いた。


「その見解が、ほぼ正しいだろう、な」


 

 



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