盗賊殺し 3
******
若い傭兵はアッサムと名乗った。歳は十七だと言う。
「へえ。そのその若さでよくタサラ商隊の傭兵になれたな?」
「風路。こいつは弓使いでな。カリハラ族地で毎年行われるサード神祭の弓使いのムバラット《勝ち抜き戦》で去年優勝したんだ」
自分の事のように自慢する、同じくカリハラ族出身のベテラン傭兵に、風路は「そりゃ大したもんだ」と笑った。
先輩二人に褒められて、照れたアッサムは茶と白の縞模様のクードゥラの頭を掻いた。
「それで、こいつらに誘われて傭兵になったのか」
「あ、うん。カリハラでは遊牧か綿花作りしか仕事が無いし。だから俺みたいな年頃の男は、王国へ出稼ぎに出るか、傭兵になるか、なんだ」
「綿花作りだって、大した仕事だろう?」
言った風路に、アッサムは「タサラと違って、カリハラの族地は大半が砂礫なんだ。乾燥が激しいから、良い綿花は中々育たない。もう少し湿地があればいいんだけど」
「どこの土地でも一長一短あるって事か。——タサラは湿地が多いが、綿花の育ちはいまいちだってよ」
風路は、アッサムに肩を竦めてみせた。
アッサムは意外そうな表情になる。
「湿地が多ければ綿花の育ちはいいんじゃ……。って、そういう事でも無いのかな?」
「水分があり過ぎても、植物に適さなければどうしようも無い」
後ろを歩く二人の話に、奇花は割って入った。
「タサラの水は、清いが冷めた過ぎる。南だから温暖だと思うだろうが、あの土地は案外寒暖差が激しいんだ」
「そうなんだ……。また聞きで知ってるのと実際じゃあ、大分違うんだ」
頷くアッサムに、風路が笑った。
「ってことだ。……あ、そろそろ目的の店みたいだぜ」
大きな荷物と一緒にノロノロと歩いていた奇花達傭兵を、店先でシャウドが迎える。
「遅いなぁ、おまえら」
「あー? 商隊長さんよぉ、このでっかい荷物を護衛して来たのにそれはねぇだろうが」
口を尖らせる風路に、奇花は吹いてしまった。
「なぁに笑うんだよっ、奇花っ」
「いや。風路はニライアが気に入っているんだな、と」
「何で、そうなる?」今度は奇花に文句を切り替えた風路に、奇花はますます笑ってしまった。
「おいっ!! 奇花っ!!」
「悪い。……シャウドが呆れているぞ。中へ入れてもらおう」
半ば冗談めいて睨んでくる風路を押して、奇花は扉を開けてくれた店の者に礼を言って入った。
港に続く商都ムガは、ニライアでも一、二を争う大きな街である。
港からの荷がすぐに店先に並べられる速さと、同時に貨客船は商店の客も運んで来る。
巨大なシシーリ湖に面しているため、砂漠の都市よりは断然涼しい。建物に入り込む砂塵も少ないせいか、どの店も扉はきちんと閉まるようになっていた。
砂塵が盛大に入り込んでしまう砂漠では、却ってきちんとした扉は付けない。砂を掃き出す時に手間になってしまうからだ。
織物商のナールダの店の玄関は、タサラやファサール王国では滅多に見掛けないガラス入りの4枚引き戸である。中の2枚が真ん中でピタリと閉まるようになっており、両端の2枚は左右の柱に突き当たるように作られていた。
奇花の故国では、実はさほど珍しい造りではない。
違う部分としては、下半分のガラスが色ガラスになっており、美しい幾何学模様が描かれているところか。
4枚ガラス戸から続く店内は広く、土間の中程から板間に上がるようになっている。
「毎度ながら、羅国式の建物は面白い」
風路が、角張った顎を撫でながら言った。
「そうなのか?」
訊いたシャウドに、風路はそうだな、と返した。
「東国でも、特に羅国は豊かなこともあり、家の造りが凝ってるな。扉のガラスの色を上下で変えるなんて、俺の故国では見たことがねぇ」
「やあやあ、おいでなさいまし。シャウド商隊長っ」
話しているうちに。
板間の奥から、大柄な禿頭の男が出て来た。
体躯も立派だが、顔の造作も大きい。
「ご無沙汰しておりました、ナールダ大人年の明け」
シャウドは両腕を胸前で交差させ、深く頭を下げた。
羅国式の挨拶である。奇花と風路もシャウドに倣う。
ナールダも同じように腰を折った。
「さあどうぞ、お上り下さい。——おお!!」
旅の靴を脱ごうとしていた奇花と風路を交互に見ながら、ナールダは満面の笑みを浮かべた。
「お久し振りです。風路さん。それに奇花さん」
「ご無沙汰しておりました、ナールダ大人」
改めて挨拶する奇花と風路に、ナールダは禿頭をつるりと撫でた。
「いやはや。気が急いていたのか、お二人に気が付かず申し訳ない」
「いえ」
短く言ってかぶりを振った奇花に、ナールダは笑み深くする。
この羅国の商人は、体格もだが面相も鬼神のようである。だがそこは老練な商人、人懐こい笑顔はその印象を全く柔らかいものに変えてしまう。
さすがは商いの国羅国の者、と奇花はいつもながら内心で感心した。
ナールダの先導で店の奥へと入った奇花達は、衣桁に掛けられた白い衣装に目を瞠った。
「ご注文の、王太子妃殿下用のシムーンです」
「これは……、美しい」
シャウドはため息を零した。
シムーンは、長袖の垂直裁ちのロングドレスと同布のチャディールで一揃いである。チャディールは普段使いのものとは違い、後ろがかなり長い。
ファド王家では、その年の明け短半月刀の月に定めた暦に従い、サード大神殿での礼拝が組まれる。
王家の女性達は白のシムーンを着て礼拝するのが習わしであった。
イルシンダ用に誂えたシムーンは、純白の絹地に極細の銀糸で細かな花模様の刺繍がされている。派手さはないが、若いイルシンダにはぴったりだ。
奇花は内心で感嘆した。
「姪の年恰好の情報だけで、これ程の衣装を作ってくださるとは」
「いやいや。ニライアの仕立て職人はその辺りは心得ております」
まして、王太子妃殿下のお召しになられる、儀式用のお衣装ですから、と、ナールダは自慢げに胸を張った。
「小花の模様は、タサラの女性方がお好きだというルカリを象らせました」
「レファルの女達の仕事だな」シャウドが満足気に頷く。
ニライア国の西南に位置するレファル国は、小国群の中で最も小さな国である。
大小の石や岩の平地が大半で、作物は殆ど出来ない。代わりに、古代の大河の跡から砂金や銀鉱石、宝石を含んだ石などが多く出る。それらの鉱物や宝石を加工して、レファルの女達は刺繍やアクセサリーなどを作るのが大変上手い。
奇花は、改めて刺繍を詳細に眺めた。繊細な糸は、湿地に群生するルカリの花を見事にモチーフ化している。
イルシンダが見たら、きっと喜ぶだろう。
妹のような存在のタサラの長の娘の愛らしい笑顔を思い出し、奇花が口元を僅かに綻ばせた時。
店の更に奥の方で悲鳴が上がった。
何事かと奇花達が視線をそちらへ走らせるのと、短半月刀を下げた黒ずくめの人物が店の下働きの女を引き摺ってこちらへ来るのが重なった。
「なっ……、何ですか、あなたは——」
問い掛けたナールダに、黒ずくめは切っ先を向ける。
「大人しく言うことを聞け。そうすれば、殺傷はしない」




