盗賊殺し 2
ニライアの港ムガ・タダイは、湖を渡って来た商船で大層混み合っていた。
停泊中の船から、港湾作業の男達が大急ぎで荷を担ぎ下ろしている。どの船も荷を満載しているため、中々、次の船が接岸出来ない。
「こりゃあ、今日中には降りられねえんじゃねえのか?」
呆れ顔の風路に、シャウドはふん、と息をついた。
「まあ、ニライアじゃ毎度の事だがな。……それにしても、今回は確かに船が多いな」
「マサ・ファムアだからじゃないすかねぇ?」ベテランの配下に言われ、シャウドは「そうだった」と額に手を当てた。
砂の神サードを信仰する者達にとって、その母神にして大地の女神ファムアもまた、大事な一柱だ。 マサ、とは、ファサール王国とその周辺の部族の共通語で、『大切な神の祭』という意味であり、従って、マサ・ファムアは『大地母神ファムアの大祭』ということである。
ファサール王国の主神である砂の神サードの大祭は4年に一度。大地母神ファムアの大祭は5年に一度、である。
ただ、王国の各地域で、サード神以外の神々への関心の度合いは多少異なる。
「シャウドが神の祭をど忘れしているとは、珍しいな」
奇花は心底驚いて、生真面目で知られているタサラ商隊の長を見た。
「どうも、なあ。サード神殿は国中どこにでもあるんだが、ファムアの大神殿はここだけなんでな。……正直、タサラでは、あんまりファムア女神の信仰は盛んじゃないんだ」
そういえば、と、奇花は納得する。 聖地ニヤが近いせいもあり、タサラ族領地のサード神の祠は他に比して大きい。大祭でなくとも、年の祭は盛大である。
対して、大地母神ファムアの祠は、サード神の祠の脇に、申し訳程度といった風情のものが建てられている。
石造りなのは同様だが、彫刻などもほぼ無く、とても簡素だ。
手入れは丹念にされているものの、サード神ほどの信仰心は無いのが一目瞭然だった。
ただ、ファムア女神の祠には、綺麗に磨かれた長方形の鏡が置かれている。
「ファムア女神と鏡、というのは、何か関係があるのか?」
「ああ。女神が地上を離れ天界に戻られる時、いつでも神官達が女神を呼べるように、女神の『道』として置かれたんだそうだ」
何処かで同じような話を聞いたな、と、奇花は胸中で独言る。
ふうん、と風路が神妙な顔付きで頷いた。
「俺の故郷の水の女神の話と似てるな。恋しい雷神と別れる時に、雷神に『自分をいつでも呼び出せるように、この鏡を置いて行きます』って、丸い神鏡を夫の雷神に手渡して、天津国へ帰るんだ」
「あれ……? その話、私の故国のものと同じだ」
奇花は驚いて風路を見る。風路は、しまったっ、という表情で奇花の視線を避けた。
「もしかして、風路は東の……」
「ああっと!! もうすぐ降りられるかも知れねぇぞ奇花っ!! ほらっ、曳航船が寄って来たっ」
バタバタと甲板の反対側へと逃げて行った男に、奇花はふん、と鼻を鳴らした。
「——別に、同じ故国だからって、取って食おうって訳じゃないのに」
「 風路は、あんまり自分の事を話したがらないな」
僅かに眉間を寄せ、シャウドが言う。
「前に故国を尋ねた時も、東だ、と言うだけで、詳しくは言わなかった」
「そうか」奇花は頷いた。
「傭兵にはそういう人間が多い。色々あって、自国を離れているからな。……言ってる私も、おんなじだが」
シャウドと話しているうちに、船は港へと曳航されていった。
東の一番という停泊場所に着けられた船から、タサラの船員達はてきぱきと荷を下ろしていく。
傭兵達は、手伝うと怒られるので降ろされた荷物の番に当たった。
「……本当に、船も人も多いなぁ」
改めて言う風路に、奇花は少し可笑しくなって笑った。
「なぁんだよ奇花!! 笑うってねえだろーがっ」
「見慣れてる景色なのに、改めて言う風路が、何だかいつもより呑気な感じがして、な」
風路はふん、と鼻を鳴らした。
「傭兵なんざ、揉め事が起きなきゃ出番が無いだろうが。たまには呑気にもさせろってんだ」
大型の木箱に腰掛けた奇花は、背中の双剣の一本を下ろし、地面に鞘の尻を着く。柄の先端に両手を置き、顎を乗せた。
「おいおい。商売道具を粗末に扱うなよ?」
「私の頭を支えるくらい、この刀に何の負荷もない」
「そう言や、奇花。前から不思議に思ってたんだが、あんたのその剣、刃の背に不思議な紋様が入ってるよな?」
最近タサラの傭兵仲間になった若手の一人が訊いてきた。
奇花はあっさり「呪の紋様だ」と答える。
「え? じゃやっぱり、その剣は魔法剣なのか?」
「ああ。正確には呪具だがな」
「奇花がぶん回してんの見てりゃ、分かるだろうがよ」
風路が、今更というように傭兵仲間を睨んだ。
奇花は笑って、「まあ、そう言うな。闘っている時に封じた呪を解放することは、あんまりしてないからな」
「大砂蜥蜴に出くわした時に、突風を起こしたろう? あれがジュか?」
「まあね」奇花は肩を竦めると、刀を背負い直して立ち上がった。
「あのなあ奇花。いくら今は仲間っつっても、商売道具の秘密をペラペラ喋っちゃ、マズくねーか?」
大仰に顔を顰める風路に、奇花は口の端を吊り上げる。
「秘密って程のものじゃない。事実、風路も言ったろうが? 私が闘っている最中に呪を刀から解放したら一目瞭然だ。——大体、この刀は私以外は使えない」
「ジュグ、だからか?」尋ねた若い傭兵に、奇花は頷く。
「そうだ。呪具は、使い手と契約を結ぶ。一旦結ばれた契約は、呪具が壊れるか、使い手が死ぬまで解けない」
若い傭兵が納得したように笑ったので、奇花はタサラの船員が荷物を持って行く先を追った。
「お、そろそろ動くな」
言って、風路も若手の傭兵とその他の新参者に声を掛け、奇花の後に続いた。




