パートナー・ビヨンド
第2話 1/3
ヒロイン? 登場!
突然だが、新陽彩は婦警である。刑事である、と名乗りたいところだが残念ながら彼女は生活安全課なので、名乗ったところで迫力がない事は自覚している。度胸こそヤンキー大量排出高校出身ということでそれなりだったりもするが、そういった諸般の事柄に反して意外と彼女は真面目だ。なので、甘んじて婦警という呼び名を受け入れていた。
夏仕様の半袖の制服は、すらりとしながらもグラマラスさを損なわない彼女のボディラインをある程度表現してくれている。セミロングに切られた髪は毛先にいくにしたがって色素が薄いが、これは染めていたというわけではなく、単に彼女の趣味が水泳であるためである。最近は忙しくていけていないので根元が黒くなりつつあるが、要するに塩素負けというやつだ。頭皮は強かったが毛髪はクリティカルヒット。
さて、そんな彼女であるが。その鋭い視線をさらに細く、不満そうにしながら何やら作業をしている。
ソファ、上着掛け、鍵付き棚にデスクと、一目で何かしらの事務所であることは明白な空間。電気をつけ、そこで彼女はぶつぶつと文句を垂れていた。
「――――っていうか、そもそもアレの担当が私一人っていうのがそもそもの間違いだっていうか……。確かに好みじゃないっていうのも理由の一つにはなってるのかもしれないけど……」
作業、というより普通に掃除をしているようだった。小さい箒と塵取りとで、散らばった黒い破片を回収している。お客様向けデスクの上にコーヒーが一つ乗っているあたり、インスタントコーヒーのもとだろうか。文句を垂れながらもせせこま細かくごみを集める様子は、見た目の不良っぽさに反して小心者っぽというか、慌てているような印象を抱かせる。
「これで、よしと。……ん、これで嫌味言われないで済むか。
さって、コーヒーブレーク――――」
がちゃり、と。カップに手を付けた瞬間、事務所の入り口が開く。
トレンチコートがはためく様に、涼し気な笑顔を浮かべる男。彼女が最近水泳に通えない直接の原因であり、一目見るだけで少し嫌な表情になる。見てくれはテレビとかに出ていてもおかしくないくらいには整っているが、それ以上に言動がいろいろイカれているのを、彼女は身をもってい知っていた。
だが、今日はちょっと様子が違った。彼に連れられて、黒づくめの、赤毛の、マルメガネの少女がいたのだ。
その少女を真顔で見て、婦警、真摯な声で一言。
「あんた、悪いこと言わないから自首しな?」
「失礼な。そんな人を未成年者略取者のような目で見るのをやめてくれないかな。まぁ詳しい話は、この怪奇! マルメガネ幼女に聞くといい」
「ひ、人をそんな妖怪みたいな呼び方で呼んでんじゃないわよ!」
ああさっそく意味がわからないぞ? と。コーヒーを一口飲んでから、彼女は頭を抱えた。
※
「前回までの、神代闘師ギルドライバーは! とかジャンクションみたいなのがあるとそれっぽいと思うのだけれど、そこのところどうかな? マルメガネ」
「だ! か! ら! その呼び方やめなさいよ!」
っていうか突然何なのよ! と絶叫するマルメガネに、やはり涼し気な顔を浮かべる葛城葵ことビヨンド。こころなしか彼が楽し気に見える気がしないでもないが、表面上は普段通り全くもって変化のない涼し気な表情と余裕のある声音である。いったいぜんたい何考えてるのかしらコイツ、と、あきらかにいぶかし気な視線の少女、マルメガネであった。
駅前を後にし、時刻は夕方。夏至は過ぎてないのでまだ日は落ちていない。駅前で救助隊がてんやわんやするのに紛れ、ハルカというらしい少女を一緒に救急車に乗せたビヨンド。さすがに同乗するのは適わなかったためか、再び平然と荷物のごとくマルメガネを抱えるビヨンドであり、その扱いに文句を垂れるマルメガネであった。
救急関係に通報をした後の彼は、完全にただの野次馬そのものであった。いや、確かにコンビニに放置状態のハルカを運搬したりといった程度のことは行ったのだが、やったことといえばそれくらいであとは見守るばかり。
「っていうか、何が『探偵の出番はないよ』よ。その割に結局最後までいたじゃない、あの場に」
「それは当然といえば当然なところかな。事実上、君らと僕の責任みたいなものだし、彼らが干渉しなかった以上は僕らが顛末までは見届ける必要性があると思わないかい?」
「とりあえずアンタは具体的な名前を使いなさいよ。あれ、私の姉どもの話よね、干渉しなかったっていうの」
「オフコウス。しかし有言実行。実際、探偵の出番はなかったじゃないか」
「ってそういうことじゃなくて。本当にそういうことなら、最後までいる必要なんてないでしょ。邪魔じゃない」
「まぁ野次馬根性を発揮したわけではないんだけど、とりあえず仮説検証はしないとね」
「?」
言葉の意味がわからないマルメガネであるが、しかし目の前の男がまるで説明するつもりがないだろうことについては嫌でも(その涼し気な微笑みをみていれば)理解できたので、それについてはもう突っ込みを入れることはなかった。
「っていうか、この米俵でも抱えるような持ち運び方はいいかげんやめなさいよ!」
「ははは、ちびっこが贅沢いうものじゃないよ。今どき僕のような普通のお兄さんでも、見ず知らずの女の子を肩車したり、手をつないで歩いたりするだけでいろいろアウトな世の中になりつつあるようだからね。それに負んぶするには君、身長が足りない」
「っ!」身長が足りない、のあたりで屈辱的な表情を浮かべるマルメガネ。「っていや、こっちのほうがよっぽどでしょうが! 完全に誘拐犯の持ち運び方じゃない!」
「おいおい、そんな馬鹿なことがあるかい。こんな白昼堂々、仲良くおしゃべりしている僕らのどこが犯罪者とその被害者に見えるというのか」
「犯罪者でないにしても、アンタは十分変人というか、奇人というか、そういう類でしょ……」
ぜいぜいと息を切らすマルメガネに、やはり涼しい表情の葵。そして彼女にとって非常に腹立たしいことに、道行く人たちはなぜか自分たちのことを兄妹のように見ているらしい。たいそうほほえましそうな生暖かい視線を感じる彼女であるからして、感情のメーターは振り切りっぱなしである。
まぁ、当然のごとくビヨンドはどこ吹く風なのだが。
駅前からしばらく歩き、具体的に言うと坂道を上っていくと、すぐさまベッドタウンの片鱗を見せる月城市。ビヨンドはその住宅街を気にせず歩く。やがて一棟、どう見ても苦学生とかが過ごしていそうな小さなアパートについた。
「さて、行く当てがないって話だったね。というわけで事務所に連れてきはしてみたけど……、ちなみに今まではどうしていたんだい?」
「ハルカの部屋に、隠れて住んでたわよ。……ってちょっと待って、事務所?」
「うん。ここ一棟ぜんぶ」
は? とこれまた馬鹿みたいに口を開けるマルメガネ。顔芸が板についてきているこの幼女、将来がいろいろと(女子力の面で)心配である。
ビヨンドは気にせず階段を上り、扉を開ける。
「あんた、悪いこと言わないから自首しな?」
そして早々にこれであるからして、わけがわからない。いや、事務所にいた彼女はどこからどう見ても警察官だし、現在のビヨンドとマルメガネの状況を見ての一言なのかもしれないが、突然この言葉を言われて面食らったのも無理はない。
というかこの刑事さん、目つきは鋭いが容姿だけで言えば普通に美人に入る。彼女か何かだろうか、と疑問がよぎるが、普通恋人にこんな胡乱な視線と言葉は投げかけないだろうと判断するマルメガネだった。正解である。
詳しい事情をマルメガネから聞け、という類のことを(ふざけた内容で)いった後、ビヨンドは何を思ったのか部屋の奥、等身大の鏡の手前まで歩いた。
「そういえばだけど、デザインを外側から見てはいなかったね。それに、ポーズとかも決めたほうが『らしい』かな」
「は? どうしたの、ついに頭おかしくなった?」
「婦警、僕、頭は元からおかしいよ」
それは認めるのね、とぐうの音も出ないマルメガネ。「じゃなければナルシズムにでも目覚めたの?」とか、マルメガネと会話を交わすこともなくビヨンドにひたすらイヤミを言い続けるこの女警察官さん。いろいろと彼女も何かズレているような気はしたが、しかし気持ちはわかる、とばかりにマルメガネは何も言わなかった。
と、何を思ったのか、エンブレムを取り出すビヨンド。前方に手を伸ばし、ぱっ、とエンブレムを手放す。
「――――ギルドライブ――――」
と、その一言と共に全身が光に包まれ、転身、変身、変化した。
今度はエフェクトも何もかも省略され、一瞬で長髪の、骸骨男的な姿へと変貌するビヨンド。いや、本人の自称によれば「スピリットビヨンド」。
突然の行動に、再びバカみたいに呆けるマルメガネ。と、はっ、と気づいて婦警の方を見る。
「えぇ……」
婦警は、なぜか引いていた。頬が引きつっている。
……この反応も十分おかしい、とマルメガネは頭を抱える。
『ふむ、なるほどなるほど……。スタンネットとか、ハルカちゃん同様やっぱりバイザー状のパーツが顔面の個所には形成されてると。で、僕の場合はさらにその上からドクロ仮面みたいなものが顔面を覆ってると。眼窩のところから、バイザーの目が見えるっていうのが何とも痛々しいデザインというかだね、うん。
って、あれ、右目はさらに何か上を覆ってるなこれ。ふぅん……。あ、ちゃんと顎周りとか外側まで続いてるね。本当に外側全体を覆ってるのか。まぁ髪の毛で隠れてるから見えないけど。っというか、髪の毛で目元が隠れていて正解かな? これは。うん。怖いからねぇ、子供受けしないよ。
あと、首とか胸回りも下側は強度とかが違うのかな? んー、となるとそもそも――――』
一方のビヨンドは、二人のリアクションなど気にせず己のデザインの考察めいた何かを行っているらしい。髪のようなファイバーのようなそれをよけたり、首元に形成された襟状のパーツとかを広げてみたり、いろいろ好奇心旺盛な風に変化した己の体を調査しているようだ。
それを見なかったことにして、遠い目をする婦警にマルメガネは尋ねる。
「普通、驚くとか、恐怖するとか、そういうところじゃないの?」
「あン?」応答の柄が悪い婦警である。「いや、まぁ、うん。何あれっていう感想もあるけど、それ以上にまぁ、ついにあの男が変なパワーに目覚めたかー、もっと面倒ごと引き起こすかーっていう絶望感が」
マルメガネ、まったくこの婦警とビヨンドとの関係を知らないまでも、謎の圧倒的説得力で納得。再びぐうの音も出ない。
「っつーか、ごめん、まったく私状況が理解できないんだけど。それ、何?」
『スピリットビヨンドさ!』
「いや、なんか声が珍しくテンション上がってるところ悪いけど、まったくわかんない」
『それ、僕も実はそうなんだよね。
というわけで、そこのマルメガネから詳しい話を聞こうか』
「っていうか、そもそも何もかもがおかしーでしょ! 私の紹介もないし、そこのヒトの紹介もないし!」
マルメガネの正論な絶叫に、思わず黙る大人二人。もっともビヨンドは仮面の下でいつものごとく涼しい表情なのだろうが。
一方、深刻なダメージを受けているのが婦警である。「私もコイツに毒さつつあるのか……」と本気で落ち込んでいる様子が色々と可愛そうだ。と、肩からエンブレムを外すビヨンド。再び光り輝き、全身の変化が解除され、謎の風圧が舞う。
やはり涼しげな笑顔で、彼は続ける。
「こっちの子はマルメガネね。こっちは僕がお世話になってる婦警さん」
「……」
「……」
まさかそれで紹介終わりとでも言いたいのだろうか、この男。
視線が集中する中、特に気にせず男は事務所の奥、冷蔵庫から何やら取り出した。シガレットケースに入っているそれからは、ほんのり甘いカカオの匂い。シガレットチョコか、それを取り出してくわえて、薄く微笑むビヨンド。
沈黙が場を支配している。そして引き起こしたビヨンドは、そ知らぬ顔でシガレットチョコをくわえたまま。
「食べる?」
「「そーゆーことじゃないっ!!」」
初対面にも関わらず、婦警とマルメガネは謎の一体感を獲得した。
ほどなく。
「えっと、新陽彩です。一応、警部補です。はじめまして」
「……えっと、名前が、ないです。なんかアレにマルメガネとか名づけられてます」
ビヨンドに任せていてはラチがあかないとばかりに、自分達で自己紹介を始める二人。そんな様子も気にしていないらしいビヨンドは、涼しい顔のままパソコンにタイピングしている。今日あった仕事の報告書をまとめているのだとか言っていた。
こう、そんな動き一つ一つが様になってるように見えるあたりが、実にマルメガネ的には腹立たしかった。
「で、一体どっからこんな可愛い子さらってきたわけ?」
「人聞きが悪いことを言わないで欲しいかな? 個人的には、よくある子供向け特撮の変身ヒーローじみた所業くらいしか、仕出かした覚えはないのだけれど」
「あんなおっそろしいデザインの変身ヒーローがいるかっての」
「えっと、二人って一体どういう関係だったり……?」
全く距離感がつかめないでいるマルメガネに、婦警はビヨンドを一瞥して。
「……腐れ縁?」
「僕が大型案件を解決しようとすると、何故か決まって彼女が現場に回されて、僕に振り回されて大変お疲れになってるっていうような感じかな? うん。僕が探偵始めた二年前からずっとそんな感じだね」
ビヨンドのあんまりにもあんまりな一言にブチギレかける婦警だが、そこは大人の女性なのか(漫符でいえば脈が浮かび出るマークが出ていそうなものの)目を閉じて薄ら笑いを浮かべるに留めた。
「っていうか、アンタ、その自覚あったんだ……」
「うん。悪いなーとも思ってるし、迷惑かけていつか恩返ししなきゃなー、とかも思ってる」
「思ってる分、より性質が悪いわ!」
「いやいや、でもそれは婦警の美徳だよ。婦警がなんだかんだそういった損な場所に回されるのは、婦警がそれだけ真面目でお人よしだってことだからね。加えて意外と完ぺき主義みたいだし、昇進は他の同期よりも早くなると思うよ、うん」
まるで人事のように、涼しげな顔のまま頷くビヨンドである。
マルメガネ、婦警に心底同情したような目を向ける。とても七、八歳程度の幼女が浮かべるものではない。どこか達観したその感情は、彼女が大人びているせいか、はたまたビヨンドのキャラがあまりにもあんまりすぎるせいか。
「……まぁいいわ。私のことはもう。で、あなたはなんでこのビヨンドと?」
マルメガネ深くため息をついた後、頭を左右に振り、気を取り直した。
「…………人間が、自分達の手で本物の神様を作ろうとしている――――って言って、信じられる?」
カミサマ? と。これには婦警のみならず、ビヨンドもそろって頭を傾げた。
もっともビヨンドは例によって例のごとく、表情は一切変わっていないのだが。




