ブラインド・ビヨンド
ようやく神様登場・・・
『――――ワン・ソード』
ギルドライブし骸骨男へと変貌したビヨンドが最初に行ったのは、山田花子(仮)の頭上に出現した球体状のギルティアへの狙撃である。超拳銃ワン・ソードの銃身にとりつけられたろうギアのようなそれを一回転させ、銃撃を繰り返す。
『マルメガネ、避難は――――指示しなくてもいいかな。君も逃げな』
「え? え? あ、はい……」
ビヨンドが声をかけるまでもなく、突き飛ばし犯といえる少年たちは蜘蛛の子を散らすように退散していた。それに向けて何やら、球体から手のような器官を出して動かすギルティア。突き飛ばされた少年を逃がしながら、ビヨンドはその手先を狙撃する。
がきん、と金属が接触するような音と、火花が、指先の延長上から飛び散る。
『糸みたいなものかな?』
連続でその直線状に狙撃するビヨンド。その延長上に、火花で散り、見えないそのシルエットが表面化する。線状のそれがゆらゆらと動くものを見て、ビヨンドはその場に少年を残し走り出した――――つまり、水面を走り出した。右足が沈む前に左足を前に、をひたすら繰り返すような直進。その間、ひたすらに銃撃は終わらず繰り返し続ける。
ビヨンドの狙いは、手先から相手の全身に及んでいた。球形といえど頭、手、足らしきパーツのようなものが見え隠れするそのギルティア。おそらくはその核たる部分を探そうとしているのだろう。くまなくパーツを区画に分けたかのような狙撃に、球状のそれはビヨンドの方を見た。
『――――――あなたも、救わないのか』
声は、山田花子(仮)のものである。彼女の頭上で浮かび、動作しているのだから、果たして彼女のギルティアであろうということだろうか。
そのことに何もコメントせずに、ビヨンドはやはり狙撃を続ける。と、その腕が彼めがけてスナップするように動いた。
たちまち、ビヨンドは弾き飛ばされる。
腹のあたりからくの字に身体を折り、しかしそれでも狙撃は止めない。攻撃が目にあたる個所へと入った時点で、ギルティアはうめき声をあげた。
吹き飛ばされたビヨンドは空中で、これまた普段の彼らしく高速回転をし、そのまま砂利だの地面だのをごろごろと転がる。やがて高架の橋にぶつかり止まり、背中を撫でながら立ち上がった。
再び腕のスナップをビヨンドに向けるギルティアであったが、ビヨンドはさも当然のごとくそれをさける。右腕の動きの延長上の先に身をかわすと、彼の直前までいた足元がじゃりじゃりと削れ、土と石が舞う。
そのままビヨンドは両目を狙い狙撃を繰り返した。一発、二発。右目と左目にそれぞれ命中し悶絶こそすれど、球体はぐるぐるとしばらく回転すると、ふたたび手を伸ばしてビヨンドへ攻撃を続ける。
ビヨンドが再び水面を走って直進し向かってくればその先で水の壁があがり妨害が入る。だからといってその壁のようなしぶきに埋没しおぼれることもなく、ビヨンドは前方に狙撃を繰り返して、直進。水の壁を裂きながら、銃撃の狙いは変わらず。
状況が進展しないことに、まどかは驚くと同時に、眼前のギルティアの防御力の高さに驚いた。そしてよく見れば、球状のギルティアには腕が本来は四本あること、うち後ろ側についている二つは、山田花子(仮)の身体に糸らしきものが接続されているように見える。よく見ればその糸は、細く識別し辛いものの、まったく見えないものというわけではないらしい。
ビヨンドもそれをどこかのタイミングで察したのか。何度か攻撃を受けるうちに糸のような、ワイヤーのそれを手にからめとり、左腕で勢いよく引っ張る。
が、これは失敗に終わった。ギルティアそのものがビヨンドの側に引っ張られることはなく、球体に内在していただろう腕部が伸びたに過ぎない。じゃこじゃこ、という音とともに伸びたそれは、むしろ逆にビヨンドごと振り回し、裏拳を彼の胴体に決めた。
『おっと、意外と痛いね』
ビヨンドの胴体、上半身ほどのサイズ感の拳である。以前のナックル・ギルティアほどの腕の大きさではないが、それでも一撃が決まればビヨンドも後退せざるを得ない。そのまま側方に飛ばされ、今度は空中回転する余裕もなく地面を転がった。
立ち上がる彼に、様子を見るような球状のギルティア。
『救わない、ねぇ。一体、何を救えというんですかね。――――ストーカー・ドロゥ』
ギアを二回転し、正面に向けて狙撃。
ギルティアはその弾丸をつかむように、あるいはワイヤーで弾くように腕を動かした。もっとも、これは素直にそのまま軌道を変える弾丸ではない。腕のスナップに合わせ、まるで先ほどのビヨンドのごとくひらりとかわし、そのままギルティアの右目を撃った。
『――――――ッ、あ、あ、あああああああああっ! なんで、なんで誰も「救ってあげない」んですかっ!』
『だから誰を……』
「――――目じゃない、頭頂部を狙え」
『?』
唐突に聞こえた声に、ビヨンドは再びギアを二回転。
『ストーカー・ドロゥ――――』
銃を怪物の頭部よりも上部へ向けて狙撃すると、弾丸はあらぬ方向に行ったり来たりの軌跡を描く。悶絶するギルティアの周囲を一周、二周、三周。はっと気づいたようにそれに向けて、目を抑えているのと反対側の左手をむけるギルティアであったが、その瞬間に留まり頭上へ移動、頭頂部に堕ちるように一撃が入った。
悲鳴を上げるギルティア。と、その姿が消失し、山田花子(仮)はその場で倒れた。
『…………あなたですかね? さっきの声』
振り返るビヨンド。と、その場には少し異様な服装の青年がいた。
まず頭は銀髪。男性にしてはやや長めのそれを真ん中分けにしている。容姿は日本人離れしてるように整い、背丈も高く広いが決してガタイが良いと表現する類のそれではない。目には銀色、半透明のサングラス。ややボロボロの黒い背広姿ではあるが、しっかりと身綺麗にすればホストか何かに見えなくもない。
「おぅ。アドバイスだ。それよりあの娘、助けにいかなくていいのか?」
『それは当然行きますけど』
左肩のエンブレムを外すと、全身にひびのように分割線のような文様が浮かび、光とともに砕け霧散する。内側から現れた優男に、サングラスの青年は「はンッ」と鼻で笑った。特に薄い微笑みを浮かべたままのビヨンド、気にせず山田花子(仮)のもとへと走り出す。
「買い出しに行った帰りに何か、すこぶる面倒くさそうなものを見てしまった気がするが……。まあいい」
頭をがりがりかきながら、ビヨンドに青年は続いた。
※
「誰だ俺のこと、そんな神様なんて御大層に呼ぶ奴は。せいぜいがガキだろどう見ても」
顎を右手で撫でながら、サングラスの青年は酷く不快そうな表情をした。なお、その右手は革製のグローブでなぜか覆われており、服装の中では異物感が強い。
球体のギルティアを撃退した後、ビヨンドは探偵であるという己の身分を明かし、青年に話をしたいと伺った。対する彼は、自身がどう紹介されているかを聞きだしたうえで、嫌そうな顔を浮かべている。
ビヨンドは特にそれも関係なく、話を続けた。
「まあ本人がどう思っていても、結果的にどういう現象や振る舞いが残っているか以外は重要視されないかな? 一般社会においては。そういう意味で、貴方は彼らの神様に等しいのでしょう」
「だからってホームレスの神様はないだろ、ホームレスの神様は。俺だってなりたくってホームレスになってる訳じゃないし、そこのところ分かってるか?」
グローブの片手でビヨンドの額を小突く青年。右手だけ独立した別な生き物のような動きに、まどかは微妙な違和感を覚える。そんな少女の視線に気づいてか、青年は嫌そうな表情のまま続けた。
「で、何だ? そんな『できそこない』連れてるってことは、お前あれか、ギルドライバーとかいうアレか」
「おや? ご存じで」
「まあ、仮にも『神』だからな」
「それ絶対、関係ないでしょ……。なによホームレスの神様って……」
「不可抗力だ。知りたくて知ってる訳じゃない。しっかし、また変わってるなお前も……」
「まあ、普通は好き好んで鵜飼の鵜の役をやりたがりはしないだろうって意味で、奇特な人間だと言われれば否定はできませんが」
「ちょっと! 私、そんなに悪辣じゃないでしょ!? っていうかアンタにむしろ振り回されてるんですけどっ」
ビヨンドの物言いに、猛抗議するまどか。たいそうご立腹であるが、しかし言いえて妙ね、とも思ったりしてる彼女である。実際、ギルドライバーとギルティア、そしてⅮxMの関係を言い表すと、それに近いところがないでもない。たださらなる条件として、鵜が刈る生き物もDxMが準備しているという意味では、こちらの方がより悪いのかもしれないが。
サングラスの青年はまどかを見やると、やはり「はンッ」と鼻で笑った。
「元気が良いなぁ。小さいからか?」
「ぶっ飛ばすわよあんた!」
「そういう振る舞いがガキなんだろうが。できそこないとは言っても、少しは神の自覚を持て『仁の赤』」
「!」
まどかは目を丸くすると、山田花子(仮)をひざまくらしたままのビヨンドの背後に回り、隠れるようにサングラスの青年を見やる。明らかに彼女の警戒心が上がっている様子に、ビヨンドも少しだけ小首を傾げた。
「…………アンタ、何を知ってるの? っていうか、なんでそんなの知ってるの?」
「自分の型番、呼ばれただけでそう警戒すんな」
「型番、ねぇ」
まどかをちらりと見るビヨンド。視線は自然、その頭部から垂れる赤い三つ編みに向かう。察してか、ぷい、と視線をそらすまどか。明らかに何かを隠すようなその様子に、サングラス越し、半眼のまま男は呆れたように続ける。
「大した話じゃない。そういうのが分かるってことにしておけ。……まがりなりにも、お前ら、占いに来たんだろ? 少しはこっちの言うことを信じろ」
「できるわけ、ないじゃな――――」
「色々警戒してるところ悪いけど、そういう面倒なところはパスさせてもらおう」
「――――っ、て、え、何? きゃっ」
警戒心ばりばりのまどかのわきの下に手を入れ、ひょいと持ち上げると、ビヨンドは彼女を自分に背もたれするような形にして座らせた。そのまま腕で彼女にシートベルトをしロックする体制である。
「って、何してくれてんのよっ! はなしなさい、はーなーしーなーさーいー!」
「離したらまたこじれるんじゃないかな? うん。だったらボクの行動に意味がないこともないとは思うけど」
「陽彩さんにチクるわよっ!」
「別にどうということはないかな? 婦警が頭痛を覚えるだけだろう」
そうだった、とまどかはいらいらしながら頭を抱え、うめく。そしてその声につられて、気絶していた山田花子(仮)は目を開け、ビヨンドとまどかを見上げた。
「~~~~~~~~~~!? っ! ぅあああああああああっ!」
勢いよく飛びのき、そのまま背中を打つ彼女。「ああ……」と、どうしたものかしらという表情のまどかに、ビヨンドはやはり涼し気な笑顔のまま。
「ホームレスの神様に遭えたので、話を聞きましょう」
「う? うう……、う、私は……、なんであんな、その、ひざまくらを?」
様子からして、ギルティアとして活動していた時点の記憶はないように見える。
それはさておき、顔を真っ赤に照れた様子の和服美人。男慣れしていない美女が照れる、という絵面は、一般的にはたいそう魅力的に映ることだろう。少なくともまどかは、彼女の一般常識からそう導き出す。だが、やはりこれにも当然のようにビヨンドは薄く微笑んだまま。
ただし、まどかにとって意外な言葉が続いた。
「――――詳しくは知りませんが、疲れか何か出たんじゃないですか? うん」
てっきり真実、つまり怪物に変貌して暴れたというそのあたりを包み隠さず話すだろうと予想していたまどかからして、ビヨンドが嘘をついたのにはかなり驚いた。いや、直接そのことに言及していない、最後の倒れたところだけをピックアップすれば、など色々とその言葉を導き出す方法はあるかもしれないが、この場においてそのセリフ回しで終了させるというのは、まどかのビヨンドに対するイメージから外れる。
困惑しながらも「申し訳ない」と頭を下げ、しかしやはり照れた様子の山田花子(仮)。
ビヨンドはさらりと視線をサングラスの男の方に向けなおした。
ちなみに彼は、半透明のグラス越しにやはりどこか呆れたように「はンッ」と鼻を鳴らした。
「ま、お前さんがその振る舞いを貫くっていうなら、別に俺から言うことはないさ」
「そうですか」
「嗚呼。『どこまでが』ビヨンド、なのかは俺の知ったことでもない。ああ、藪をつついて蛇を出すようなことはしないから、そこは安心しておけ。俺は基本、運命に抗う人間の味方のはずだ」
微妙な、意味の分からない言い回しに、まどかは小首をかしげる。
対するビヨンドは、例によって薄く微笑んだまま。ただし、少しだけ間が空いた。
「…………そういえば、名前伺ってませんでしたね」
「……エージ、とりあえずそう呼んでおけ」
男はグローブの右手、人差し指をこめかみに立て、何か思案するような顔をして答えた。